2008年06月18日

「お風呂の歴史」ドミニック・ラティ 白水社

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古代においてあれほど盛んであった入浴が、中世になると全くその価値と楽しみを忘れ去られ、その素晴らしい価値が再認識され、近代以降の衛生観念の浸透と共に復権するまで、いやはやなんとも時間がかかってきたことに驚かされる。

どこに行ってもその支配地域には、道路と共にローマ的な公共浴場が存在した古代ローマ帝国。古(いにしえ)のロマンを愛し、チュニジアまでローマ遺跡を観に行った私としては、あの時代にあれほど一般化・大衆化したはずの入浴の習慣が廃れていくとは、本当に不思議でならなかったが、本書を読む事でその経緯を改めて理解できた。

中世において、キリスト教的世界観の下、肉体を仮初めのモノとして捉えて精神を尊重するあまり、肉体が軽視されると共に、入浴自体の快楽やそれと密接に結び付く性的誘惑を遠ざける為に、入浴の習慣は好ましくないものとして位置づけられるに至ったらしい。

なお、中世末期に人々は肉体と和解し、入浴の習慣がまた復権してくると書かれてあるのだが、以前読んだエミール・マール氏の図像学の中では、人々がキリスト教の原則的な理念をもはや理解できず、感情のおもむくままに振る舞い、それらが図像的にも表現されるのがまさにこの中世末期だったと思う。

つまり、キリスト教の高度に抽象化された理念が理解できなくなってはじめて、人々は入浴を楽しめるようになったわけであり、中世初期のゴシック大聖堂を生み出したあの宗教的な情熱の衰退と表裏一体であるとも言えるのかもしれない・・・・私見。

なんとも複雑な気持ちになりますね。肉体の清潔さ・美しさと精神の気高さ・純粋さとが相反することになってしまいます。う~ん・・・?

もっとも、ようやく入浴が戻ってきたのもつかのま、ペストの流行が、入浴による感染を疑われ、またまた抑圧され、衰退していくのです。なんとも目まぐるしい限りです。

個人的には19世紀以降の部分は、あまり興味がなかったけど、全般的にちょっと楽しい本かもしれません。但し、一般向けではないなあ~。難しくはありませんが、読み手側にいろいろと思うものがないとつまんない本かもしれません。

知っていても生きていくうえで役に立ちませんが、読んで悪くない本です。ただ、日本の温泉の方がはるかにいいなあ~と思えてきますネ。
【目次】
第1章 古代
ギリシア世界における入浴とマッサージ
ローマ世界における入浴の大発展

第2章 中世
中世初期、西欧では水浴が減っていった
十三世紀と十四世紀、人びとの生活になじんだ湯浴場

第3章 ルネサンス―入浴の衰頽
イタリア・ルネサンスと古代の衛生習慣
十五世紀以降、人びとは水に無関心になってゆく
十六世紀の医学論

第4章 十七世紀と十八世紀
十七世紀、水に対する警戒心
十八世紀後半、水は見直される
個人の入浴と集団の入浴

第5章 十九世紀
十九世紀の衛生法と羞恥心
衛生の個人化と大衆化
大衆的な入浴と海水浴
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ラベル:歴史 入浴 お風呂
posted by alice-room at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
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