
本書では、中世ヨーロッパを基本的に”貴族=領主制の時代”とする善前提に立って、中世社会の諸側面を概括した後、貴族・領主層と対抗・協調しつつ王権が拡大・強化され、13世紀前半に”封建王制”が形成される過程に力点が置かれている。本書は一般書として出版されているものの、しばしばよくある変な意味で大衆に迎合した内容とは異なり、歴史を学ぶ本として実に正統、且つ有用な内容だと思います。
そして、それを基盤にして中世後期(14・15世紀)にいかにして王権が、貴族=領主層の権力を削減するような形で、一層強化され、中央集権化が促進されるかを展望したものである。~プロローグより~
冒頭に本書から引用してみましたが、中世ヨーロッパを断片的なパーツとして知らない私には、大変眼から鱗の本となりました。
封建制は、群雄割拠する諸勢力の存在とそれに対して対等でありつつも、封建制以外の諸要因から若干の上位的存在と看做される王権との双務的契約によって成立しつつも、王権自体の有り様としては、中央集権を目指す存在であり、自らの拠って立つ基盤である、封建制自体を崩す事でその目的を達しようとする、非常に矛盾に満ちた仕組みであるなど、う~ん、久しぶりに歴史を学ぶ面白さを実感しました。
都市の生成と発展も、そもそも中世社会の根本的な要因として内在しており、決して外的な独立したものではないという捉え方も私には、実に新鮮な視点でした。おお~、なんとも面白いです。
労務的な貢納が、やがて貨幣による貢納へと変わることで農業の生産性向上が農民にとっての実質的な負担軽減・隷属的な身分からの解放につながり、都市の興隆・上層市民層の成長が平行して進んでいく。
それは、国王権力の下へ最終的には組み込まれていくものの、政治的な位置付けから、経済的な位置付けへ変遷する中で、国王による支配を可能にした官僚制や騎士への俸給を支える重要な存在となっていく。
この辺のことは、阿部謹也氏の諸々の本(「ハーメルンの笛吹き男」等)と表裏一体の別方向からの視点とも言えそう。比べて読むと面白いです(笑顔)。
そうそう、王のキリスト教による塗油の聖別や瘰癧(るいれき)治癒などが、この時代にシステムとして組み込まれていくのもまさに王権の確立に必要な道具立ての一部であったことが分かる。
あれほどまでに民衆だけではなく、フランス国王が聖遺物を求めたのもまさにプラグマティズムそのものの政治的な意図があり、それが私の大好きな「黄金伝説」やシャルトル大聖堂(&聖母マリアの肌着=聖遺物)につながるという始点は、いろいろな意味で大変感慨深く、目を見開かされた感さえありました。なんも分かってなかったんですね、私。
最近、バチカンから新たな文書が出て大騒ぎになったばかりのフランス国王によるテンプル騎士団潰しの陰謀も、経済的な理由が直接的なものであるとしても、中央集権的な国王権力をまさに築こうとしているその時に、神の権威を背景に国境の枠を越え、経済的・政治的に独立な存在であるテンプル騎士団は、大変大きな障害そのものだったのでしょう。
とすれば、テンプル騎士団潰しという行為の歴史的意義は、全く異なったものに見えてきません? 少なくとも私には、今までの利己心に凝り固まったフランス王の暴挙から、国家百年の大計に基づく安寧の為の戦略的政治行為と視点が変わりました。
まあ、本書ではそこまでは述べていませんけどね。上記は私の勝手な解釈です。
そうそう、あと、驚いたのはゴシック建築の生みの親として有名なシュジェール。国王との緊密な関係、サン・ドニ修道院を国王の墓として位置付け、復興を果たしたことは知っていたものの、それらが国王権力の正当化・伸張とこれほどまでに密接に結び付いていたことは見逃していました。
サン・ドゥニが王国の命運を担うフランス王の”特別な保護者”として位置付けられたこと・・・。何故、ゴシック建築が生まれたのか? シュジェールの宗教的熱意は当然であるものの、それを経済的にも政治的にも支え、またそうする必然性さえ生み出したのは、当時の社会情勢であったことを見逃してはいけませんね。
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サン・ドゥニを通じて、王の家系・血統に対して神の助力がもたらされ、王は「地上の繁栄と同様に天上の王国の豊穣から、このうえなく確かな報酬を受け取る」のである。特に王のサン・ドゥニに対する崇敬が飛躍的に高まるのは、新たな聖堂にその聖遺物が奉遷がなされた1140-50年頃と見なされている。
サン・ドゥニは王が神から封として王の権威を受ける上での仲介者(中間封主)として現われる。その封=権威の象徴が王の権標(レガリア)である。
シュジェールの献堂記は、読もう読もうと思いつつまだ読めていませんが、あそこに克明に書かれたゴシック建築に関わる記述が何故、時代を超えて残ったのか・・・何故書かれねばならなかったのか・・・それは個人的な記録ではなく、王権の正当化へ直結する国家の記録に他ならず、キリスト教的な神への栄光を高めれば高めるほど、反射的な利益として(=相対的な位置付けからも)国王権力を他の封建諸侯とは一歩異なった高みへと導く大切な仕組みであったのだと思いました。
こういう視点も教えて欲しいよなあ~。歴史の授業や、ゴシック建築の本読んでもそういった視点までフォローしているものを見たことがありません。建築史やキリスト教的視点だけでは、現実の理解にはまだまだ足りない事を痛感させられました。
逆にこの本を読んで本当に良かったと思いました。
でもね、くれぐれも勘違いして欲しくないですが、本書は決して面白い本ではないです。私の場合は、既に幾つかの本で疑問に思っていたり、気になっていたことがあったのでたまたまそれに対する問題意識からすると、大変興味深く、示唆に富む内容でしたが、自らの問題意識無しにいきなり本書を読んでも退屈なだけです。
おそらく、私がゴシック建築やテンプル騎士団、中世都市やキリスト教のことを何も知らないで本書を読んでも、すぐに投げ出すであろうことには自信がありますもん!
しかしながら、ある種の限られた人には、絶対に価値を見出せる本だと思います。ご興味のある方、是非、目を通して下さいね。私的には、大変勉強になった本です。
あっ、でも1点だけ疑問あり!
今、本書を読み直していてどこの箇所だったか見つからないのだけれど、用語の使い方で間違いではないかと思ったところがあった。
確か『法源』の説明がおかしい。私が法律を学んでいた時に使用されていた「法としての存在形式(だったっけ?)」とかとは違う説明がされていた。
歴史としての用語だと意味が変わるのかなあ~。でもローマ法とかゲルマン本との絡みで説明した箇所だったと思うし、法律用語としてなら、おかしいと思うのだけれど・・・。
そこだけ本書を読んでいて気になりました。
【目次】フランスの中世社会―王と貴族たちの軌跡 (歴史文化ライブラリー)(amazonリンク)
中世社会の構造的特質
貴族の世界と民衆・教会
王権による統合とその基盤
王の権威の源泉
王権イデオロギーの強化と儀礼
王権の拡大と貴族層の対応
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ステンドグラス(朝倉出版)~メモ
ゴシックということ~資料メモ
「ハーメルンの笛吹き男」阿部 謹也 筑摩書房
The Golden Legend: Readings on the Saints 「黄金伝説」 獲得までの経緯
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