2009年04月07日

「天平の僧 行基」千田 稔 中央公論社

最初は、政府から弾圧を受けていたはずなのに、奈良の大仏建立を支えた民間僧(私渡僧)として、後には中央政府と強い結びつきを確立するまでになった、類い稀なカリスマの人物として、私の中ではイメージしていたのですが、本書を読んでずいぶんと違っている事に驚きました。

私は本書を読むまでは、行基は勝手に出家した僧侶だとずっと思っていたのですが、ちゃんと得度をしていたんですね。しかも、生字素性の分からぬ人物が多いあの時代にも関わらず、いろいろな文献や資料が残っていることも初めて知りました。

まさかねぇ~渡来系の人物で百済系とは・・・。

初期の仏教が、山岳宗教や陰陽道的な要素を色濃くし、行基にも道教の要素が認められるというのは、私には新鮮なお話でした。また、行基が聖武天皇の時に、大僧正にまで上り詰めた背景には、行基につながる渡来系の人脈や技術を大仏建立の為に活用したいという政治的意図があったのでは、という説も大変面白かったです。

いやあ~今も昔も日本人は、外人さんつ~か舶来品、好きだもんねぇ~。留学してMBAを取ってきた人を有り難がる心理と共通する日本人のDNAでしょう。これって!

日本で使えるか否かは置いといて、権威付けされたのって大好きだもんね。まあ、学歴(日本の場合は学校歴)や大企業に勤務したという箔付けは、経済学的には確かにシグナルとして機能はするんだけど、その精度や如何に?ってとこでしょう(笑)。

ただ、行基は確かに使える人物だったようです。伝承だけではない、史実の行基像も魅力にあふれています。

日本全国にありますが、うちの近くにも伝行基作といわれる仏像がどっかに祀られたなあ~。あくまでも『伝』なのですが・・・。
【目次】
1 菅原寺―行基入滅
2 家原寺のあたり―行基の原風景
3 飛鳥へ―出家と修行
4 禁圧の風景―行基は呪術者だったか
5 都鄙周遊―道・水路・橋
6 池溝開発と四十九院―したたかな宗教者
7 遷都と大仏建立―異能の人
天平の僧 行基―異能僧をめぐる土地と人々 (中公新書)(amazonリンク)

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ラベル:行基 歴史
posted by alice-room at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史B】 | 更新情報をチェックする
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