
偽善者が死ぬほど嫌いなみっちー(一部ではみっちぇるとも言う)です。
感情を無くした病んだ人を描いた作品は、多々あれど、これは久しぶりに心の奥底のものが揺さぶられるような感じに襲われ、そのまましばらく鬱で精神活動が停止しそうになった作品です。
これが公共の図書館で、ラノベの作品が並ぶ中、同じ棚に「走れメロス」「こころ」とかと一緒に置かれている、その事実に衝撃を受けてます。
私は、こういう作品に非常に弱くて、ついつい読んでしまうし、自らの過去や周りの病んだ人達を思い出すたび、ある種の感情がフラッシュバックしてしまうのですが、それでも欺瞞つ~か、自己満足であっても未来のある若い人に読んで欲しくない作品ですね。
エロ小説とか、言葉は悪いがレイプ小説のような方がなんぼかマシでしょう。本書は人としての根本的な部分で絶望以外の何物も感じられなくなりそうで怖いです。
検閲が如き、言論の自由には断固として反発しちゃう私ですが、この本だけは発禁した方が日本の・・・世界の為ではないかと思ってしまいます。
マジ、やばいっスよ~これ。
文章は、もう平凡過ぎるぐらい淡々としていて、うまいとか下手とかそういう次元以前の個人日記レベル。思考がポンポン飛んで、脈絡が欠如しちゃうのも含めて、いや、それだからこそ、生々しいんですよ。
身近に、リアルに感じられちゃうし、自分とは違う世界の人なんだけど、ひょいと作中の世界にいけそうなその距離感の無さが本当に怖いです。
最初から精神が壊れていたり、歪んでいたりするわけではなく、生きている、その事実故に、環境にただただ対応した結果だけでしかない、そんな人の限界を感じる。
やってることが滅茶苦茶なのに、それがある種の制約を外された純粋さになってしまっていることがもうどうしょうもなく辛い。悲しいのに・・・同情できない。
なんかなあ~、世界中の人間はエゴにまみれて汚らしく、みんな死んじゃえばいいと本気で思っていた幼少の頃の私には、なんとも言えない感慨があります。
エコとかほざいている奴が車乗っていたり、エアコン使っていると、首絞めたくなる衝動は、さすがに抑制できるほど、薄汚れて世間に対応できるまでに成長(堕落)した私ですが、まだ、本書の中の感覚分かるなあ~。
学生時代に、馬鹿のように多数決をとれば、それが民主主義だと思い込み、多数派にいることで安心感を覚えている奴を、完膚なきまでに論破するのに情熱を燃やした歪んだ私には、この本、毒だね。
駄目、こういうのなんか好きなんだわ。でもって、類友で病んだ奴が集まっちゃうんだよね。そして、お互いに共感できるから、甘やかして、傷なめあって、更に低い次元に落ちていく。
駄目な奴は、そうやって駄目さ加減を増していくのをどれほど多く見てきたことか・・・。ふう~。
本書の話ではないが、微妙な内容のメールのやり取りで、お互いにやばい気配が漂ったメールの後、延々と夜中起きていて、翌日の朝になってもメール待っていたり・・・。
気になって、寝れないんですよ。そういう人は・・・延々とみーくんを待っているまーちゃんと同じ精神構造で、同じ行動だったりします。24時間、あるいは、数日間、そんな状態が続くのですよ。リアルに。
当然、周りの人間を巻き込み、破滅させていくのも定番の通り。ははは・・・それで破滅しかかった私がいるもんね。
それで会社を辞めたり、学校を辞めたり・・・、まあ、どっちゃでもいいんだけど・・・ね。
まさか社会で働くなんて、絶対に自分にはできないと思っていたのにこうして働いている、今になっても生きている、10代の頃には、ありえない話でしたもん。
人間は凄いです。どうしても&どうして、生きていたりします。いつ死んでも、いいような気で生きていたのにね。
本書は死んだほうがいい(であろう)人達が、何故か生きていて、彼ら自身の『生』を生きている、そういうお話です。既に人であることを辞めていたりするんだけど、そこに垣間見える、切ない人としての性(さが)も苦しいです。
無償の思い、無償の愛、無償の善意。
明白なる嘘は、優しさの代用品になるのですよ。粗悪品の模造品ではあるものの、置き換えてもぱっと見、どちらも表面的な事態を流している機能は似ているので、それで済んでしまうのです。
でもね、切なさがまとわりつくのも事実であり、優しさは苦しいのですよ~。苦しくない優しさは、自己満足の自己顕示行為でしかないのだし・・・。
やばい、支離滅裂で脳内をグルグルしそうなのでここらで止めておこう。私は、この続編を確実に読みます。
でも、幸せに今まで生きてきた方は、読むべきではないし、読んでも面白いと感じられる人もいないでしょう。そもそも、読者(読書)は共感でしか価値を見出せないものですし・・・。
最後に本書は悪書です。
余計なお世話ながら、本書を読んでいる人がいたら、距離を置いておくのが無難です。それが貴方の幸せに繋がります。きっと!
ヤンデレとか戯言のいーちゃんは、アニメにできるけど、本書をアニメにしたら、即、犯罪ですね。正常と異常の境界線を踏み越えてしまった感があるのですよ~。
監禁事件にあった被害者が、加害者へと転化し、負の連鎖をつなげていく設定だけでも、最悪ですが、登場人物達の心情が更にまずかったりします。
でも、幸せにはいろんな形があるので、また切ないのですよ・・・(涙)。
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ちなみに・・・本書のやばさの本質は、狂気を知らない人には想像できないようです。パターン化した狂気とは、一線を画す微妙な雰囲気のリアルさは・・・きっとそういう人達と付き合ったことないんでしょうね。幸せな方達が、本書を多数読んでいる事を知り、別な意味で安心しました(笑顔)。
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん―幸せの背景は不幸 (電撃文庫)(amazonリンク)
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「きみとぼくの壊れた世界」西尾維新 講談社
「セーラー服で一晩中」1~4巻 白倉由美 角川書店/a>
なんかこー・・・本質的な部分で壊れてるんだけど、それを書ける人間がいるっていう事実がさらに恐怖感を駆り立てるというか。
世界の範疇について考えたことがある人だと、割と耐性もって読めるのかもしれません。
みーくんもまーちゃんも、結局自分の世界に忠実であるというところだけは揺らいでない気がしますし。
ただ、この読後感は・・・なんともいえん・・・
言葉にならないっていうのが正しい受け取り方な気もします。
こんなもんわかった気になっちゃったらお仕舞いだ。という感じ。
一巻読み終わって、続きが気になるのに手が伸ばせません、心理的に(苦笑)
はい、私もこの本はかなりヤバイと思います!
境界線上を越えてしまった違う人々と割り切れれば、いいのかもしれませんが、微妙にそう言い切れないが故の怖さがなんとも言えません。
複雑な思いに駆られるのは、まっとうな感覚ですよね、おそらく・・・。
読めば読むほど、苦しい気持ちでいっぱいになりながら、ずいぶんと忘れていた頃のことまで思い出し、考えさせられました。
まさに現代版の『人間失格』のような気さえします。つ~か、『人間以下』かもしれませんが・・・。