2010年01月04日

「岸信介」原彬久 岩波書店

新年早々、たまたま手に取った本でこれまで衝撃を受けるとは思いもしませんでした。

満州国で理想に燃えた官僚が、一切の制約を逃れ、日本本国では実施し得ないまさに理想の国家政策・運営を行った「革新官僚」。

その中心人物であり、戦後の自民党政治の中枢で怪物のように鎮座ましました、権力主義者。

日米安保改定でのあの騒動。

等々のイメージが先行し、私の中では大変優秀な人物ながら、政治家としてよりは官僚イメージが強烈だったのですが、本書を読んで、私の印象は全く無知から来るものだったことを痛感させられました!

帝大法学部で主席の我妻栄(現在にまで影響を及ぼる民法の権威)とその成績を争い、戦争中でも夏には軽井沢の別荘で毎日10数時間も勉強して、法律論を戦わせたという話を法律雑誌で大昔に読んだ記憶がありました。

我妻先生は法律を、岸氏は政治を最終的に選んでそれぞれ別の道に進むことになったと確かその文章では書かれていたと思うが、その人物がいかにして、戦後政治の中心人物となり、現在の日本を形作っていったのか・・・・本書には、私には想像もできなかった政治家岸信介が描かれています。

戦後、巣鴨プリズンでの3年半も収容され、死の恐怖の元でも淡々と過ごす日々。そこから釈放されるや否や、一国の基本法としてはどう解釈しても押し付け憲法以外の何物でもなく、真の日本人のものではないとして改憲を目指すその情熱には、驚愕以外の何物でもありません!

だって、あの岸氏が社会党入党を考えていたそうですよ。戦後政治は、大衆こそが拠ってたつ基盤として、広範な大衆運動を進めようとしたとか、う~ん、保守とか反保守とかといった頭の悪そうな人達(某マスコミとかね)が好む薄っぺらな物の見方とは根本的に異なるスケールの大きさを感じます。

話が前後しますが、満州国行きにあたっても、当時の関東軍にそれだけの注文をつけて、飲ませたうえで、それだけ成果の上がる事を成し遂げたのですから、非凡という他に言葉がありません。

そうそう、満州国と言えば・・・。
やっぱりアヘンの話が出てきますね。別な本でも読みましたが、満州国建国当時の収入のほとんどが実は、アヘン絡みのブラックマネーで軍部の特務機関や各種組織を通じて、複数ルートで資金を集めていた事などもさりげなく匂わしています。

甘粕大尉で名高い国策映画会社への資金提供の話など、権力と金力をまさに駆使して、自らが達成しようとする目的の為に邁進する姿勢は、今の政治家に見習って欲しいです。

政治家に聖人君子は不要です。私は、時代遅れのマキャベリズムの信奉者ですので頭が下がる思いです。

でもね、その一方で徹底した国家による中央集権と統制経済こそが岸氏の本領なのですが、ひねくれものの私は、矛盾しているかもしれないが、やっぱり小さな政府の信奉者だったりもする訳です。

目的の為に手段は正当化されるとしても、自由経済以外の統制経済で生産性の向上が上がるとは思えないのが私の本音だったりします。どうしても個人的には、譲れない思いが・・・。

しかし、とにかく凄い傑出した人物だったことは間違いありません。戦後、二大政党政治による民主主義の下での安定政権の確立こそが、国家の繁栄への道と信じるのは、今も十分な妥当性があると思います。

そして、民主党がようやくそれらしく舞台が整ったのに・・・台無しにしているような・・・・???

そういえば、小沢氏の年来の宿願ともいうべきものが、まさに日本に二大政党制を確立することだったと思ったのですが・・・。田中の秘蔵っ子にして、角福戦争等もあり、岸とは相容れないイメージがありましたが、実は結構、近いのかもしれませんね。小沢路線と岸路線。

まあ、なにはともあれ、本書に描かれた岸像を通してこそ、戦中・戦後、現在にまで続く日本の政治状況が分かってくる気がします。政治に関心のある方は、好悪に関わらず、目を通しておいて良い本だと思います。

著者は政治学者さんですが、岸本人にも数度に渡って直接インタビューをしており、周辺の資料や関係者の証言なども相当綿密に調査されているようです。

正直、新書にはしょせんこのレベルという勝手な思い込みがありましたが、おそらく新書とは思えない内容の充実感があります。是非、一読を重ねてお薦めします!!
【目次】
第1章 維新の残り火-生い立ち
第2章 青春の刻印-国家社会主義への道
第3章 時代の帆風を受けて-少壮官僚の野心
第4章 国家経営の実験-満州国時代
第5章 戦時体制を率いて-国家主義の蹉跌
第6章 幽囚の日々-獄中日記が語るもの
第7章 保守結集に向かって-五五年体制の構築
第8章 権力の頂点に立つ-安保改定への執念
エピローグ-執念と機略と
岸信介―権勢の政治家 (岩波新書 新赤版 (368))(amazonリンク)

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posted by alice-room at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史B】 | 更新情報をチェックする
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