2010年01月17日

「エルサレムから来た悪魔」上・下 アリアナ・フランクリン 東京創元社

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舞台は12世紀のイングランド。カンタベリー・ウォターを生み出すトマス・ベケット大司教殺害後の聖俗間の微妙な緊張状態のさなか。子供達を犠牲者とした、連続猟奇殺人事件が起こります。

ヨーロッパにおける現代にまで続くユダヤ人迫害の歴史の一環として、事件の犯人にユダヤ人社会が疑われ、暴徒による虐殺や焼き討ちが起こります。

そこで登場する探偵役は、かなり異色な女性医師。専門が今で言うなら法医学で、死体解剖や死因究明での権威。ただ、時代背景を考えると、本来有り得なさそうですが、実にうま~く回避していたりする。

当時の国際社会をご存知なら、納得いくでしょうが、当時の世界に名だたる医師教育の先進地、シチリア王国というのがまた一つのポイントだったりする。この探偵さんは、宗教や外国籍等々を問わない、ある意味、超・国際都市サレルノの出身ということで可能性的には、有り得るかも?としているのがなかなか巧妙です(笑顔)。

だって、十字軍でイスラム陣営との交渉で、争い無しに和平条約を結んだあの人物の出身地もシチリア王国ですもんね。歴史を少しでもかじっていれば、ふむふむと頷かされること間違い無しです。

だてに、(よく知りませんが)歴史ミステリ賞とやらをとってはいないですね。

また、その探偵をシチリア王国に求めたのは、何よりもユダヤ人社会の保護の代償として得られる経済的損失に頭を悩ますイングランド国王。

この人物が、実に合理的精神に満ち溢れた、マキャベリズムの体現者たる大政治家で魅力的に描かれています。

中世において、神の秩序の名の下に現世においてもわが世の春を謳歌していたキリスト教社会に対し、したたかに且つ、開明的な視野を持って対処し、徐々に中央集権的な方向性へ向かうその後の歴史の萌芽がありありと見てとれます。

その一方で、中世らしく庶民がいかにも胡散臭い聖人崇拝に踊らされて、聖遺物を有り難がる社会や、またそれを自己の権力の拡大に結び付けることとしか考えられない女修道院長を冷ややかに描写していたり、と冷笑家の英国人好きそう・・・!

日本における歴史物が、どうしてもなんちゃってSFやスーパー伝奇小説みたいなものが多い中では、あくまでも時代としての枠は遵守したうえで、その中で有り得る範囲のミステリーを描くというのは、やっぱり英国の底力ですね。

読み物に貴賎の別はなくとも、好み的にはこちらが私好み。

賢明な読者なら、ご存知かと思いますが、12世紀はまさに『12世紀ルネサンス』の時代であり、かつてのような『暗黒の中世』とは一味も二味も違います。シャルトル大聖堂が体現化するシャルトル学派の思想にも通じていく時代背景を思い浮かべれば、本書を可能にする状況にも納得がいきますね。ふむふむ。

その流れを分かっていて読むと、本書の面白さは倍増します。っていうか、結構、最初は感銘しつつ読んじゃいましたよ~。現代において、世界の金融を牛耳るユダヤ資本が生み出される歴史的過程を理解していると、本書のユダヤ人コミュニティへの保護と迫害も別な感慨を覚えます。

西欧では、非常に微妙な問題なのは今も不変でしょうしね。今年に入ってからも、ピウス何世?とかの列福とかでバチカンに対し、強く抗議しているユダヤ人社会の態度も根は同根です。ヒトラーのユダヤ人迫害について、無言の承諾(?)ともいうべき態度をとり続けた人物の肯定は、そりゃ受け入られないのも無理無いでしょう。

まあ、話がそれてますが、そういったことも含めて日本の学校では、何にも教えてくれない(教師が無知で知らなかったというのもある)実に大切な歴史を改めて認識させられます。

さて、本書の話に戻ると・・・。

現代でも納得がいくようなロジカルな思考と当時でも知られていたと思われる先進的な医学知識を背景に、なかなか素敵な推理を進めていくのと同時に、探偵役を囲む脇役達がなかなか魅力的。

それらも含めて、実に読ませる歴史ミステリーだと思います。最初に非常にはまってしまった反動でもあるのですが、下巻以降になると、探偵役への不満も生まれてくるのが少し残念。

もっともこれは、探偵役の著者設定によるものなので、あとは好みの問題ですね。専門知識は、男性などにも負けない権威であっても、それ以外は、からきし駄目な専門馬鹿という設定の為、探偵役では不可欠な対人交渉や犯人心理の分析とかは、やりたがらないし、かなりボケボケの対応をするのが、かなりいらつくのだけれど、そういうキャラ付けだからなあ~。

個人的には専門知識と共に、したたかな交渉と心理分析で、犯人を追い詰めていくようなものを期待していたので、その点は期待外れでしたが、まあ、これは人によって異なるかと?

ただ、純然たるミステリファンでも楽しめる作品だと思います。インチキ無しの正統派ですから。後は、その舞台設定をどこまで楽しめるか、というまさに歴史物固有の部分をどこまで埋められるかという点でしょうか?

西欧に興味があり、相応の常識があれば、かなり楽しめる作品だと思いました。この作家さんの別な作品も読んでみたいです(笑顔)。結構、お薦めです♪

エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫)(amazonリンク)
エルサレムから来た悪魔 下 (創元推理文庫)(amazonリンク)

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「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
「中世シチリア王国」高山博 講談社
posted by alice-room at 21:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 【書評 海外小説B】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おお、これがおっしゃっていた御本ですか。
alice-roomさんの気合の入った紹介を読むと、
ますます楽しみになってきました。
↑あ、もう購入予定になってますね(笑)

>>なんちゃってSFやスーパー伝奇小説
はははは、まあまあ・・・

読み比べて改めて感想書かせてくださいまし・・・
唯一の問題は二度と読むつもりの無いあの小説の無い様、
あら、一発変換が・・・(苦笑)・・もとい、内容を
どのくらい覚えていられるかなんですよね~
Posted by OZ at 2010年01月18日 07:00
OZさん、こんばんは。
大丈夫です、私も本の内容を覚えている自信はございませんので・・・(苦笑)。
でも、結構よく出来た歴史物だと思いますので、機会がございましたら、是非どうぞ!

>>なんちゃってSFやスーパー伝奇小説
とか言いつつ、何気にトンデモ本とか胡散臭いの読んでる私ですから・・・(自爆)。

基本、面白い本や知らなかったことを教えてくれる本なら、大歓迎ですし♪

お互い、素敵な本は忘れないでいたいものですネ。
Posted by alice-room at 2010年01月18日 22:15
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