2006年03月06日

「中世の窓から」阿部 謹也  朝日新聞社

先日「ハーメルンの笛吹き男」を読んでえらく面白かったので同じ阿部氏の本を手に取ったみた。さすがにハーメルンほど最高に面白い!とは言えないが、これはこれで十分に読み応えがあり、満足できる本でした。そもそも朝日新聞の夕刊に連載してたそうですが、こんな面白いの載ってたんですね。知らなかったなあ~。

中世の都市とそこに生きる職人、貧困層といった人々の生活を実に分かり易く紹介してくれています。彼らの生活と職業別の組合(ツンフト)との関係など、普通の本ではあまり知ることの出来ない知識も豊富でなんていうか今につながるヨーロッパの人々の生活の根本を実感できるかも?

ヨーロッパにおける都市の成立がいかにして起ったか、また名称だけはよく聞くもののあまり意味を分かっていなかった”アジール”(聖なる領域)の用語の意味がようやく理解できました。ある種の社会的な避難所であり、通常の秩序から隔離された聖域が都市であったようです。

それとそれと、何よりも私的に勉強になったのは都市に大聖堂が作られるようになった社会的背景ですね。ゴシック大聖堂の中に、森や自然から疎外された根無し草の民衆が人工的な自然を求めたからとか、従来の農村的な社会秩序や結び付きから切り離された人々がマリア信仰の名の下に新たに都市的結び付きを求めたからとか、幾つかの理由は他の本で読んで知ってはいました。しかし、本書の中で11世紀以後の商業革命の結果、都市に貨幣経済が浸透し、種々の寄進が貨幣という形態をとって富を集積し、移動することができるようになったからという視点は、非常に新鮮に感じました。

また、貨幣の所有量に基づく社会的地位の評価は、従来の社会的な役割や結び付きによる序列を切り崩し、下の者に贈与することで上位者の威厳を示す代わりに、教会へ寄進し、大聖堂を建てたりすることで神への貢献度の裏返しとして、現世における社会的地位の高さを示すというのは、なるほどなあ~と肯けます。

社会における大きな変革期にあたり、富の蓄積とそれに基づく社会階級の変動が生じている都市、農業革命により増大した人口の都市への流入。高度な建築技術を有する専門職としての石工の存在や現場の力仕事を担う未熟練労働者(都市に流入した人々)。それらの各種要因の相互作用により、まさにあのシャルトル大聖堂のようなゴシック建築が可能になるわけです。この本にも何度かシャルトル大聖堂の例が挙げられていました。

中世という時代は私が大好きでバラバラに調べたりしていたもの―――ゴシック建築や聖遺物崇拝、都市の成立、職人組合の成立、贖宥状―――が一つに融合していることを改めて気付かせてくれた本でした。

是非、中世という時代に関心を持つ方には読んで欲しいと思いました。ゴシック建築やステンドグラス好きなら、やっぱりそれが生まれてくる背景知らないとね! ただ、綺麗だあ~っていうのも勿論いいんですが(私も最初それだったから)、知れば知るほど本当に楽しくなってきてしまいますね♪ 聖遺物崇拝(聖人崇拝も同じ)熱が高まり、あちこちに巡礼者が生まれてくるのもまさにこの社会的背景があったからこそであり、根本的な根っこの部分には、共通するものがあることが分かります。「黄金伝説(聖人伝)」もその文脈でみると、また理解の際に深みが出てくると思います。

こういったことを世界史とっても教えないからなあ~。昔のことだけど、大学入試で事件や戦争の起った年号を聞く馬鹿げた問題を出す大学は、受けなかったことを思い出しました。あんなもん資料を調べればいいし、西暦で聞いても意味無いって。世界にはイスラム歴もあるし、日本は和暦だろって元号を聞きなさいよ(それもどうかと思うが?)。

基本的に論文とかだと面白いんだよね。世界史や日本史の場合、本書のように歴史的な意義や流れさえ分かっていれば、文章なんてその場で適当に書けるから、暗記なんてしなくてもいいしね。ふとそんなことを思い出しました。

そうそう、試験問題で感動したものがあったな。司法試験の一次試験なんだけど、大学を卒業すれば免除されるやつ。これの問題が素晴らしかった。
「水の物理的性質、化学的性質、生物学的性質について述べよ」
「法の支配と法治主義について述べよ」
こんな感じだったかな?それぞれ3時間ぐらいづつの持ち時間で計6時間でひたすら論述するんだ(昔のことで時間とかはあやしいけど)。

いやあ、何を書いても良さそうだけど、逆にその人の思考能力を問われるいい問題だと思う。これらは知識というよりも物事の本質をしっかり掴んでいるか否かを問う姿勢が出ていて、感動した覚えがあるなあ~。

とまあ、ずいぶん話が脱線していますが、物事の本質を学べるいい本だと思います。ヨーロッパに遊びに行く前には、こういうのも知っているといいかも?

中世の窓から(amazonリンク)

関連ブログ
「ハーメルンの笛吹き男」阿部 謹也 筑摩書房
「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書
「中世の奇蹟と幻想」渡辺 昌美 岩波書店
「名もなき中世人の日常」エルンスト・シューベルト 八坂書房
posted by alice-room at 23:58| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白そうですね。
中世好きの末席の末席に加わる私として興味あります。
色々な本は出ていますが、それぞれに視点も違えば発見はあるのでしょう。
アジールっていう言葉には聖なる領域と言う意味があったのを私は始めて知りました。いつも聞いたり使っている言葉なのですが、現在では”非難地”という意味でしか使われていないですね。
面白いです。
Posted by seedsbook at 2006年03月07日 02:04
きっとseedsbook さんお好きかと思いながら、レビュー書いておりました。本書もドイツを舞台にして様々な中世の人々の生活が描かれています。そういえば、以前にseedsbook さんがお書きになられていた刑罰の為に人を閉じ込めておいた籠(だったかな?)が今も吊り下げられている、といった内容があったかと思います。その辺に関連する話などもいろいろ書かれていましたよ~。
Posted by alice-room at 2006年03月07日 23:38
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