
まず著者ですが、元々はイギリス中世史辺りがご専門のようでして私がその著書を大好きな渡邊昌美氏とはお友達だそうです。狭い業界だし、そう言われればなるほど~と思ってしまいます。で、必然的にこの本はというと聖遺物を扱う以上、西洋中世史なんですが、異様なほどご自分が明るいイングランドの話が多いです。
普通この手の話では、イングランドってまず出てこないし、せいぜいおまけ的なものと勝手に思っていた私にとっては想定外でした。その代わりに今までほとんど知らなかったイングランド関係の聖遺物や聖人の話なども知ることができたのは良かったです。
でもね、著者はできる限り一般性を保ちつつ、どうやって聖遺物が西洋の社会において崇敬されるようになったかを民衆の心情や教会側の事情、世俗の権力者側からの視点で解説してくれます。ほとんどの場合は、私が知っている限りの薄っぺらな知識からももっともだと頷く内容なのですが、逆に言うと当たり前過ぎてねぇ~。
個人的には、そういった考察もいいのだけれどそれを支える具体的且つ豊富な事例として、聖遺物の奇跡譚なんかも生々しく語ってくれると嬉しかったんだけどなあ。本書の場合、そういったものにはあまり触れずに、概論めいたお話が中心だったりする。正直これじゃ、どっかの学校の講義みたい。あくびして学生寝ちゃうって!もう~。
聖遺物崇拝といっても、非常に狭い地域のローカルなものだったのが国際的な広がりを持ち、巡礼の盛況といった現象に及ぶ過程で、その崇拝の対象・内容がどんどん変わっていく点など、考察は興味深いんだけどね。別に学術的な訳でもないし、一般向きで読み易いんだけど、これでは飽きてしまう・・・。もったいなあ~。
カンタベリ・ウォーター(殉教者カンタベリー司教の血が染み込んだ布を水に浸したもの)が病人を治したり、数々の奇跡を起こす話とか面白いのもいろいろあるんですが、もっとボリュームを増やしてくれればいいのに。今も通販で売っている奇跡の水と一緒です。いつの時代も人がすることは変わりません(笑)。
イギリスの守護聖人として有名な聖ジョージも元々は、外来の新参聖人だったのが、あれよあれよという間にイングランド古来の古株聖人達を押しのけて一番に登りつめた話なども、初めて知りました。王家の人間が教会との協力関係の中で聖人になっていく過程とか、それなりに楽しめます。
ただ、やっぱり聖人伝や奇跡譚が足らないなあ~。思いっきり俗物の私は、そういう伝承の類い(たぐい)の方が好きだしね。まあ、持っていても悪くない本です。絶対、買った方がいいとは間違っても言えませんけどね。
【目次】
第1章 聖人崇敬 (聖人崇敬の始まり、初期中世の教会)
第2章 修道院と聖遺物(外民族の侵入と修道院、聖遺物盗掠の横行、新時代への胎動)
第3章 聖人と巡礼 (普遍的聖人の擡頭、列聖、国際的大巡礼の発展、地方的章巡礼の活況、奇跡と治癒)
第4章 宗教改革と聖人の運命 (中世末期の諸相、国家的聖人の登場、イングランドの宗教改革と聖人の行方)
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関連ブログ
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「中世の奇蹟と幻想」渡辺 昌美 岩波書店
「守護聖者」植田重雄 中央公論社
「黄金伝説1」ヤコブス・デ・ウォラギネ著 前田敬作訳 人文書院
黄金伝説 Golden Legend コロンビア百科事典による
エスクァイア(Esquire)VOL.19
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