
一時の興奮も醒め、ナショナル・ジオグラフィックが、さも世紀の大発見!
センセーショナルに騒ぎ立て、本自体は正直期待外れでイマイチだったことしか思い出せなくなりつつある今頃。
改めて、こんな本あったんだと読んでみた本です。
最初からこういう本を読んでみたかったのです。これこそが「ユダの福音書」について私が知りたかった&読みたかった内容が書かれた本です。
あやうく知らずに、読まずに終わるとこでしたよ・・・(ヤバイ&ヤバイ)。
ナショナル・ジオグラフィックの本は、本文の説明よりもそれが発見され、一時歴史の表舞台から消えて、出てくるまでの来歴ばかりをもてはやし、確かに世界中の話題になって、金儲かったんだろうけど・・・・。
ありゃ、今考えるとかなり悪辣な感じがしてなりません!
特に本書を読んだ後では、あちらの本は捨てたくなりますね。何にも説明らしき説明がないんだから・・・!
本書では、まず「ユダの福音書」が大きなグノーシス主義文書の流れの中の一部に属しており、その意味では既知となっているグノーシス主義文書の one of them であり、貴重な資料ではあっても、従来の枠を壊す新機軸的な発見ではないことが述べられます。
それだけで、ナショナル・ジオグラフィックは、嘘つきだよなあ~。まあ、アメリカ商業資本主義の手先と言ってしまえば、それまでだけど、本文の解説文のあのお粗末さは、やっぱり後ろめたさの裏返しかね?ホント?
さて、本書に戻ると、まずは古代から続くグノーシス主義全体の流れを説明し、その中で特に「ユダの福音書」が属すると思われるセツ派の位置付けを行っていきます。
あわせて、既存の「トマスの福音書」や「エジプト人の福音書」などとの共通点や相違点も触れられていく。
今まで、辞書的な説明のグノーシス主義は知っていましたが、こうしてみると、グノーシスと一言で言っても、実に広範な範囲を含んでおり、その中でどのような共通点と相違点があるのか、本書を読んで初めて知りました。
著者はあくまでも「ユダの福音書」を理解するのに必要な範囲での説明と書かれていますが、グノーシス主義そのものへの理解にも大変有益だと思います。
だって、本書読んでようやくアイオーンとかバルベーローとかの言葉が分かってきました。最初、英語の訳文をよく分からないまま、単に日本語に置き換えていくレベルの翻訳もどきを私がした程度では、理解できないのも当然ですね。納得です。まあ、同時に赤面でもあるわけですが・・・(苦笑)。
とにかく非常に勉強になる本です。さすがはキリスト教生粋の出版社さんが出しているだけありますね。原著はオランダ語らしいのですが、訳者さんが著者のかつての教え子というよくあるパターンではありますが・・・、それだけに訳も丁寧にされている感じです。但し、必要以上に小難しい言い回しや漢字の使用はマイナスですけどね。
訳なんですから、原文に忠実で日本語で意味を汲み取り難くする言葉遣いは、改めるべきでしょう。せっかくの素晴らしい内容がもったいないです。
まあ、あのブームでも売れなかったであろうことは容易に想像つきますけどね。
勉強になり、非常に面白くてしかたないのですが、内容についていけない箇所もところどころあるのも事実。一般読者向けに書かれた学術関係の解説本ではありますが、どれだけ一般読者がついていけるかは疑問ですねぇ~?
一般対象とは言っても、それなりにキリスト教的な常識を踏まえたうえで、最低限度、トマスの福音書とか外典等も読んだことあるぐらいの読者でなければ、まず、ついていけないし、本書の面白さに気づくことさえできないかも?
でも、本当に関心のある方には、是非&是非お薦めの一冊です。ナショナル・ジオグラフィックの本を2冊買うぐらいなら、絶対にこっちを買いましょう&読みましょう。
なお、本書のユダの福音書の訳は、著者自身がコプト語から直接日本語に訳出しているそうです。著者はコプト語勉強されていたらしいし。
日本語でこんな本を読めるだけでも感謝したいくらいですよ~ホント。
以下、本書を読んで私が思い付いた気付きなどをメモ。
ユダの福音書では、通常大天使の筆頭であるミカエルではなく、序列二位のガブリエルの霊を受けているそうだ。
普通の人間は、ミカエルの霊を受けていて、魂と身体は死すべきものだが、これに対してグノーシス主義者は高次の秩序の天使であるガブリエルから霊だけでなく、不死である魂をも受け取る。
至高の光世界からのこの二重の賜物は、グノーシス主義者を絶えず物質的被造世界の上へと持ち上げ、下界の支配を抜け出すことを可能ならしめている。
神話は物質的世界・人間と神的世界との間の関係を図示している。この関係を特徴づけているのは、一方で本質的対立であり、他方で模倣である。ここでいう「範型」は、カトリックが旧約聖書を新約聖書のヴェールを被ったものと看做す「予型論(タイポロジー)」と同質であり、私自身の感覚でいうなら、帰納的認識法とでも呼ぶべきものなのだと思われる。
高次の世界は、下界(低次の世界)に対して範型的機能を有する。さらに低次の物質世界は、一連の悪霊的な存在を媒介として、天上世界から言わば流出した。他方で、これら悪霊的存在は、神的世界との接触をまさに邪魔する存在である。
これ読んでいて、私が頭に思い浮かべたのは、そう『光の形而上学』。
認識できない神的世界をその性質を微かに有する現実社会の物質から、うかがい知ろうとするこの新プラトン主義には、グノーシスと近しい同質性を感じるのですが・・・・?
本書でも、物の本でもそういう指摘をしている記述は見たことないんだよねぇ~。私の妄想なのでしょうか?
ゴシック建築は、カトリック教会により生み出され、建設されているものの、その中心的(本質的)思想は、むしろグノーシスの『叡智』に結び付きそうな気がしてなりません。
もっと&もっとその辺に関する資料調べてみたいなあ~今後は・・・楽しみです♪
聖体拝領の否定:完全な神がいる他に、低次の悪霊的神がいて、その低次の神が生み出したのが人間という世界観がまず背景にある。だからこそ、蛇の象徴するものも自ずとグノーシスでは異なってくるのも道理だったりする。
・・・
キリストに倣ってその贖罪の犠牲を(聖体拝領という形で)現前化する、媒介者たる祭司(司祭)制度についての教会の考え方が批判されているのだ。
・・・
十字架の上で捧げられたのは、神人間イエスではないのである。そもそもそういうことはありえない。何故なら、真のイエスは純粋に霊的存在であり、
・・・
イエスが自らを神に捧げているのではなく、むしろ、人間の死せる身体が、それを泥から形づくった当のアルコーンどもに返還されているということなのである。
「ユダの福音書」では、イエスはしばしば笑っている。笑う事は、正典福音書のイエスは決してしておらず、逆にイエスはこう言っている。ここの箇所は、「薔薇の名前」を思い出さずにはいられないだろう。あそこでの文脈とは異なるものの、あそこで図書館長が守ろうとしたものは、アリストテレスの詩篇ではなく、カトリック信仰の大敵たるグノーシス文章であっても、否、そちらの方がよりしっくりいくような気がしてならない。
今笑っている人々は、不幸である、あなたがたは悲しみ泣くようになる。(ルカ6/25)
・・・
イエスの笑いは、決まった意味をもつ独特な一つのモチーフであり、それは、下界に対して、またその無知と邪悪さとに対して、イエスが自らを現す時に見られるところの、イエスの神的優位性を表現したものである。
だからこそ、『笑い』は忌避すべき禁忌(タブー)だったように思えてならない。図書館館長にとっては、世界の崩壊につながる危機に他ならないのだから・・・。
まあ、他にもあれこれあるんだけど、本書はとにかくいろんな意味で、知的好奇心を刺激しまくりです。気力と好奇心のある暇な人、是非、読んでみましょう。
読んで損するようなものではないかと思います。但し、読者を選びますので万人向けではありません。でも、これは強くお薦めする本です♪(笑顔)
【目次】解読ユダの福音書(amazonリンク)
第一部
第一章 十項目で見るグノーシス主義
第二章 エジプトに由来するグノーシス主義写本
第三章 「ユダの福音書」の写本―マガーガ・グノーシス主義写本
第四章「ユダの福音書」―タイトルとジャンル
第二部
「ユダの福音書」
本文の構成
第三部
第一章 神・世界に関する見方
第二章 神と人間
第三章 グノーシス主義的観点
第四章 教会に関する見方
第五章 ユダに関する見方
第六章 回顧と評価
グノーシス主義に関するさらなる読書のために
訳注
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たしかにこれは専門書的な色合いが濃くて、グノーシスをよく知らない読者向けではないですよね。でも著者のお弟子さんらしい訳者先生はロビンソン本でも『修道院の歴史』でもとても誠実なよい訳業をされてますし、その点ではたいへん良心的な一冊と言ってさしつかえないだろうと思っています…まだろくすっぽ読んでもいないのにこんなこと言うのはおこがましいのですが(ひじょうに苦笑)。
今年の夏はとにかく暑いですね…グノーシス関連のパピルス古文書が見つかったあたりも暑いところですし(笑)、残暑きびしい折の読書としてはまさにうってつけの一冊なのかも。心頭滅却して…。
>その点ではたいへん良心的な一冊と言ってさしつかえないだろうと思っています
はい、おっしゃられる通りだと思います。きちんとした翻訳だと思います。(原著が読めないので推測ですが・・・きちんとされているのは端々からうかがわれました)。
ちょい訳語が難しいのが、たまにあるのが辛いのですが、もう少し涼しくなってからの秋の読書用にとっておくのもいいかもしれませんね♪
本当に暑い日々ですので、電車の中で読書しているとすぐ寝てしまう毎日です(笑顔)。
お互いに、体調崩さず、もうしばらくこの暑さを乗り切っていきたいところですね。