2006年04月09日

「中世の星の下で」阿部 謹也 筑摩書房

hosinosita.jpgう~んと、いつもながらの安部氏の本で面白いんだけど、この本にはちょっと問題あるかなあ~。
これまで読んできた本のように、ヨーロッパ中世の文化・社会史について説明してくれているのは文句なく面白いし、興味深いんだけど、本書っていくつもの雑誌に寄稿したものを寄せ集めています。従って、統一的なテーマの元で書かれた訳ではなく、テーマもバラバラです。

テーマはバラバラでも中世史に関する事柄なら、まだ話は分かるんですが、それ以外のことが非常に多いんです。例えば、一般論としての研究者(学者)のあるべき姿や歴史学における国別の取り組み、中世史としての研究態度等々。学者としての真摯な研究姿勢と幅広い視野には、共感と尊敬の念を禁じ得ませんが、同じ本として編まれるのはいかがなもんでしょう。端的に言うと、寄せ集めの印象もなきにしもあらず。

学問としての歴史学や、研究者の心構え等、できればそれらだけで別な本にした方がはるかに良かったのではと思わずにはいられません。著者よりも出版社の編集者がもっと考えてくれればいいのに・・・。そんな思いを強くしました。普通に中世史について関心をもっと読む人には、不要なものが多過ぎです。後半3分の1は、中世史の枠を超えた内容でした。本としての作りは、はっきり言って問題有りでは?と思います。個々の内容自体は、悪くないだけに残念ですね。

そういうわけで、この本はお薦めはしないなあ~。内容毎に分冊すれば、評価が変わるはずですけどね。私も他の安部氏の本を読もうっと。

そうそう、それでも本書の中でなるほどと思ったこともありました。「カテドラルの世界」。何故に商業革命以後の時代に大聖堂(カテドラル)が軒並み建設されたかについて、いくつもの説明を読んできましたが、中世における『贈与』の観念から見た説明が興味深かったです。

人から何を受け取ることは、同等なお返しをしなければならず、それができないということは、相手に貸しを作ることになるそうです。王と騎士の間の関係には、保護や俸給に対して、軍事的奉仕の対等関係があり、農民同士の間柄にもそれは妥当します。商売によって成功した商人は、自分が余剰を持っていることに対して負い目があり、教会や貧者に寄付・施しをすることで、その精算を行っていたわけです。また、教会や貧者への寄付は、同時にキリスト教(カトリック)的に天国に入るための徳を積むことになり、本質的には商人自身の為であるという側面があった訳です。

それ故、ルター以後プロテスタントが広まるにつれ、教会へ寄付がキリスト教信仰において全く価値がないことになると、誰も寄付する者がいなくなり、資金の集まらない教会が大聖堂を建設することなど不可能になってしまうのでした。思わず納得ですね! 勿論、これだけが理由ではありませんが、宗教改革以後、大聖堂建設が見られなくなっていく理由の一つであることは、確かでしょう。私が高校生で世界史を勉強した時に、こういった視点を与えてくれる先生や教科書、参考書はなかった~。だからこそ、授業なんて聞かずに一人で本読んでいたんだけど・・・。

以前に何かの本で読んだ古代ローマ帝国社会のクリエンテラだっけ(?)。これも中世の『贈与』概念に匹敵するかな。
ローマ社会では、常に保護者たるべき人物と被保護者たるべき人物がいて、保護者は経済的にも・法律的にも、被保護者を擁護するが、逆に被保護者は何かにつけて保護者の為に有償・無償を問わず、尽くすことを要求されるそうです。その関係は、地縁的・血縁的なものに限られず、その人の所属する社会環境から幅広く結び付く関係だったそうです。選挙の時に、金品をばらまいたり、支持者を優遇するのは当たり前のことだったみたい。

日本における田舎の選挙にも似たものがありますね。支持者に寿司や酒をふるまい、地元市役所にコネで就職を斡旋したり、時代を越えても変わらないんだ、人って・・・。ちなみに民衆の人気の高かったカエサル(シーザー)はこのクリエンテラを巧みに張り巡らせたことでも有名で、あちこちから借金をしては自分の支持者達にばらまいていたそうです。いくら能力があっても、民衆の支持がなければ駄目なのは、現代の政治家にも当てはまっているのかもしれません。
【目次】1 中世のくらし(石をめぐる中世の人々
中世のパロディー
オイレンシュピーゲルと驢馬
中世における死)
2 人と人を結ぶ絆(現代に生きる中世市民意識
中世賎民身分の成立について
病者看護の兄弟団
中世ヨーロッパのビールづくり
オーケストリオンを聴きながら)
3 歴史学を支えるもの(文化の底流にあるもの
西ドイツの地域史研究と文書館
アジールの思想
私にとっての柳田国男)
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「ハーメルンの笛吹き男」阿部 謹也 筑摩書房
posted by alice-room at 13:09| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
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