2006年04月29日

「刑吏の社会史」阿部 謹也 中央公論新社

やっぱり阿部先生、尊敬しちゃいますね。この先生の講義を受けられたらかなり幸せかもしんない。(もっともたまに、本はいいけど、講義すると駄目な先生もいますが・・・。きっと、そんなことないと信じてます!)

社会システムにとって必要不可欠な公職でありながら、ことさらに嫌悪され、賎民として扱われた刑吏。人を拷問したり、死刑を執行したりする為に、自然な嫌悪感から嫌われたとか表層的な捉え方ではなく、中世ヨーロッパという社会において、種々の歪みの間でしわ寄せとして噴出した特異な「存在」であったことを教えてくれます。いやあ~、実に奥深い話です。

いつも思うのですが阿部氏の話は、常に対象を正面から捉えて、資料を踏まえつつ、通り一遍の歴史の枠を超えて社会を多面的且つ、立体的に(=現実的に)捉えようとしているなあ~と感じます。

そのいい例が、そもそも『刑』の捉え方が実に的確です。当時のもともとの意味としては、違法な行為の結果を秩序を壊したことと認め、刑は神に対しての供儀を為すことであり、神の怒りをなだめる点にありました。従って、刑を受ける人物が生きていようといまいと、それは問題ではないのです。神に対して一定の供儀たる儀式を行いさえすれば、斧で切りつけて失敗し死ななければ、そのまま釈放される場合もある偶然刑だったそうです。

何故なら、村社会の法は伝統的に古ゲルマンの慣習法に則っていたからなのですが、これが都市においてキリスト教論理が広がってくると、必然的に法が変質してきます。古ゲルマン的な要素を異教のものとして排除する中で、刑もまた変質し、都市という共同体自体の秩序を維持する為の威嚇としての意味ができてきます。民衆による刑が、社会的上層部たる国家や領主といった世俗権力による刑になるのです。

この辺の説明が実に面白いです。だけど、それでいて時々話がだれてくるのも事実。まあ、総体としては並レベルかな?と思ったんですが、最後にしっかりと追い込みをかけてきます。

忌み嫌われ、賎民として蔑視されていたはずの刑吏が実は、教養あふれる人物であり、周囲からのいわれなき圧力の中で孤独に耐えながらも、自らの為すべきところを社会的に必要な仕事として熱心に打ち込む姿を紹介しています。この辺の文章には、読む人の心を打つものがあります。誰にも理解されなくても淡々と自らが誇りを持って仕事に向かう姿勢には、ぐっときますね!

最後の文章があって、私的にはいい本に入れますが、そういうのに興味がなければつまんない本かもしれません。そうそう、刑法で行為無価値や結果無価値について学んだことがある人なら、ピンとくるはずです。どういう歴史的な経緯があって、現在の日本の刑法理論にまで影響が及んでいるのか、それを実感できるだけでもこの本価値あると思いますよ。真面目に法律を学んだ人ならば・・・の話。法哲学とか好きな人にもいいかもしれません。

但し、普通の方にはそれほど面白くないので止めた方がいいでしょう。久しぶりに大塚先生の刑法総論とか読みたくなりました(笑顔)。もう古いのかな?今では。

刑吏の社会史―中世ヨーロッパの庶民生活(amazonリンク)

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posted by alice-room at 02:17| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
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