
それなりに本も読んではいるし、巡礼の途上の写真なども見ているので後は実際に体験するだけ。な~んて思っていても、知らない事が次から次への湧いてくるんだから、困ったもんです。関連する数冊程度の本を読んでも読むたびに知らないことを学びます。
という訳で本書から学んだことは・・・。
サンティアゴ教会が生まれる原因になった聖ヤコブの遺骸発見であるが、それが起こった当時の時代的・社会的背景が実に面白い!
当時、イスラム教徒の支配下でなんとか存続していたトレド教会はイエスを神によって採択された子とする「イエス養子説」(著者の説明ではこう書かれていたが、アリウス派のことじゃないのかな?・・・私見)を唱えていた。唯一神であるアッラーを奉じるイスラム教下では、それでなければ存続できなかったかららしいのですが、当然、これに対して三位一体を唱えるバチカンとフランク王国は異端として非難をしていた。
そんな中で正統派としての権威確立の為にも是非とも必要であったところに、必然として聖ヤコブの遺骸発見がおこったそうです。また、それがやがてイスラムとの聖戦を闘う最前線の象徴としての意義が付け加えれていったという、実に政治的な話が裏にはあったりします。
巡礼の道がそのままイスラム教徒との境界線だったとも言えたそうですし。
しかし、どういった事情があったにせよ、大衆がそれを求め、支持したからこそあれだけの大聖地になったのですし、世界的な巡礼にも成長していったのですから、それをこの目で是非とも確認したいですね。
そうそう、他にも「えっ~?!」と思ったことがありました。聖地巡礼の目的は聖遺物を見て触って、少しでもそのご利益で奇跡をおこしてもらおうというものなのです。それなのに肝心のサンティアゴ教会の聖遺物がイスラム教徒の闘いのドサクサで隠したのはいいものの、どこに隠したか分からなくなり、紛失していたそうです。ナニソレ?
以前は、聖ヤコブの聖遺物を実際に見れたものが、ある時を境に見れなくなり、信者は教会の祭壇の下に埋葬されていると信じるしかなくなってしまったんだって! それって・・・(ヒドクない?)
もっともその後、だいぶ期間が経ってからあちこち探してようやく再発見したそうです。この話は知らなかったなあ・・・。
まあ、そういった話以外にも巡礼の道筋に当たることで途中にあった場所が発展し、都市に成長していったりとか興味深いのもあるんですが・・・、全体としてこの本はイマイチ。正直私には合わない。
シンプルにサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼を扱っているのではなく、社会学的な採り上げ方に違和感を感じる。歴史学や宗教史学的な観点ではなく、特定な視点からの見方がかえってありのままの『巡礼』という現象を歪めて理解しているような感じさえ覚える。これは私の言い過ぎだと思うが・・・。
ただ、私が知り会いに薦める本かどうかと言えば、これは止めた方がいいのでは?と言うだろうなあ。決してアカデミックな水準でもないし、読み易い本なんだけど、どうしても読後に違和感が残ってしまいました。口直しに他の本、読まねば。
【目次】スペイン巡礼史―「地の果ての聖地」を辿る(amazonリンク)
第1章 海を渡る巡礼者たち―オリエントの聖地へ
第2章 聖地と聖性―地の果ての聖地
第3章 巡礼行の実際―「聖なる空間」をゆく人々
第4章 巡礼と「観光」―巡礼者と観光者と
第5章 巡礼と都市の形成―巡礼の盛行とともに発展した都市
第6章 巡礼と慈善―「宗教的救貧」から「世欲的救貧」へ/総合施療院の誕生
関連ブログ
「芸術新潮1996年10月号」生きている中世~スペイン巡礼の旅
「スペイン巡礼の道」小谷 明, 粟津 則雄 新潮社
「星の巡礼」パウロ・コエーリョ 角川書店
「聖遺物の世界」青山 吉信 山川出版社
「中世の巡礼者たち」レーモン ウルセル みすず書房
「巡礼の道」渡邊昌美 中央公論新社
「カンタベリー物語」チョーサー 角川書店