2006年08月12日

「三大陸周遊記」イブン・バットゥータ 角川書店

元々は昭和29年に出た訳だそうでその後絶版になり、復刻され、再び角川からリバイバル文庫として出たもの。文庫にしてはそこそこボリュームがあるが、これでも全編の約三分の一の抄訳に過ぎぬというのがなんとも残念である。

旅行記である以上、小説のように面白いことばかりがあるわけでもなく、水もなく、ひたすら砂漠を彷徨うことでさえ、文章にしたら短くて何でもないように思えてしまうかもしれない。しかし、どこをつまらないから、どこが重要でないからという判断はしょせん訳者のものであり、いつか最終的には全訳で目を通しておくべき本でしょう。千夜一夜のように面白くてしかたがない!とはお世辞にもいえませんが、名著であり、古典であることは確かです。ただ、いきなり全訳は大変そうなんで、まずはこれからスタートしても十分な入門書だと思います。中だるみはあるけど、面白い記述がパラパラと見つかります。

まあ、名前だけは聞いたことがあると思いますが、著者はまさに歴史上の人物として有名な旅行家イブン・バットゥータです。しかし、徒歩や船でよくもまあ、これだけの距離を旅したものです。生まれは地中海付近のアフリカ大陸ですが、聖地メッカを初め、インドを経由し、中国まで行くの~?アレキサンダー大王の遠征じゃないんですから・・・。

アフリカにおいては、サハラ砂漠をわけ入り、黒人王国まで行くし、私も行ったスペインのあのグラナダ(アルハンブラ宮殿がある)まで足を伸ばしている。しかも、何度も遭難や盗賊の強襲にあってもそれに闘って生き残り、世界中のあちこちでそれこそ無数の病気にかかっても死なず、70才以上まで長生きするとは、本当に神に選ばれし者なのだなあ~って思います。

でもね、旅人としては『神』として崇めなきゃならないくらいスゴイです。それと同時に私には知ることができないイスラム世界の奥深さなど、勉強になることしきりです。イブン・バットゥータは商人ではなく、法学者であり、神学者でもあってコーランに非常に通じた教養人であり、どこのイスラム世界でも非常に丁重に扱われ、至れりつくせりのもてなしにたくさんの贈り物を受け、全然お金を使わずに宿や食事、奴隷や家畜、財宝までもが旅をしている間にドンドン増えていくというのだから、驚きです。

あちこちの国王や土地の権力者の庇護を受け、偉大な客人として尊重されるだけにとどまらず、実際に官職を受けて法官としても働いたりするんですから、普通の旅人とはちょっと違う。あちこちで女の奴隷も買うし、王様からもプレゼントとして貴金属や食料の他に少女の奴隷や小人の奴隷などまでもらってしまう。う~ん、どこぞの小市民が幅をきかす国とは違い、リアルなメイドやご主人様の世界だもんなあ。

でもね、お金持ちになってもその地位や財産に執着しないところがこの人の偉大なる所以(ゆえん)。それだけのものがありながら、なお、彼を旅へと衝き動かす衝動のままに、彼は旅を続ける。ある時には、衣服の一部を除いて全てを強盗に奪われ、無一文になり、あやうく命を落としかねるがそれでもなおもくじけずに生き続け、旅を続けていくんだもん。本物の英雄ですねぇ~。

その後も彼はあちこちで旅をし、権力者達から高い尊敬ともてなしを受けていく。何人もの女奴隷の中には、彼の子供を産むものも数人いたようだが、子供は早く亡くなる者が多かったようだ。また、あちこちの権力者から婚姻の話もあり、彼らの娘と結婚することも何度かあったようです。政略結婚ですね。ふむふむ。結婚は、歴史的に見れば「愛」による結び付きではなく「権力(勢力)」による結びつきだしね。

残虐な国王は、毎日のように気に入らない人を殺害し、皮に詰め物をして見せしめに外に飾っておくかと思うと、同じ人物が貧者に気前良く食事や高価な衣服に金銭まで与えてコーランを正しく唱えたりするんだから、薄っぺらな人道主義者や博愛主義者などは、即、拷問で言葉どおりに生皮剥がれて塩でも刷りこまれそう・・・。

あとね、その国々の独自の習俗や世界観なども興味深いです。王に対する忠誠の証として、自分で国王の眼の前でいきなり自らの首を切り落とすって・・・何、それって? しかもその人の父も祖父もそうやって忠誠を表現してきたそうです。当然、遺族には国王から、多大なる金品が贈られるのではあるが・・・。

インドや中国で見られた奇術。するすると天に伸びたひもを登り、天から血しぶきと肉の塊が落ちてくる。それがあっという間に元の人の身体に戻る。今でもよく聞くこの手の奇術は、こんな昔から世の東西を問わず、広く伝わっていたことにも驚きました。

こんな感じで、不思議な話や奇妙な話が出てきます。世界は驚異に満ちている、そんな言葉を実感できます♪

私が行ったことのあるチュニスやグラナダ、アジア諸国の話などもなんか親近感をもって読みました。そうそう、インドで夫を亡くした妻が夫の後を追って殉死する風俗の話も載っていました。未だにインド社会で問題になっていることですが、それはこんな昔から続いているわけで昨日や今日、すぐに止めるのが難しいというのがなんか分かりますね。

とっても興味深い本物の旅行記ですが、残念なのは著者が実際の旅行中に記したことは、旅中のトラブルですっかり失われてしまい、ほとんど全てが過去の記憶によっていることです。だから、昔のものほど、記憶が曖昧になっているのは仕方ないことでもあります。

しかし、教科書で名前を聞いたときには、たくさんのとこ旅行したぐらいでなんで歴史上に名を残したのか、疑問に思いましたが、本を読んで納得しました。こりゃ、十分にその価値があります。ただ、それを教える先生は、その偉大さを知らないまま薄っぺらな知識で授業するから、つまんないだよなあ~。

ちょっと根性ないと読破できない本ですが、読むだけの価値はあるかなって思います。私も旅すると必ず、日記書くのですが、こんなふうに付加価値があると素晴らしいんですけどね。
【目次】
前篇
 ナイルの水は甘し
 イエスのふるさと
 アラビヤの聖都
 シーラーズの緑園
 バグダードは荒れたり
 真珠わくペルシャの王者ら
 キプチャック大草原
 サマルカンドの星のもと
後編
 黄金と死の都
 功名は浮雲のごとく
 危難をかさねて
 わたつみの女王国
 南海より黄河の国
 柘榴のみのるアンダルシア
 サハラの奥地へ
 むすび
三大陸周遊記(amazonリンク)
posted by alice-room at 00:58| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
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