2011年10月09日

「西洋中世の罪と罰」阿部謹也 弘文堂

西欧中世関係の本と言ったら、私が頭に浮かべる阿部氏の本ですが、本書はこれまで読んだ本とは、いささか取り扱い対象が異なっています。

中世のヨーロッパでありつつも、所謂キリスト教的世界ではなく、むしろその基底部に沈められた本来の古ゲルマン族の古来の土着風習・世界観・文化意識といったものが関心の俎上にあがっています。

最初は、ゲルマン民族の死生観(世界観)を現す伝説として、アイスランド・サガ等から具体的な話が紹介されます。ずっとその調子で行くのかと思いきや、途中でガラっと変わるので。

本書内でも「黄金伝説」(キリスト教聖人伝)との対比が何度も語られますが、いやあ~本当にキリスト教的価値観とのあまりの違和感に結構、考えさせられます。

キリスト教的世界観が自然を馴致して人間に(=神の世界に)従属化させるのに対し、ゲルマン民族的世界観はむしろ人間を自然化し(=本書では触れていないがアニミズムと等しいものを感じます)、真逆の方向性を有する点などが指摘されていて、大変興味深いです。

カール大帝のカロリング・ルネサンス(文芸復興)も、政治・社会的な背景との関連無くして、突如、湧き出したものではなく、従来のゲルマン的な世界観を、新支配者であるカール大帝+協力者キリスト教勢力の下で、自然を人間の支配下に置くキリスト教的世界観への転換を成し遂げる手段としての意義を見出しています。

う~ん、面白いね。
いつの時代でも新しい特徴ある文化は、それに先んじて政治的・経済的・社会的な背景に大きな変化・変革が生じてこそ、生まれるのが世の常ですから!

文化だけが突如、突然変異を起こすなんてありえません。
仮に起こっても、社会がそれを受け入れない状況下では、あっという間に消えてしまうのが歴史の常ですから・・・。

でも、16世紀以降のルネサンスやこのカロリング・ルネサンス等、学校の教科書とかで習うと薄っぺらい項目の列挙でその歴史的な意味を全く説明されないんですよね。教師が物を知らないのだから、そこから物を学ぶ生徒が興味持てないのは当然だし、歴史から学ぶべき一番美味しいところをスルーしている学校教育、無駄なんだろうなあ~。

数十人(?数百人)に一人ぐらいいる、本当に素晴らしい教師に出会えないまま、学校生活が終わる人の方が多いんだろうか? まあ、学校教育批判はおいといて。

本書はとても面白いです。
西欧中世の採り上げ方として、通常とは異なる視点からの取り上げ方で。
通常のキリスト教的世界として社会上層部の国王、領主、聖職者達が共有する上からのキリスト教秩序ではなく、民衆が上からの押しつけられた価値観の下で隠し持ち、あるいは共感できないものは無視しつつ、自らと自らの属する共同体が抱き続けたいにしえの価値観から、中世を捉え直す試みを行っています。

中盤以降に長々と具体例として紹介される「贖罪規定書」。
まさに、後年魔女狩りの熱狂が繰り広げられ、裁判の判断基準を準則化した「魔女の鉄槌」の編纂に繋がるのは、こういった多年にわたる準備が着々と進められていた土台があってこそ、だったんですね。

本書では「死者の舞踏」について触れているものの、「魔女狩り」までには言及していませんが、個人的にはそちらへ影響も感じぜずにはいられませんでした。

あとね、古ゲルマン民族(まさにガリアの土地ですから)の基層的な習俗が、キリスト教支配領域の拡大と共に、社会の辺縁に追いやられ、邪教・異教の習俗としてレッテルを貼られつつも、民衆の間には、しっかりとその存在が残ったことも改めて納得できました。

死ぬと、死者は生存の富(貴金属)を土中に埋める習慣や、泉や古い歴史のある聖地にお参りし、奉納物を捧げることなども「贖罪規定書」には、細かく具体的に記述され、それに対する贖罪方法のルールなどがあったことも紹介されています。

シャルトル大聖堂の一番奥底の地下(クリプト)に聖なる井戸があり、民衆は黒い聖母崇拝と共に、いつまでもその井戸を神聖視していた話を私は思い出しました。

後に業をにやした司祭が強引に埋めたという井戸。

今、現在はそれが掘り起こされ、そこを聖地として崇める人々が未だに訪れる場所であることなども感慨深く感じます。まあ、去年わざわざ、その井戸を見にクリプトへ行った私もアレですけどね。物好き以外の何者でもないか(苦笑)。
本書内の贖罪規定書より、以下抜粋。

第66章 お前は司教や司祭が定めた教会などの宗教施設以外の場所に、祈りに出かけなかったか。泉や石、樹木や十字路などでその場所を敬うためにローソクや松明が置かれているところへ、パンなどの供物をもってゆき、そこで身体と心の病を癒そうとはしなったか。もし、そのようなことを行い、それらのことに同意を与えたのなら、先に述べた祭日に三年間の贖罪をはたさねばならない。
本書は、ある程度知っている人が読むと面白いものの、キリスト教的中世世界観(公的)に対する古ゲルマン民族的世界観(私的)という構図が前提にある為、「黄金伝説」などを初めとする西欧中世の基本常識を押さえておこないと、その面白さが伝わらないと思われる。

それさえ押さえてあれば、読む価値のある本だと思うんですけどね。
改めて、「贖罪規定書」そのものにも関心が沸きました。この延長線上に、昨日、古書展で買ったブリューゲルの『大罪』の版画が生まれてくる訳だったりする。

この辺も全てが背後の大きな流れの中で繋がっており、知っていれば知っているほど、面白い♪
【目次】
第1章 古ゲルマン社会の亡者たち
第2章 死者の国と死生観
第3章 キリスト教の浸透と死者のイメージの変化
第4章 中世民衆文化研究の方法と『奇跡をめぐる対話』
第5章 罪の意識と国家権力の確立
第6章 キリスト教の教義とゲルマン的俗信との拮抗―贖罪規定書にみる俗信の姿
第7章 生き続ける死者たち
西洋中世の罪と罰―亡霊の社会史 (叢書 死の文化)(amazonリンク)

ブログ内関連記事
「中世賎民の宇宙」阿部謹也 筑摩書房
「ハーメルンの笛吹き男」阿部 謹也 筑摩書房
「中世の星の下で」阿部 謹也 筑摩書房
「中世の窓から」阿部 謹也  朝日新聞社
「刑吏の社会史」阿部 謹也 中央公論新社
「甦える中世ヨーロッパ」阿部 謹也 日本エディタースクール出版部
<訃報>阿部謹也さん71歳=一橋大元学長
「ゲルマーニア」コルネーリウス・タキトゥス 岩波書店
「フランスの中世社会」渡辺節夫 吉川弘文館
posted by alice-room at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史B】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック