現在、分かっている資料の量的・質的限界及びそれに伴う研究の不完全さを明確に認識し、それを直視したうえであえて過渡的な考察として現状の研究成果を説明しています。
翻訳者ご本人も自らの専門ではないことを意識しつつも、本書を読む人にとって有意義になるように真摯且つ良心的な翻訳を心がけられている感じが伝わり、資料としての価値は十分にあるのではないでしょうか? もっとも私個人としての関心は、このテーマにはあんまりないんですが、大学の講義とかなら、きっと聞く価値のある講義をして頂けるような・・・そんな感じを強く受けました。
本書を読んでいくつか勉強になったこともあったんで個人的にもメモ。
・大学は自然発生的に存在した場合もあるが、多くは教皇権の範疇で教会付属の学校として神学部ありき、で始まっている。当時、異端との争いの中でカトリックの理論的な根拠の弱さを痛感し、早急に理論武装(=カトリックとしての正当性の樹立)をする為にも教皇は、キリスト教神学の研究を進める必要があり、大学は目下の急務であった。
・教皇権の傘の下で、世俗の封建領主権からもまた地域的な司教からも自由に活動できた大学は、大学固有の特殊な権利(=内部的に自立した存在で独自に内規を制定したり、固有の裁判権を有して外部の裁判権からも独立した存在であったりする)を持ち、大学の構成員は納税や各種義務の免除などの特権も有する社会的に一定の団体たり得た。
・その後の大学の発展を見た場合も教皇が大学の後ろ盾になっていった。カトリックの理論的バックボーン足る神学者や法王庁における実務を取り仕切る行政官などを供給する教育機関としても大学は価値があったのだ。それ故、大学が広く教皇に直属する組織とされ、教皇が積極的に支援した一方で大学側も自らに有利な立場と権益を欲し、教皇に接近していった。
・しかしながら、両者の蜜月も永遠に続くものではなかった。13世紀において大学人は自らの権益(主張を含む)要求を実現するために、集団でその地を離れたり、ストライキなどの行動さえ行い、またそのように行動する自由もあった。しかし、宗教世界の代表たる教皇権と世俗権の代表たる皇帝権との間には、当然のことながら確執が生まれるべくして生まれていく。15世紀以降になり、中央集権化が進み、国家主義が台頭していく過程で大学は教皇権の下から、皇帝権(あるいは国家権力)の傘下へと移行を余儀なくされる。それは、国家における行政官僚の登用であると共に、大学から学問的な自由は奪われ、国家政策の下に沿った教育機関としての役割が鮮明化していく。
・それらと同時に大学内部でも変化が生じていく。13世紀において大学は、貧しい者でも能力のある者を進んで受け入れ、キリスト教精神に基づいて平等な教育を受ける権利を保障していた。それは当時の社会的階層の変動(貧民から、特権階級へ)を可能にしたが、国家主義的な要素が高まる15世紀以後は、むしろ特権階級が自らの地位と権力を可能な限り、独占し、成り上がりを排除する為の装置として機能する。学習の為の学費や資格を取るための試験料は高額化し、貧しい者から受験する機会自体を困難にさせた。また本来は多様な費用の免除既定もどんどん削除され、教育はまさに特権階級維持の為のシステムへと変質した。
こういう視点で中世を見るととっても楽しい♪ 中世の庶民に関する本や彼らが生み出したゴシック建築など、みんなが相互に関連し合っていることが本当によく分かりますね。錬金術とかもこういった当時の知的エリート達が置かれた状況を知らないでは、きっと机上の空論で実体を欠いたものになってしまうかもしれませんね。
ちょっとだけ中世の歴史を深く捉えられるようになった(気がする?)私でした(笑顔)。
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モンタイユー 1294~1324〈上〉エマニュエル ル・ロワ・ラデュリ 刀水書房