<目次>
第1部 欺瞞
第1章 巻物の発見
第2章 国際チーム
第3章 巻物にまつわるスキャンダル
第4章 〈合意〉に抗して
第5章 学問世界の政治と官僚主義的惰性
第2部 ヴァチカンの代表者たち
第6章 科学の猛攻撃
第7章 現代の異端審問
第3部 死海文書
第8章 キリスト教正統主義にとってのディレンマ
第9章 『死海文書』
第10章 信仰に仕える学問
第11章 エッセネ派
第12章 『使徒言行録』
第13章 「義人」ヤコブ
第14章 律法への熱情
第15章 ゼロテ党員の自決
第16章 パウロ―ローマのスパイあるいは密告者?
う~ん、こういうの読めば読むほど、謎が増えてまたまた他の本を読む羽目に・・・。でも書いている人は先日読んだ「レンヌ=ル=シャトーの謎」と同一著者だったりする。読む方だけでなく、書く方も一緒だ(笑)。
さて、この本はかなりというか徹底してジャーナリスティックな視点で描かれていますね。イエローペーパーやタブロイド版のような雑誌に掲載されている記事みたい。なんか非常に政治的な駆け引きが中心に描かれていて、”人が3人いれば派閥ができる”の言葉ではないけど、改めて学問の世界も大変だなあ~と思います。教授が指導している学生の研究成果を自分の名前で勝手に発表して成果を横取りするのってよくあることだし、先生の名前のおかげで学会におけるポジションも決まり、就職先が決まるのは世の常です。でもね、ここで描かれる政治的な駆け引きは、そんなレベルでは無かったりします。
世界で名実共に最大数の信者を有する世界宗教キリスト教の根幹に係わる事柄で、場合によってはその存在基盤に多大なる影響を及ぼす可能性がある問題を巡る政治的な駆け引きとなると、一筋縄ではいかないのでしょう。既にその舞台となる背景からして尋常ならざる予感がします。また、ここで描かれる事柄も100%信じられるかどうかと聞かれれば、疑いの目を持って見るべきではありますが、当時のセンセーショナルさは世界各国のメディアで喧伝されており、今なおその問題は完全に解決したとはいえない状態ですから、やはり知っておくべき事でしょう。なにぶん、量もあることなのであくまでも私が読んで捉えた問題点を列挙すると・・・。
クムランで発見された死海文書と呼ばれる文書の翻訳に関して、デゥ・ヴォー神父率いるある特定の集団「国際チーム」があたっているが、発見後数十年の期間が経っているのにもかかわらず、ごく一部の翻訳成果しか公表されず、意図的に情報操作が行われている可能性がある、ということ。
「国際チーム」の担当者は、調べてるとカソリック教会の息がかかった者達が大半を占めており、彼ら以外の学会でも定評のあるいかなる人物がその資料を閲覧しようとしても一切公開せず、情報を独占管理化においている。
等々を中心に、多数の問題を生じさせているそうです。
また、この死海文書が明らかにする内容には、初期キリスト教会の実態と非常に酷似する点が多く、歴史的な加筆・修正等の存在が否めない現在の聖書では分からないキリスト教の原点の姿を知る可能性が指摘されている。他方、それはイエスがもたらした種々の思想がユニークさを失い、当時一般的に信じられていた宗派・セクトの一形態に過ぎないかもしれないという、現在のカソリック教会には受け入れがたい問題を勃発する危険性があり、それを避けるためには、それ相応の手段をとる可能性も指摘されています。
この本では、死海文書そのものを巡る争いの他、信仰の危機的状況に瀕したカソリック教会側の対応についても説明しています。ダーウィンの「種の起源」やら、死海文書、ナグ・ハマディ文書等、科学的側面からの教義への懐疑について、同じ土壌での保守的行動としてカトリック・モダニスト運動の登場。学問的に武装した僧職の学者が、聖書の真理を守るべく論争を行う(はずだった・・・)。結果的には、むしろ真理への疑義を生じさせてしまったそうなのですが・・・・。
あまりに政治的な駆け引き等が、メインで語られており、読むのが苦痛になってくるのですが、時々、面白い情報が書かれているので参考になります。例えば、すべての聖書研究を監視し、監督し続けている教皇庁聖書委員会。聖書に関する研究が、委員会の教義的権威と矛盾してはならないことが教書で宣言されてるそうです。また、この聖書委員会の委員長ラッツィンガー枢機卿は、カトリック教会の信仰教理聖省(Congregation for the Doctorin of the Faith)の長でもあるそうです。しかもこの信仰教理聖省とは、1542年には検邪聖省(the Holy office)として知られ、それ以前にはあの悪名高き異端審問聖省(the Holy Inquisition)として13世紀にまで遡る存在だったりするんですから。 ははあ~って感じになりますね。
また、そのチームのトップであるデゥ・ヴォー神父、その地位を引き継いだミリク神父は共にドミニコ会の所属であったことも書かれています。ここからは、私の思いつきなのですが・・・、ドミニコ修道会ってそもそも異端審問の為に生まれてきた存在なのだから、それがこの現代においても、カソリックの教義を揺るがす問題を有する死海文書を監督する立場にあるというのは、ちょっとまずいでしょう・・・。だって、これではまさに現代版異端審問ではないの?って思ってしまったのですけど。ちょっとうがった見方過ぎますかね?でも、私なんか一般人が考える以上に、世界は謎と陰謀に満ちているのかもしれません。
これは余談ですが、このデゥ・ヴォー神父の経歴に聖シュルピース神学校で神父になるべく学び、その後ドミニコ修道会に入られたそうです。この聖シュルピース神学校なんですが・・・、他にもいろいろな資料で出てくるんですよ。「レンヌ=ル=シャトーの謎」でソニエール神父がパリに行った後に羊皮紙の秘密を明かすのもこの聖シュルピース神学校だったりする。「ダ・ヴィンチ・コード」でダミーとして聖杯が隠された舞台も聖シュルピス教会であったのも記憶に新しいですしね。ダン・ブラウンもなかなかうまいです(笑顔)。
とまあ、いろいろと楽しい話もありました。まだ、読み終わってないんだけど。残りでも面白いこと書いてあるといいなあ~。そうそう、この本を元にしてクムランが書かれているのがイヤっていうほど、分かります。最初、クムランの創作だと思っていたところが、かなりの部分事実だったというのは、それも大きな驚きでした。事実は小説より奇なり、ここでも真実でした。
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