2011年12月03日

「近世ヨーロッパの書籍業」箕輪成男 出版ニュース社

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そちら方面の研究者とか特別な関心を持つ人以外には、全く役に立たない、面白くもない、そのうえ高くて誰が読むの? 需要あるの?と本気で心配してしまうような本で他人には薦めようもありませんが、個人的には好きです♪

大学の講義のテキストにしても学生でさえも買わず、図書館にあっても借りても読まないであろう・・・しかし、それなのに実に内容がしっかりしていて丁寧に作られていることを感じさせる本でもある。

何の役に立つのかは知らないし、期待もできないが、初めて知る事も実に多く勉強になった!
なんか他の本を読んでいる時、ふとしたことで内容の理解が深まりそう・・・表面には出ないが、諸々の背景的事情などを理解して、本質的に理解につながる・・・そんな感じかなあ~。

まあ、効率的読書とか、速読術とかの本読んでいるような人には、真逆の性格の本です。
絶対的に売れないだろうし、でもいい本だと思う。

この著者の書いた本は、一貫して出版史関係で需要なさそうなのに、よく本が出るよねぇ~。ちょい不思議。一読者的には嬉しい限りだけど、私が経営者だったら、赤字になりそうで企画段階で中止させるようなジャンルと内容ですけど。図書館以外の購入客無いだろうし。

さて、ダラダラの前置きの後、内容について。
今まで読んできたこの種の本では常識とされていたことを逆転させるような話も多い。データや元ネタを提示しつつ、数字的にも裏付けしつつ、説明していくのでかなり興味深い。

例えば、『印刷革命』の内容。
手作業の写本制作に比較して、大量に同質の物を作れるようになり、劇的なコスト低下を起こして、たくさんの出版物が流通するようになった。

長年そう言われてきたし、私もそういう理解をしていましたが、実情は全然違うそうです。手作業による筆写での誤りは確かに激減し、その意味では革命的であったものの、新たに固定費用が必要なこと、材料費の割合が高く、そこはほとんど変わっていないこと、逆に活字の有効利用の為にまとめて大量に印刷することで在庫コストがかさんでしまい、初期印刷業者は大量に生まれた分だけ、バタバタ倒産したことを説明しています。

ちょい目から鱗ですね!
本の値段が下がり、たくさんの印刷物が出回るのはその後の流通革命の成果だそうですし、実に勉強になります。

また、グーテンベルクに対する評価も、相当手厳しい印刷オタクの位置付けで事業者としての失敗を淡々と冷静に評価されてます。説明されている事実は、私も他の本で知ってはいましたが、それらを踏まえてグーテンベルク全体としての評価は、180度とは言わないまでも相当異なっています。

うむむ~、楽しい(笑顔)。
(あとね、グーテンベルク、ユダヤ人説もあって・・・・これは確かに西洋人には書けないでしょう。あの当時の時代背景知ってれば、それも自然な発想だとは思いますし、説明も面白いです。実際にどうかは微妙な気もしますが・・・まあね・・・ニヤリ)

あと活版印刷の影響として、活字が設備投資の費用となることから、使いまわす関係で刷る時にまとめて刷らざるを得ず、在庫がかさむ一方で、大量に刷らねばコストが下がらないという相反する要求があり、結果として、売れ筋の手堅い本である古典とか定番物ばかりが印刷対象とされ、受注生産であれば、極端な話、一部だけの需要でも成り立ったようなビジネスモデルは破綻することになったんだって。
(しばらくは平行して成り立っていたそうですが)

印刷の普及がむしろ本の多様性を損なうという指摘は、正直初めて知りましたし、驚きました!!

あと大学が本を必要とする以上、大学による本屋の管理は想定してましたが、本書で紹介されるような厳格な管理・統制が行われていたとは、これも初めて知りました。

大学そのものの成り立ちや、中世大学の状況を説明したうえで教材としての本、その本自体の管理としての指定業者制度など、実に勉強になります。

筆写という作業自体に、絶対的に生じる誤記、欠落などを厳密に検査し、本の内容の正確さを本屋に保証させる仕組みなどは想像だにしませんでした!

今の時代でも間違いだらけの本があれだけ出ているのに・・・・学術書でもね。
高校時代の世界史の教科書にも間違いがあり、それを指摘して出版社から丁寧な手書き5枚の礼状をもらった私がいうんだから確かです(笑)。図書券ぐらいくれよ!

と、それはおいといて。

トマス・アクィナス。
確かに昔の人の本って、何故か意外に多いのは疑問に思っていましたが、今時以上に進んでいたんですね。現代だったら、注目を浴びる人物が語るのをICレコーダーに録って、それを別な人が文書に打ち直し、編集やゴーストライターみたいな人が手を入れて出版して本にする訳ですが、それとほとんど同じ事してたなんてね。

トマス・アクィナスが延々と語るのを複数人の弟子やら、それ系の人達が控えて、語る言葉を片っ端から口述筆記していたそうです。じゃなきゃ、毎月1、2冊の本を継続して出版なんて出来るわきゃないわけです。

また、それだけの出版点数を出せたのも写本故、需要が少しでもあれば、成立したというんですから、納得しちゃいます。

もっとも需要が少なければ、作成される写本の数も少なく、数が少なければそれだけ後世にも残り難くなるってのも合理的な説明ですね。

逆に古典とされる定番物ほど、多数の写本が延々と作られ続けられるので、かえって時代を経ても残るというのもいやあ~真実です。


その他、オックスフォード大学が今でこそ、国際的ですが当時はローカルな自国民向けの小さな大学でしかなく、大学は学位授与機関でしかなく、宿舎そのものが全人格的な教育をする場となっていった経緯などいやあ~今の姿につながる背景が分かり、これまでとは違った目で見ることができそうです。

それと外国の大学と日本の大学の比較で、外国は教養を学ぶ場であるのに対して、日本は専門的な技術を学ぶ場であり、職人がするような工学・技術系の知識を大学で教えるというのは、そもそも有り得なかったという指摘なども、なるほどもっともで首肯させられました。

だからこそ、日本の戦後の成功につながったという評価も著者はされていますが、外国のエリートを養成する大学と日本の大学とは違っていて、職人・技術的な専門家を要請することの問題点(?)、今後のあり方についても語っています。

いやあ~、視点が広がりますね。
他にもたくさんあるのですが・・・・、腹くくって役に立たない本を読む気がある人なら、お薦めですね。私的には気に入ってます。
【目次】
1 ロンドンの本屋街
・ロンドンの本屋街
・遺言が語るヨークの世界
・北の本屋通り
2 チョーサーのイギリス
・渡来か侵略か
・チューサーと文芸出版
・本はコンビニでどうぞ
・コスモポリタニズムからナショナリズムへ
・弾圧
3 着だおれのパリ
・都市書籍業の発展
・フランスの出版政策
4 ルネサンスのイタリア
・国家と書籍業
・ルネサンスのイタリア
5 グーテンベルクがやってきた
・火あぶりのヤン・フス
・人類史における15世紀
・グーテンベルクがやって来た
・印刷術の伝播
・書籍市場
・近世書籍業のシステム
・42行聖書出版のバランスシート
6 大学町の本屋たち
・中世大学
・大学と本屋
・法学のボローニアア大学
・ボローニア大学の本屋
・神学のパリ大学
・パリ大学の本屋
・トマス・アクィナス
・教養学部のオックスフォード
・オックス・フォード大学の本屋
・短かった大学写本出版の時代

おわりに
あとがき
主な参考文献
表一覧
近世ヨーロッパの書籍業―印刷以前・以刷以後(amazonリンク)

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「ヨーロッパの出版文化史」戸叶勝也 朗文堂
「ルネサンスの活字本」E.P.ゴールドシュミット 国文社
「本の歴史」ブリュノ ブラセル 創元社
「西洋の書物工房」貴田庄 芳賀書店
「美しい書物の話」アラン・G. トマス 晶文社
posted by alice-room at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 本】 | 更新情報をチェックする
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