2011年12月16日

「西洋中世学入門」高山博、池上俊一 東京大学出版会

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【書きかけ】



本書は、私のような門外漢にとって最も欠けている部分を補ってくれる本であり、非常に得難いものを示唆してくれていて何よりも勉強になりました。

研究者でもなく、趣味で西洋の中世に関心を持っている人の場合、こういった本は基礎的なことをバランス良く教えてくれ、そもそも基本としてどういったことが研究分野にあり、どういったことがなされているのか、また、どうやって学習していくのか、大変参考にもなります。

勿論、本来の西洋中世学を学ぼうとする人への文字通りの入門書なのですが、こういった全体を見渡すガイドライン的なものが見えるだけでも、その後の足取りが全く違いますからね!

実際、本書の序論だけでも一読の価値はあるかと思います。
これからの研究者として志が高く、明治以来の外国の研究成果をただ国内に広めるだけの時代は終り、日本であっても世界に発信し、世界の研究水準に貢献し得るレベルを確保する必要性をはっきり明言している辺り、当然ではあるのですが、未だにそうなっていないことをあえて、現役の研究者が語るのが素晴らしいです。

基本的な文献資料を読みこなす為の技術訓練が決定的に不足している点の指摘とそれに対する方法の紹介。

偶然に残った資料に、偶然に書かれた内容(書いた人物が真実として書いたか、意図的に虚偽を書いたか。また、真実として書いても、本当にそれが真実であった客観性を担保できるか)等、『文献批判』(テキスト・クリテーク)の必要性とその限界など、歴史に携わる研究者が絶対に意識していなければならない点などについても、実に詳しく書かれており、以前読んだ(途中まで)ウィルヘルム・ヴォーリンガーの「ゴシック美術形式論」とかにもその辺、書かれていたことを思い出しました!

あと伊東俊太郎の「十二世紀ルネサンス」などもこの点は、強く意識して書かれてましたね、確か。一次資料を直接読んでこそ、初めて研究のスタートラインに立てるわけで、ラテン語、ヘブライ語は言うに及ばず、古代ギリシア語とか何ヶ国語学ぶのかと気が遠くなった覚えがあります。(私は英語で読むぐらいしか出来ませんが・・・)そういえば、中世はイスラム文献の翻訳だからアラビア語の原典から当たらねばという記述もどっかで見た覚えがありますが・・・・一流どころは、やっぱり違いますねぇ~。ふむふむ。

後ほど抜き書きメモするとして、本書を読んで、こんなにも研究対象の範囲が広いこと、研究以前に個々の基礎訓練にどれほどの習熟が要求されるか、改めて研究者に頭が下がります。
(本当にやっている人ね、感心してるのは。研究者と言いつつも、みんながみんなそれほど真摯な学究姿勢を持ってるわけではないし、能力以前にやる気もない、能力もない無能な名前だけ研究者もたくさんいるのは、どこの世界も一緒ですから。)

最初の古書体学からして、そんなに文字のタイプが千差万別であり、しかも時代によって一つのタイプがいくつものバリエーションを示したり、媒体毎に異なるだけではなく、同一媒体内でも記述する内容によって変わったり・・・・場所による違い(スクリプトリウム)や個人差もあるうえに、略字とかって・・・。

ごめん、私だったら軽く死にます。
しかし、現代はその辺の書体のサンプルがデータベース化されているので、昔に比べてはるかに研究・比較し易くなっているそうですが・・・それでもね。本書の中でも、膨大な量を実際に読む訓練を相当量こなすことで、慣れによる勘的なものがあることもはっきり書かれています。

職人的な技量が必要な訳です。どこもそういう面はあるね、やっぱり。

同時に翻訳された2次資料、3次資料なんて読んでては研究者として論外ってわけです。各種写本等を比較する事で個々の写本に紛れ込んだ過りを正し、本来あったであろう現存しない正確な原本を再構成しうるのも『文献批判』の役割だったりします。

と、一旦それはそれとして・・・・。

そもそも本書を読もうと思った動機は、「第9章 歴史図像学」をパラパラと目を通した時、エミール・マールやパノフスキー、アンリ・フォションやヴィルヘルム・ヴォーリンガーとか、以前に本を読んだことのある人の名前が出ていたからだったりする。

美術史学の体系的な流れがイマイチ分からないまま、分断された知識で読んでいたので、それらの流れを知りたかったんですよ~。そういうのを理解しているか否かは、個々の本を読む際にも内容理解の深さに影響するからね。

マクロ(巨視的)とミクロ(局所的)の話ではないけど、学問に拘わらず、人の全ての営みにはその両者のバランスと相互の関連性の把握が大切ですから。あとは、それ以外の事物等のアナロジーや枠を超えた理解など。ちょい話がずれますが・・・。

具体的には以下のような記述ですね。抜き書きメモ。
【歴史図像学への道】

美術の発展を社会全体の発展に結び付けようとする努力は両分野の懸案でもあったが、それはこの美術史の黄金時代、形態や表現形式の分析にもとづく様式論に対し、美術作品の主題や表現内容の分析と解明を主眼とする研究方法、すなわちイコノグラフィー(Iconography[図像学])とイコノロジー(Iconology[図像解釈学])が美術史学のもうひとつの支柱として形成されたことによって大きく前進した。

まず、フランスの中世美術史家エミール・マールは純粋に装飾的な作品を、象徴的価値をもたない、として意図的に研究領域から遠ざけ、読み取れる画像・図像をもっぱらの対象として一連の書を出版した。

即ち、「フランス12世紀の宗教美術」(Art religieux du ⅩⅡ siecle en France,1914)、「フランス13世紀の宗教美術」(Art religieux du ⅩⅢ siecle en France,1931)、「フランス中世末期の宗教美術」(Art religieux du la fin du Moyen Age en France,1931)、「トレント公会議以後の宗教美術」(Art religieux apres le concile de Trente,1931)である。

彼はとくに13世紀の宗教美術は、文盲の民衆にとって、教会の教えを目に見えるようにするために制作され、書物に匹敵するとし、中世図像の典拠を神学、宗教書など文献資料に求めて、形象の象徴的意味を解読する図像学の体系を提示した。

文字と図像を同じ俎上にのせて議論することの限界は明らかであるが、このような総合的な企ては、たとえばマルク・ブロックが「図像と集合的想像力」とのタイトルのもとに研究を準備したように、彼ら当時の歴史家を少なからず引き付けたのである。文字資料が必ずしも十全ではなく、宗教教義や信仰形態、政治理念、また後期には生活文化を視覚化した中世美術は、美術史の中でももっとも歴史学との結びつきが強いといえよう。
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この時期すでに、美術史ではきわめて大きな変革が始まっていた。図像を文学、哲学、思想、宗教との関連においてより多角的に解釈しようとするイコノロジーが、アビィ・ヴァールブルクによって基礎づけられ、フリッツ・ザクセルらの追随者によって深化し、やがて同じくユダヤ人研究者としてアメリカへ割ったエルヴィン・パノフスキーの「イコノロジー研究」によって成就されることになる。

それは、イコノグラフィー以前のモティーフの記述による自然的主題の把握、イコノグラフィーによるイメージ、物語、寓意などの伝習的主題の解釈、そしてイコノロジーによって作品の象徴的価値を構成する意味内容を解明する、という3段階を通じて、形態と主題と意味を包括的に解明する方法論である。

ロンドンに設立されたウォーバーグ研究所を発信源とし、イコノロジーの影響は美術史学の歴史を導いたドイツとオーストリアのみならず、イギリス、フランスなど各国に及び、多くの追随者を生んだ。このウォーバーグ学とは宗教、文学はもとより、社会史、社会心理、政治などの諸問題を総合してひとつの作品が担う多様な意味を解読する試みであり、とりもなおさず、1929年に創設されたアナール学派による「新しい歴史学」の企てとの共通点を有していたのである。
美術史学を支える方法論として、
列伝史、様式史、イコノグラフィー、イコノロジーを経て歴史図像学へとつながっていくとのことですが、エミール・マールの本を読んだ時は本当に衝撃的でしたね!

目から鱗という言葉はまさにこの為のものかと思いましたもの。パノフスキーはあっけなく、理解不能で投げちゃってますが・・・・いささか行き過ぎの感もあってねぇ~。素人的には、そこまで言えるのかなあ~っていう気持ちが強くて・・・。一度、読み返さねばと思っているのですけれども。

ほお~アナール派にも共通するものがあるんだ。それは考えたこともなかったです。へえ~。

エミール・マールのおかげで、聖書のみならず、黄金伝説やら各種資料を読むことになるわけですけどね。数日前に国会図書館で読んだシュジェールの本もその影響と言えば、影響ですし。

でも、「歴史の鏡」だっけ? 
あれまだ未読なんだよね。日本語で翻訳あったっけ? あれは読んでおかないといけないんだけれど・・・英語なら、読む気力ありますが・・・フランス語しかなければ、いつになることやら・・・・???

ちょっと前後しますが、美術史の方。
オーストリアの美術史家アーロイス・リーグルは各時代、各民族の美術実には外的要因によらない独自の様式と視覚形式があるとし、その内的発展の原動力として「芸術意思」という概念を創り出した。

またリーグルの影響を鋭く受けたドイツの美学者ヴィルヘルム・ヴォーリンガーは「抽象と感情移入」を発表した。ついで美術の展開を思想史や文化史と関連付けた「精神史としての美術史」を著したマックス・ドゥヴォルジャークは中世キリスト教の世界観の変遷に焦点を当て、ゴシック美術の自然主義に関して洞察を加えた論考などを発表している。

一方、美術文献学の基礎を固めたユールウス・フォン・シュロッサーを生むと共に、彼らウィーン学派は、中世美術史家オットー・ペヒトに至るまで、様式の発展を踏まえ、作品の内在的な形成原理を見極めて構築する揺るぎない美術史の方法論を確立していくのである。

一方、様式論もこの時代大きな展開を迎えた。ブルクハルトの弟子であるスイスの美術史家ハインリヒ・ヴエルフリンは「美術史の基礎概念」において「純粋可視性」の理論に立ち、作品の主題や内容ではなく様式と形式的側面のもに研究対象を限定して、比較様式史を打ち立てた。

フランスでは古代から近代に至る「美術史」を著したエリー・フォールおよび芸術作品を自律的な形態として捉え、純粋な装飾にも様式発展の法則が内在することを示した「形態の生命」を著したアンリ・フォションらが様式論的見地から美術史の新たな段階を開いた。
このフォションの様式論もね。

まあ、分かるんですけど・・・・ゴシック建築の『枠の法則』なんかも、まさにコレだと思うし。でも、別に感動しなかったなあ~。それらを踏まえた(取り込んだ)成果物としての他の解説本を既に読んでいたからなのかもしれません。

ただ、こうした流れも大切なのでメモメモ。



【目次】
序論 西洋中世学の世界

第1部 西洋中世研究に必要な技術と知識
第1章 古書体学・古書冊学
第2章 文書形式学
第3章 刻銘学
第4章 暦学
第5章 度量衡学
第6章 古銭学
第7章 印章学・紋章学
第8章 固有名詞学
第9章 歴史図像学
第10章 中世考古学

第2部 西洋中世社会を読み解くための史料
第11章 統治・行政文書
第12章 法典・法集成
第13章 叙述史料
第14章 私文書
第15章 教会文書

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posted by alice-room at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 歴史B】 | 更新情報をチェックする
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