2011年12月19日

「不死の怪物」ジェシー・ダグラス ケルーシュ 文藝春秋

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最初は、クトゥルー神話系のホラーかと思い、あまり期待していませんでした。
翻訳も最初、読み易いものの、時代を考えるともうちょい古い文体(スタイル)でも良いかと思われ、いささか抵抗感がありました。

書かれた時代がそうですが、本書で出てくる事物も英国のスピリチュアル系華やかなりし頃だし、降霊会とか、第5感やダウンジングとか擬似科学が大手を振るっていた頃のものですもの。


【※以下、ネタばれ有り。未読者注意】








結論自体は、小説のかなり早い段階で気付きます。
ミステリー小説ではないので、謎解きそのものの過程をロジカルに楽しむものではなく、『謎』そのものの薀蓄を楽しむ系統の作品です。

実は私、今回読んでいてこの手の読者としては失敗をやらかしてしまいまして・・・・。
予想以上に面白そうだったので、読んでる途中で著者の経歴を知りたくなり、荒俣さんの後書きの一部を見ちゃったんです・・・。いきなりそこで、結末書かれてねぇ~(涙)。

薄々思っていた通りではありましたが、興味半減してしまわないか? このまま読了出来るか一瞬、不安になったものの、結論そのものよりもその『謎』自体の魅力で思わず一気読みするぐらい、面白かったです。

おかげで途中で辞められず、読了するまで昨日は夜中の1時半まで読む羽目に。
それぐらい、久々に面白かったです。

いかにも英国らしい英国の怪談なのですが・・・・英国の歴史自体に密接に絡みつき、背景的な歴史を知っていれば知っているほど、ゾクゾクする密やかな喜びのある物語です。基本のプロットが実にしっかりしています。大きな歴史的な流れの中に存在する、現在の自分。人というものの描き方も巧いです。感心&感心♪

いかにも地元に根付いた領主一族の末裔で、先祖伝来のさらに先にまで遡る話は、もう溜まりませんね!個人的には、チュニジアに最初に訪れた女王の話を思い出しました。土地を買ったあの話です。

あと隔世遺伝を突き抜けるような、先祖以来の脳髄に(=細胞の一つ一つに)刻まれた奥底の記憶、この概念は、まさに「ドクラマグラ」のアレですね。当時、世界中でいかにこの手の犯罪心理学が脚光を浴びていたのか、改めて思い知らされますね。ホント!

勿論、「ドグラマグラ」好きの私には、その意味で楽しかったです。但し、「ドグラマグラ」の方がはるかに上ですけどね。これは日本人の贔屓目・欲目を抜きにしても、私個人の感覚では真実です。

最後に、しっかりとハッピーエンドになるのは、いささか意外なくらいでしたが、解決の仕方も、本書はそれだけでも非凡であると確信できるくらい斬新です。ラディカルな発想ですが、説得力もあるしねぇ~。う~む。

そうそう、俗物・好奇心の塊で、無知厚顔を典型と浮かび上がるマスコミ像も、そういえば「ドグラマグラ」ともオーバーラップしますね。やはり、世界的な同時代性を感じざるを得ません。実際、当たらずとも遠からずみたい。

「心霊探偵」というのが、正直、かなり違和感というか拒否感あるんだけど、そういうのを乗り越えるぐらい魅力的で、且つ、これは歴史物に近い類いの楽しさです。知的好奇心を強烈に刺激します!!

原作はおそらく最高ですね、きっと!
本書は原作を改めて読みたいと思った一冊です。

逆に言うと、翻訳はお世辞にもうまくはないです。
現代風で一定の読み易さはあるのですが、冒頭でいった時代的な味わいが台無しになってます。また、口語的な表現が目につく中で、頭をかしげるほど違和感のある言葉遣いもたまにされていて、そこが更に文体のリズムを壊し、スタイルとしては、駄目駄目になってます。

例えば、いきなり「脳回」という単語を使うのはいかがなものでしょう?説明無しに唐突に出てくるしっくりこなさは凄いです。

他にも文章中の「摩損」ってなんかねぇ~? 
意味はすぐ分かりますが、磨耗して磨り減ってでいいと思うのですが・・・。現代的な他の訳との齟齬感が半端無くて、読んでいてイライラしてしまいました。

訳者は他にも何冊も訳出しているプロの割りに、言語感覚のセンスを疑ってしまいます。私だったら。

結論としては、作品は素晴らしいが訳出が駄目かと。ご存命なら、平井呈一氏の訳で読んでみかった。

しかたないので、今度、原書を買って読んでみようかと思います。
英語の本、ただでさえ未読で溜まっているのに・・・・(涙)。

英語できるなら、この翻訳はお薦めしません。原書を強く押しますが、英語苦手なだったら、本書で我慢するのも妥協点とはしてはあるかも? 逆にそれだけ原著の内容が魅力的で面白いです。

まさに極上の怪談でした。
怪談としては、絶対に当たりです!

【追記】
なんか粗筋がないですね。少しだけ書いておきます。

英国のとある領地を治める、とっても古くから続く家柄の御領主様。一族で残るのはまだ20代の若い兄と妹の二人きりでした。

しかもその領主家の主には代々呪われた運命があり、一定の条件が揃った時、不思議な怪物と遭遇し、殺されてしまうか、生き残っても自殺するか、結局、命を落とすと決まっておりました。

また歴代の当主の中には、錬金術にはまって自らの妻や子供を失う者もあり、噂では吸血鬼の一族とも呼ばれたそうです。

また、屋敷には秘密の部屋があり、そこには・・・・。

とまあ、これ以上ないくらいのお膳立ての下、若き領主の兄は怪物に遭遇します。
一緒にいた若い女性は殺され、愛犬も惨殺されます。かろうじて命を保った兄も、殺されるか自殺に追い込まれるかの瀬戸際に追いやられます。

最愛の兄を守る為、美しい妹は当時、評判だった美貌の女性、心霊探偵に調査を依頼します。そして、壮大な歴史に隠された謎に満ちた古からの秘密が解き明かされるのでした・・・・。

ざっとこんな感じです。

ジョン・サイレンスの心霊探偵よりもこちらの方が、ずっと知的好奇心を刺激し、大いに納得&唸らせるストーリーでホラーの枠に留まらない一流の謎解き小説になっています。これは必読!!

不死の怪物 (文春文庫)(amazonリンク)

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posted by alice-room at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 海外小説B】 | 更新情報をチェックする
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