2006年09月28日

パリ子午線の謎、消えた記念メダル 映画に登場、盗難も

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パリ子午線の謎、消えた記念メダル 映画に登場、盗難も
【asahi.comより以下転載】
パリを南北に貫く子午線上の地面に、仏天文学者フランソワ・アラゴ(1786~1853)を顕彰して「ARAGO」と刻まれたメダル135枚が12年前、埋め込まれた。ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」にも小道具として登場するこのメダルを、子午線上をたどって探してみた。相当数が盗難や道路工事で失われ、約半数しか確認できなかった。

 メダルはオランダの芸術家、ヤン・ディベッツ氏の作品。パリ子午線の測量に尽くしたアラゴの名と、南北の方位を示すNとSの文字を刻んでいる。

 94年秋、パリ天文台から南北に延びる子午線上の公有地を中心に、約10キロにわたって埋め込まれた。直径12センチ。つい通り過ぎてしまう埋没感は当時、立像や肖像画に代わる「静かな顕彰法」と話題を呼んだ。

 インターネットで位置が紹介されている約120枚のうち、記者が確認できたのは63枚。一部を見落とした可能性はあるが、4割はなくなっている印象だ。

 歩道に丸い盗難跡だけが残る場所は約10カ所。埋め込んだあたりが再舗装されていたケースも目立つ。市内モンマルトルの丘周辺の住宅街はほぼ全滅。ダ・ヴィンチ・コードに出てくる17世紀の宮殿パレロワイヤルでは、9月初めに7枚そろっていたのが、3週間後には1枚消えていた。

 そのパレロワイヤルにある仏文化省の担当者は「メダルはあの小説と映画で世界に知れ渡った。不届き者が横行するのは公共の場にある美術品の宿命」と嘆く。

 10年前にメダルの案内本を出したオランダ人作家、フィリップ・フレリクスさんは「3分の1は失われただろう。盗難より、工事で歩道を掘り返す時になくなったのが多い」という。

 〈パリ子午線とアラゴ〉 フランスは20世紀初めまで、国立天文台(パリ14区)を通る子午線を、経度の基準となる本初子午線(経度0度)としていた。天文台長となった科学者アラゴは、若い頃から子午線の再測量に取り組んだ。1884年、本初子午線を決める国際投票で英国(旧グリニッジ天文台)に大敗した仏は、約30年後にこれを受け入れ、パリ子午線は単に東経約2度20分を示すだけとなった。
確かに子午線の話はあったけど、こんなメダルまであったっけ? ダ・ヴィンチ・コードの中に。いやあ~だいぶ前のことなんで、正直全然覚えていなかったりする(苦笑)。いちいちこんなの盗まなくてもいいだろうに・・・。

ブームになると、すぐに盗難だとかあまりに風情がない話ばかりでは興醒めでしょうに。

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posted by alice-room at 23:23| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ダ・ヴィンチ・コードC】 | 更新情報をチェックする
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