2005年02月03日

「聖母マリア」 竹下節子著 講談社選書メチエ 覚書

「聖母マリア」講談社選書メチエ の感想ブログはこちら
著者 竹下節子氏の写真&コメント

サバ(SABA、SHEBA)の女王=シバの女王
ソロモンはサバの女王に一目ぼれし、女王はソロモンを牽制する為に足にびっしり毛が生えていると信じさせた。ソロモンはそれを確かめるために床にクリスタルを張った広間に通した。クリスタルを知らない女王が水が溜っていると誤解し、服の裾をあげたので美しい足が見えてしまう。ソロモンは女王を手に入れる為に、夜の間に宮殿のものに手を触れることを禁じ、それを破れば自分のものになることを約束させる。そのうえで晩餐の料理に香辛料をたっぷり入れる。その為、夜中にノドが渇いた女王はそっと起きて水差しに手を触れた。それを見張っていたソロモンに見つかり、一夜を共にした。女王は国に戻り、男子メネリグを産む。彼は青年になった時にエルサレムに行って父に面会したという。この王が開いたエチオピアのサロニモド王朝は1974年に社会主義革命で滅びるまで3000年間続いたと言われている。

サバの女王(「黄金伝説」では)
シバの女王がソロモンの宮殿にやってきた時に木の橋を渡り、この木に一人の男が架けられて死に、ユダヤの王国を滅ぼすだろうと言ったという逸話がある。ソロモンは驚いて端を取り外して埋めてしまった。実はその木はエデンの園にあった智慧の樹であり、アダムの墓の上にあったものだった。それをソロモンが宮殿造営に使い、後にイエスの十字架の樹に使われたという。その木は、キリスト教を公認した最初のローマ皇帝コンスタンティヌス帝の母ヘレナによって発見されてさまざまな奇跡を起こしたとされている。それが十字軍によってヨーロッパにもたらされてもっとも貴重な聖遺物となった。

薔薇娘
フランスを中心にヨーロッパのおくの地方共同体で毎年、徳の高い貧しい娘を選んで薔薇の冠を授け、結婚資金(持参金)を送った習慣を指す。薔薇はマリアの栄光のシンボル。後のミスコン等につながる系譜とも言われる。

聖遺物信仰
主にキリスト教初期の殉教者の遺骨や墓に対する、フェティッシュな信仰。殉教者の死に方が凄まじかったせいでその聖性の大きさも期待され、骨や体の一部はもちろん流した血にひたした布や墓石を削ったものまでもが魔除けは難病治癒の呪具のように広まった。

シャルルマーニュ(カール大帝)はスペインからの帰途、ソワソンのノートルダム修道院に聖母マリアのはいていた上履きを寄付した。修道院長はシュルルマーニュの妹ジゼルである。多くの巡礼者がそれに触れにやってきて奇跡的な治癒が次々に起こったと信じられた。

シャルルマーニュがもたらしたマリアの聖遺物は「マリアの肌着」と呼ばれ、マリアが天使から受胎告知を受けた時に被っていたヴェールだとされる。四世紀のコンスタンティヌス帝が所有していたとされ、その後シャルルマーニュの宮廷のあったアーヘンに保存されていたが876年シャルルマーニュの孫シャルル禿王によってシャルトルのノートルダム大聖堂に寄贈された。


posted by alice-room at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 宗教A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。