建築の本質は空間にある。形態はそれ自体が建築造形の目的ではなく、空間構成の手段である。(P44)
最初のゴシック建築を生み出したサン・ドニ修道院のシュジェが<光の壁>(=ステンドグラス)を実現させた思想的背景にあったもの←「ディオニュシオス偽書」の光の形而上学(P36)そもそもこの偽書がサン・ドニ修道院の書庫にあり、幼くして修道院に預けられていたシュジェは当然、その本を読んで成長したらしい。「三つ子の魂百まで」ではないが、小さい時に刷り込まれた記憶は、一生ついて回るものらしい。
教会堂は新約聖書の黙示録などに記された天のエルサレムを模造した芸術であるという。モデルは同一でも、そのモデルのいかなる特性を再現するかによって建築様式は変化したという。中世の写本で何度かエルサレムが出てくる写真を見たことがあるが、この事を意味していたのだと今更ながらに理解しました。ほお~、こういうことだったんですね。ちなみに初期キリスト教建築とは、バシリカ式のやつです。
初期キリスト教建築はローマの都市の内部空間化によって天の都の<都市性>を再現したが、ゴシック建築は天の都の<光性>を再現したのだという。~ハンス・ゼードルマイアより~(P37)
ゴシックの「聖堂は二重の空間的意味を持つことが明らかとなった。聖堂の正面が神の世界そのものの地上的顕現として、それ自身聖なる空間sacred space である聖堂への玄関であるとともに、また聖堂それ自身が神の国なる究極的に聖なる空間holy space に至る門、通路、すなわち地上の世界と天井の世界をつなぐきずなであるということである。『西』という方角に対して特別な意義付けがあるのは、キリスト教でも仏教でも同じらしい。仏教に極楽浄土として『西方浄土』があるが、キリスト教でも西が天の門なんだね。ふむふむ。イスラム教ではどうなんだろう?
しかも地上的顕現としての聖なる空間はそれが天井の究極的に聖なるものultimately holy に参与しているがゆえにそれが究極的に聖なるものの力にあずかることができて、みずから聖sacred(holyといってもよい)となるのであり、そのゆえに、この二重の空間的意味が合一するのである。
換言すれば、聖堂に対する事務的な玄関としての西正面はまた、聖堂全体が天の門であることを象徴するところの天の門であるということである。」~「ゴシックと建築空間」より~(P44)
サン・ドニ修道院長シュジェ(シュジェール)の言葉:
汝が何者であれ、汝が扉の栄光を讃えんと望むならば、その黄金と費用とではなく、この作品の技巧に驚け。高貴なる作品は輝かしい。しかし高貴に輝くことによって、作品は人々の心を照らすのである。
心がもろもろの光の中を通って旅するように、キリストがまことの扉なる<まことの光>に向かって。
それがいかようにこの世に存在するかを、黄金の扉は規定する。愚鈍なる心は、物質的なものを通して真理に昇り、この光を見ることにおいて、これまでの転落状態から救われる。(P90)
パノフスキーによる『偽書』の光の形而上学の要約:実に興味深いです。教会堂を光り輝かせることに熱心なのは、単なる俗物根性で美しくしているだけだとしか思っていなかった私には、結構衝撃が大きかったです。まさに目から鱗です、ホント!
ディオニュシオス偽書によれば、宇宙はプロティノスが一者とよび、聖書が主とよび、そして彼が超本質的な光あるいは不可視の太陽とよぶところのものの永遠なる自己実現によって創造されたものあり、父なる神を<光の父>といい、キリストを父を世界に啓示した<最初の放射>という。
そして知解可能な最高純粋な(叡智の)世界と最低のほとんど物質的ともいうべき世界との間には大きな距離があるが、そこには超えない裂け目はない。位階秩序(ヒエラルキー)はあるが、二分法はない。なぜなら、創造されたものはもっとも低いものでもなんらかの神の本質に参与しているからである。
従って、人間は感覚的な知覚や感覚によって制御される想像力に頼ることを恥じる必要はない。物理的な世界に背を向けるのではなく、それを吸収するによってそれを超えることを望みうるのである。
「人の心は物質的なものの手引きによってのみ、物質的でないところのものに上昇しうる」予言者にとってさえも、神と天使はなんらかの可視的形式においてのみ現れることができたのである。そしてあらゆる可視物は知解できる(叡智の)光、究極的には神性それ自身なる<まことの光>を映し出すところの物質的な光であるがゆえにこそ、このことが可能なのである。眼に見えるものあれ、見えないものであれ、あらゆる被造物は<光の父>によってもららされた一つの光である。こうして物質的宇宙自体は無数の小さな光からなる一つの大きな光になる。人工のものであれ、自然のものであれ、知覚可能な事物は知覚不能なもののシンボルになる、天の踏み石になる。人間の心は地上の美の規範である<調和と放射>に没頭して、神であるこの<調和と放射>なる超越的動因へ向かって導きあげられるのである。 (P44)
勿論、ひたすら富や権力を求め、その結果として豪奢で華美に走っている場合も多々あるのでしょうが、中世の教会においてあれほどまでにゴシック聖堂が建てられた理由の一つとして、これは非常に大きいと思います。だからこそ、民衆のマリア崇拝の熱狂とともに、真摯な姿勢で聖職者もそれに拍車をかけた理由の一旦を初めてしったような気がしました。
本書の中には、スコラ哲学との絡みで説明もありますので、それはおいおいメモしていきます。いやあ~実に興味深いです。ただ単にステンドグラスを観た際の感動もこういうことを知っていると何倍も感慨が増しそうです(笑顔)。
以下、追加メモ
#########################
ゴシック聖堂におけるラビリントそのものの本来の目的ははっきりしないが、一般には<エルサレムへの道>を描いたものであって信者が巡礼者に擬して、あるいはゴルゴタの丘に向かってイエスの受難の道の追体験としてひざまづいて迷路の道をたどったとする見解が広まっている。シャルトルのラビリンス上には椅子があって、写真では良く撮れず、ラビリンスの絵葉書を購入したが、ゴシック聖堂を生み出したMAGIとでも呼べるような建築家の権威を改めて感じさせます。ラビリンスの中央には、建築家の名前が残っているものもあるそうです。
後年にこのように用いられたのは事実であろうが、その起源としてこの見解を支持する資料は見当たらないようである。むしろそれは、伝説的な建築家技術者ダイダロスの作とされているクレタ島のクノッスス宮殿の怪牛ミノタウロスを閉じ込めるべく建設されたといわれている<迷宮>にちなんで命名されたと考えられ、したがって大聖堂を建設した建築工匠たちを讃える記念碑的意義を読み取ることができるものである。(P107)
ゴシックの古典:ハンス・ヤンツェンによる
シャルトル(1194年着工)、ランス(1211年着工)、アミアン(1220年着工) (P123)
ゼードルマイアはステンドグラスという素材を宝石と同価・同意であると解釈した。宝石類は「ヨハネの黙示録」に記述されているように、天上のエルサレムの聖なる建築材料であった。そして中世には、宝石は自らの内から光を発して輝く、と考えられたという。つまり、ゴシック聖堂は<自ら>光る壁によって囲まれた空間である、ということである。(P174)
スコラ学とは中世の学校(スコラ)で講じていた学者たちによって、ついには壮大な体系にまで建て挙げられた哲学的・神学的な学問体系であり、ギリシア哲学にのっとって、信仰と理性の、すなわち権威と理性の調和を求めて神学と哲学の和合を成就しようと試みた思索と論理である。本書では、これを踏まえてスコラ学的視点からゴシック建築を解釈する種々の学説も紹介され、それら学説間の関係も説明されています。諸説入り乱れてなかなか理解が大変なのは事実ですが、本書を読むことで次にどの本を読むべきか大いに参考になります。
しかし、知れば知るほど本当に奥が深いゴシック建築です。直感的な体験と論理的思索の両方を存分に楽しめるのがなんといっても魅力ですね!