2012年09月23日

「修道女フィデルマの叡智」ピーター・トレメイン 東京創元社

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中世アイルランドを舞台にして、女性の法廷弁護士が主人公となって、数々の事件を解決する推理物です。

長編も翻訳があるのですが、本作は短編集になっています。まずは短編で作品の良し悪しを判断してから、長編物を読もうか否かと思い、本書を試金石にしてみました。

舞台が当時、キリスト教世界において一番学問の進んでいたアイルランドであり、しかも女性の修道女が名探偵役だったので、どんな内容だろうと興味津々で読み始めました。以前読んだ、中世イングランドを舞台にし、修道士が探偵役を務めるカドフェル・シリーズの類似を期待しつつ・・・。

推理物としては、正統派ですね。
いかにも英国ミステリーってな感じです。

論理的に謎解きをしていくストーリーは好感が持てますが、個人的にはどうしても主人公の女性に対して、共感を覚えられません! 

悪い意味で現代的な知性の持ち主であり、それを全面に出しつつ、個人主義的な主張全開で正論を述べる姿には現代感覚には一致するものの、当時の状況でその思考・行動様式はかなり異質であり、社会的に物事を進めていくに足るだけの政治的な配慮に欠ける愚者にも見えてしまいます。私の感性からするとね。

現代の読者には共感を得られ易いかもしれませんが、わざわざ中世ケルトを舞台にして、この登場人物の言動にはとっても不自然さを覚えてしまうのでよ。

キリスト教の教義に関する解釈にしても、懐かしいコロンバンとかあの辺の話にしっかり触れていて、かの地の独自性をもっていた時代的・歴史的な背景は私も知っておりますが、それでも公的な立場を有するものが、しかも女性が行う発言としては、あまりにも幼過ぎて、推理の見事さとの対比で失笑してしまうのですが・・・。

人間心理を含めて、論理的な推論をしていく人物が何故か自分の言動についてだけ、不用意で周囲に敵意を抱かせないような物言いをしているのが強い違和感となって、私には本作品に対して、好意的な感想を抱けませんでした。

どうせ中世ケルトの地、アイルランドを舞台にしているのですから、むしろドルイド絡みのものとかも組み込んで世界中からキリスト教の修道士が集まっていた部分をもっと増やしてくれてもいいのですが、一部、その辺の描写はあるものの、全然物足りません。

また、その一部についても当時の状況を知っていれば、すんなり理解できますが、特別な解説無しで話進めてますが、現代の読者がそれを理解できているのでしょうか? 現地でさえ、どうかなあ~と思いますが、翻訳されている本書で、さらに日本の読者がどれだけ理解しているのでしょうか?根本的な疑問を感じます。

その辺、知らなくても謎解きには特に支障ありませんが、だったら、わざわざ本書(本作品)を読む必然性は無いような???

まあ、複雑な事情を抱えるアイルランドですから、自らの故郷への想いとイギリスへの屈折した想いがあわさって、いささか体制内にいつつ、自主独立的な主張を是とする気持ちも分からないのではないのですが、主人公のキャラがこれ見よがしで、正直イタイんですけど・・・。

切れ者なら、もっとしたたかに腰を低くしつつ、ここぞという時にだけ才能の片鱗を示す方が恰好いいと思うんですけどねぇ~。実際、その方が効率的で高い成果が出るはずなんですが・・・。姑息でいやらしいやり方だから、読者に解決後のカタルシスを与えられなくなっちゃますかね?はてさて。

推理物としては、決して悪くないです。
ただ、歴史物である舞台的な必然性は皆無です。

主人公に共感できるか否かで評価が分かれるそう。
私は現代人向きに読者に媚売っている感じがして、嫌いです。長編も読む気はなくなりました。

修道女フィデルマの叡智 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫)(amazonリンク)

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posted by alice-room at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 海外小説B】 | 更新情報をチェックする
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