2005年04月20日

コンクラーベはダラダラ会議と買収スキャンダルへの反省に起源

コンクラーベはダラダラ会議と買収スキャンダルへの反省に起源、の記事(以下、転載)
 【バチカン市19日】故ヨハネ・パウロ2世の後継ローマ法王を選ぶ選挙会議(コンクラーベ)は枢機卿たちが缶詰になった形で2日目の19日、ようやく新法王ベネディクト16世を選出した。ところでコンクラーベの語源はラテン語の「カギをかけて」(conclave)。新法王選出までに何年もかかったり、買収工作が横行した反省から、枢機卿たちに食べ物を与えず、外部との接触も断って早期かつ公正に選挙を行うため13世紀に缶詰会議が生まれた。(写真はコンクラーベ会議場のシスティナ礼拝堂につながるバチカン美術館の正門)

 1268年11月29日に死去した法王クレメント4世の後継選挙は各種の政治勢力の圧力のおかげで決着しなかった。怒った群衆が選挙会議の建物を包囲、屋根を引き剥がし、枢機卿たちにパンと水しか与えなかった結果、2年9カ月後の1271年9月1日にようやく新法王が決定した。新法王のグレゴリオ10世は1274年、法王選挙のガイドラインを発布した。その内容は、法王の死去後10日以内に選挙会議を開始し、新法王決定までは枢機卿たちをスパルタ的な監禁状態に置くというものだった。

 ただし、コンクラーベが長引いた場合は枢機卿たちの食べ物を減らしていくというグレゴリオ10世のお触れはその後、撤廃された。だが、13世紀のイノケント4世の選出以来、新法王決定に1カ月以上かかったコンクラーベは29回に及ぶ。法王が決まらない空位期間に権力欲と金銭欲に動かされた枢機卿が多かったと英大学の歴史家たちは指摘している。〔AFP=時事〕
このことは以前から知っていたのですが、その理由は小説「薔薇の名前」にその辺の説明がされていたりします。うちのブログでも何度か書いていたけど、記事になっているのは初めてみたので、メモ&メモ。

関連ブログ
法王を選出するコンクラーベ2
薔薇の名前(ウンベルト・エーコ 東京創元社) 抜き書き
薔薇の名前(映画)


posted by alice-room at 14:19| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ニュース記事A】 | 更新情報をチェックする
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