
「ガリア戦記」とかローマ帝国ものを読むたびに、最後の最後まであのローマ帝国を追い詰めたハンニバルという人物への関心を抱かずにはいられませんでした。ただ、日本語でハンニバルについて描かれた本って本当に少ないように思えます。その中では、読むべき本の一冊だと思います。
著者の書かれたカエサル本の時にも思いましたが、歴史上の偉大な人物といっても決してスーパーマンや特殊な人ではなく、様々な欠点や問題を抱え、また彼らを取り巻く環境も想像以上に不利で絶体絶命的な状況を何度も経験しているのに驚きます。但し、彼ら偉人が非凡なのはそれらの負の環境を自らの才幹と並外れた努力と、何よりも不屈の意思で克服しようと挑戦すること、これが素晴らしいです。
ハンニバルの戦争についても常に兵力が不足し、しかも部隊は新参者や異民族の混成軍。周囲の味方はいつ敵に寝返るか分からない一方で、本国でさえ自らを蹴落とそうとする対抗勢力があり、わずかなミスは政敵への恰好の非難材料を提供する形で常に猛烈なプレッシャーを受ける中で『勝利』という成果を出し続けなければならない困難さ。複雑で絶えず流動的に勢力図が入れ替わる国際情勢などなど。
舞台は違っても現代の複雑な国際状況以上に混沌として変幻自在な社会を生き抜いた人物は超一流の政治家であることが分かります。特に本書で描かれた戦争に敗れた後も隠遁せず、亡命しながら国際政治に主体的にコミットしていくその生き様には本当に頭が下がります。
優れた『将』とは、やはり個々の戦闘に勝つことを求める戦術家ではなく、その勝利をいかに政治的な交渉で有利な材料とするかに注意を払う戦略家であることを痛感しました。本書では明確にその視野の広さを指摘しながら、描かれています。
本書は歴史として読んでも面白いですが、くだらないビジネス誌のリーダー論よりも普遍的で本質的な帝王学の一部として読むと更に面白いかもしれません。もっとも本書以上に「ガリア戦記」の方がお薦めですけどね。そちらを読んでから読むといいかも。
本書は基本的な資料を丹念に読み込まれたうえでその資料から想定される人物像を基にして描かれています。ただ、資料自体の真贋とさらにそこから読み取られる人物評価については歴史特有の避けられない曖昧さがあり、著者もあくまでもその存在を意識して書かれています。それを踏まえても本書は資料としても価値があるのではないかと思います。歴史好きなら十分に楽しめると思いますよ~。
巻末にある参考文献、研究史なども有用かと。
【目次】ハンニバル 地中海世界の覇権をかけて(amazonリンク)
1 カルタゴの栄光
2 獅子の子として
3 地中海世界の覇権をめざし
4 戦局の転換
5 敗戦に逆落とし
6 国家再建と再起への道
関連ブログ
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