本書の冒頭部分には、イエスの骨箱の件と共に『イエスの墓』についての記述がされています。あまりにも眉唾ぽかったので私はあえて触れなかったのですが・・・。

本書の冒頭部分でまず引き込まれた。うちのブログでも何度か採り上げたがイエスの弟の骨箱の事件を取り上げている。昨年世界中を騒然とさせ、カナダで公開された後にイスラエル当局により偽造と判断して、その所有者が逮捕されたことまでは私もニュースで知っていたが、それについての評価が未だ定まらず、あれを偽造と看做さない学者がいるのは知りませんでした。
まず著者は、あの事件を偽造と看做さない立場に立っているようです。学界全体で主流として、実際どのように考えられているのか門外漢たる私には分かりませんが、この立場にたっていることは後の本論にも絡み、影響してきます。
実際、当初は学者らしい冷静な姿勢で資料や考えられる当時の社会的状況から、史実に迫るべく仮説を展開していくように見えてこれは信頼できる本かと思いました。
しかし、読み進めていくうちになんともご都合主義で自分の仮説(=主張)には確信があるといいつつ、その根拠に客観性がないように思われてなりません。最終的な私の感想だと、本書だけから判断する限り、「イエスのミステリー」の同類の可能性が高いと思いました。
結論が予想外のものであってもその仮説が立脚する根拠に納得がいけばいいのですが、なんともおかしい部分が散見します。しばしば著者は、Q資料ではこのように言っているので・・・という議論が展開される。著者自身も言っているようにQ資料自体は原本が存在しない。その肯定説に立つのは、不思議でもなんでもないが、現存しない以上、どれほど強い推定が働いてもあくまでもその存在自体が仮説である。その仮説を前提にして、それのみに依拠する形で展開される著者の説明には、屋上屋を重ねる危うさがある。
勿論、研究を進めるうえでそういう仮説に基づく仮説も試論としてあっても良いとは思うが、慎重に扱うべき内容であろう。それにもかかわらず、著者は確信があるといってはばからない。学問をする姿勢としては、甚だ疑問を覚える。
また、本書においては新約聖書として採用された正典を中心に議論を進めているが、正典自体に聖書編纂者による修正がたぶんに入っていると著者は主張するのだから、むしろ積極的に外典と比較をすることでその修正を施す前の姿を浮かび上がらせる作業をしていいように感じる。勿論、ところどころでは正典以外で記述を出して比較したりもしているのだが、正典中心の比較がメインであり、外典との比較は恣意的に(自らの論旨に都合がいい範囲?)行われているように思われる。
本書の特徴として、基本的に論拠を出して仮説を展開しており、その意味では説得力がある。特に本書の文脈で読んでいくと非常に論理的に感じられてこれこそ隠された真実か、と安易に勘違いしそうになるが、冷静になってみると他にもおかしいところが多い。
どんな優れた仮説であっても、通常はそれに対する反論やそれ以外の仮説が並立しているものだが、それらは本書ではほとんど紹介されない。しかも著者の示す論拠は、部分的なものだったり、ひどい場合は文献も示されない場合が多く、本書自体にも文献一覧がない。体裁からして、学問的な本ではないにしてもこの本に信用を置く拠り所がない。
また、著者の仮説がイスラム教におけるキリスト教の取り扱いと大きく異なるところがなく、それが別な意味で整合性がとれた(=真実である可能性が高い)仮説であるとするが、それは根本的に間違っている。イスラム教では十字架にかかってイエスが死んでいないとされるが、著者は数ある仮説の中でイエスが十字架にかかって死んだという説を採用しているので、それだけでも本書には明確な間違いがある。
まあ、個別に挙げるとキリがないが、根本的な意味で本書は単なる仮説でしかない。また、本書の内容でみる限り、確かにダ・ヴィンチ・コードとは違う。(もっともダ・ヴィンチ・コードは小説であり、小説が史実に基づいているかという問い自体がナンセンスである)が、かといって学問的な本でもないだろう。但し、それを踏まえて読む限りでは、結構面白い本だと思う。書かれている内容の途中までは、きちんとした学問的成果を踏まえて書かれている事実だと思うし、実際にその道の専門家だと納得させられるところも多い。
著者が述べるイエス磔刑後の初期キリスト教会の主導権争い等、他の本でもしばしば読んでいるし、とりたてて特殊な訳でもないが、文献資料がなく推測以上のことができない部分にまで、確信をもって自己の仮定(どころか想像でしかない)を主張するのは、明らかに行き過ぎでしょう。結論自体の飛躍以前に論理の飛躍があるので、そこだけは注意しましょう!!
間違っても著者の主張をうのみにさえしなければ、実に興味深く、初めて聞くような内容も多々あり、勉強になります。幾つかの類書と共に読むべきでしょう。イエス亡き後については、実にたくさんの本で似たような説が出されています。ヨハネ教会とかね。ある程度分かったうえで読むば、本書の長所と短所に気付き、いい意味でキリスト教理解が深まるような気がします。
amazonの書評を見ていたら、私にとっては意外なものが多く、奇異に感じたので長々とした文章になってしまいました。
さて、もっとも大切な本書の内容ですが、イエスの12使徒のうち、複数名がイエスの血を分けた兄弟であり、イエスの死後、初期教会はイエスの血族たる弟のヤコブによって率いられたとする。イエス及びその血族に率いられた教会は、ユダヤ人としての伝統に立脚する存在であり、それを否定するものではなかった。一方でイエスから直接教えを受けたわけではないパウロが全く新しい原理に基づくキリスト教を実質、創始し、それがやがて主流となり、聖書もその主流を肯定せんがために恣意的な編集がなされたうえで存在しているとする。
またヨハネとイエスの相互補完的な役割とユダヤの祭司としての意義については、特に本書以外の本でも盛んに見られるとだけ、述べておく。
私のような一般読者にはそれ以上のことは分からないが、専門家だったらどんなふうに本書を見るのか知りたいと思う本だった。
【目次】イエスの王朝 一族の秘められた歴史(amazonリンク)
はじめに イエスの王朝の発見
序説 ふたつの墓の物語
第1部 まず家族があった
1処女懐胎
2ダビデの子?
3名前が語られていないイエスの父親
4異父きょうだい
第2部 ガリラヤでユダヤ人として成長する
5失われた歳月
6この世の王国
7ユダヤ人イエスの信仰
第3部 大復興運動と迫りくる嵐
8声を聞く
9失われた重要な年
10王国の到来を告げる
11ヘロデ、ヨハネを撃つ
12エルサレムでの最後の日々
13王の死
14イエスは二度埋葬された
第4部 「人の子」が現れるとき
15義人ヤコブのもとに集まりなさい
16パウロの挑戦
17イエスの王朝の遺産
18時代の終わり
結び 失われた宝を取り戻す
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「聖典クルアーンの思想」 講談社現代新書
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