
まず、タイトルについて。邦題では「グノーシスの薔薇」となっていますが、原題は memories of a gnostic dwarf(=グノーシス主義者の小人の記憶)であり、原題は内容に忠実なのに邦題は本書の内容とは全然異なっています。決して”ゴシック歴史ロマン”・・・なんてことはありません(爆笑)。誇大宣伝もいいとかでしょう。
まあ、邦題の方が絶対に売れそうですけどね。だって、とっても面白そうですよね。タイトルに騙されてしまうかもしれません。実際、私も騙されたクチですし(笑)。
グノーシスやらルネサンスやら、教皇に小人、ラファエロといったキーワードにそそのかされ、素晴らしい美術的な世界を想像してしまうと読者はこの本を破いて捨てたくなるかもしれません。おおよそ美術、とりわけルネサンス的な『美』とは縁もゆかりもない、むしろ汚辱と猥褻にまみれた悪書かと思います。美とかそういうものを期待する方は決して読んではいけない本でしょう!
但し、歴史というものをよ~くご存知の方で現代特有の神経症的な軟弱さなどなく、独自の価値観や強烈な自己をお持ちの方(世間からは、『変わり者』などと言われるタイプ?)、更に一部の嗜好をお持ちの方なら大いに本書を楽しむことができるでしょう。世間様から、後ろ指を指されるかもしれませんけどね。
率直に言って、私は大いに気に入りました(←私は変わり者ですので、一般論ではありません)。「ラビリンス」や「コーデックス」よりも、読み物として私には面白かったです。例えていうならば、雑誌に出ている流行の店に行くのではなくて、食べたことの無いようなゲテモノ食いをするような本質的な意味での『グルメ』のような方、そういう人向きです。
とにかく下品で下劣で、人間のおぞましいけど確かにある真実の一面をさらけ出したような描写が頻繁に出てきますし、畸形をあざ笑い、見世物にする心情や異端で火あぶりにされる見せしめを恍惚として楽しむ心情など、狂気の沙汰かもしれません。しかし、それは決して当時の歴史的なものから見て荒唐無稽ではなく、むしろ史実に裏打ちされた虚構であるだけに独特の生々しさがあります。
本書では、イタリアの路地裏で最下層の生活をしていた小人がとあるきっかけでグノーシス主義に触れ、無知蒙昧から脱却し、紆余曲折を経てなんと!高貴な法王の側近の1人にまでなります。そしてその小人が自らの人生を振り返って記述した回想録となっています。
本書の登場人物はどいつもこいつも癖があり、決して善人とは言えず、むしろ彼らの行為そのものは『悪』と呼ぶにふさわしいような人物ばかりなのです。それでいて決して純粋な『悪』ではなく、非常に人間らしい美点をもあわせ持った人物なのです。その意味でいうと、本当に人間らしい『人間』とさえ言えるかもしれません。・・・通常人の良識では決して許容できない範囲かもしれませんが・・・
う~ん、偽悪的というのともまた違うのですが、人間という名の虚飾を一切剥ぎ取ったような『姿』が描かれています。人間としてのどうしょうもない悲しみと共に、理解しがたい優しさなど一歩距離を置いて、読み取れるような気がします。でも、表面的にはエロ・グロ・バイオレンス(ナンセンス?)なんですけどね。
また本書で描かれるグノーシス主義は、根本で違ってはいないと思うのですが、私の思っていたものとは違和感がありました。3%から5%ぐらいの差異? それでも十分に面白かったです。異端審問官も出てくるしね。
中世の祭りで有名な、王と乞食の倒置のような世界観があちこちで見られます。その辺りの中世社会のメンタリティが分かっているとより納得がいくかもしれません。うちのブログでもたびたび採り上げている阿部謹也氏の本などにもその辺りのことがよく描かれている。フレイザーの金枝篇にも確かあったと思います。
とにかく98%くらいの人は読まない方がいいと思います。残りの2%くらいかな? 人間としての悲しさと憐憫を覚えつつ、興味深く読めるかもしれません。但し、最後の最後は幸せに終わります。正直、救われた気持ちがしました。
そうそうおまけですが、著者はロンドン生まれでローマに留学していた哲学・神学者とのこと。そもありなん、って思いました。色々な意味ですけどネ。
グノーシスの薔薇(amazonリンク)
関連ブログ
トマスによる福音書~メモ
おお、自分、思いっきり副題としてそのまんま「ゴシック歴史ロマン」とつけてしまいました。笑
所謂「ゴシック」ってもっと美しいものをいうのでしょうか。
エロ、グロ何でもありですが、穢れも極まればまた聖なり、といった感じで、興味深く、面白く読んだ本でした。
*トラバ、こちらからもお返ししました。
「ゴシック」の件ですが、いわゆる「ゴシックロマン」と言われているような重々しくも華美で貴族主義的なイメージとは違うかなあ~って思ったんです、本書の場合。正直な話、どういうジャンルになるか難しいですよね。むしろ写実的で露悪的な小説かもしれません。
でも&でも、私も実に興味深く読みました(笑顔)。結構、ここまでくると逆に著者の非凡さが感じられてしまいますね。この著者の他の本も読んでみたいなあ~って思っています。人によって好悪がはっきりと分かれてしまう小説かもしれませんが、これからも楽しみです♪
宗教と生身の人間、聖と俗、色々な対比ができてエログロな内容ですけど、深読みすればいくらでもできそうな小説ですね。この人の小説はしょせん人間は汚くて欲深いものなんだと思わせます。それがいとおしいと思えるかは個人で違うでしょうが・・・。
個人的に宗教やルネッサンスの頃のヨーロッパのイメージを見事にぶち壊してくれる、まるで作品そのものが巨大なおちょくりのような作風がとても好きです。(笑)私って変人なんでしょうか?(笑)
>この人の小説はしょせん人間は汚くて欲深いも>のなんだと思わせます。それがいとおしいと思>えるかは個人で違うでしょうが・・・。
確かにそういう感じがあるかも?そういうどうしょうもない欠点も含めて一生懸命に生きている『人間』という存在を肯定できるかどうか、そんな感じも受けました。
あっ、でも私も綺麗事だけのうわべよりもディープだけどよりリアルな世界観を楽しみました♪
>私って変人なんでしょうか?(笑)
自分をさておいて、他人様を批評はできませんが、私自身はちょっとだけ(!)変わっていると言われています(爆笑)。これからも宜しくお願いします。
実は私カトリック信者でありますが、やはり勉強の為には昔「異端」とされて退けられた教義も知りたいな、と思ってひそかに本買ったりしております。
そうそう、この頃のカトリックは本当に腐敗していたそうなんですよ(この前亡くなられた浜尾枢機卿も言っておられましたが)そのためキリスト教が分裂し、今にいたる、それをカトリック側は猛省しなければいけない、といつか某国営局でバチカン特集を放送していた時、おっしゃってましたね。
所詮人間は不完全なものである、という立場から描いたこの作品私は嫌いじゃないです。本当に人間って色々です。でも皆不完全である事だけは事実ですからねー。
このブログを読んで、もう一回読み返してみようかなと思いました。
感謝します。そしてこれからも面白い本たくさん紹介して下さいね!
あ、そうそう、Da Vinci Codeは英語で読みました。と言うのも日本語版2冊より、ペーパーバック買ったほうが安かったから、というだけなんですが(爆笑)
(笑顔)。
>そうそう、この頃のカトリックは本当に腐敗していたそうなんですよ(この前亡くなられた浜尾枢機卿も言っておられましたが)そのためキリスト教が分裂し、今にいたる、それをカトリック側は猛省しなければいけない、
大シスマと言われるものですね、確か。私はあくまでも歴史的なものしか知らないですが、その影響はおっしゃるように本当に大きかったようですね。その後の宗教改革にも繋がっていった遠因(原因?)でもあるでしょうし、社会に及ぼした影響は想像以上のものだったんでしょう。大変興味があります。でも、まだまだ勉強不足ですけど。
>このブログを読んで、もう一回読み返してみようかなと思いました。
感謝します。そしてこれからも面白い本たくさん紹介して下さいね!
少しでもお役に立ったのなら、とっても嬉しいです! こちらこそ、偏った意見というか書評が多いかもしれませんが、これからも宜しくお願いします。
そうそう、私の場合、ダ・ヴィンチ・コードは日本語で読んだ後に、改めて英語で読みましたが、実に分かり易かったです。もっともストーリーが次善に頭に入っていたからなんですけど・・・。