
活版印刷技術の発明者として有名なグーテンベルク、彼が生きた時代の歴史的背景、社会的状況を丁寧に説明しながら、いかにしてグーテンベルクが画期的な発明を行ったのかを現存する資料を基にして丹念に推定していきながら、明らかにしていきます。
私はこの本を読むまで全然知らなかったのですが、活版印刷術っていうのは、全く新しい技術を突如として生み出したものではなく、既存の技術を組み合わせてその利用法にコペルニクス的な発想の転換を加えたものだったらしいです。条件的には、世界の他の地域で発明されてもおかしくない所がいくつもあるそうですが、そのアイデアを実際に実行に移し、その過程で生じた数々の技術的・生産的問題をクリアしたのは、他ならぬグーテンベルクその人だったそうです。
単純に印刷しただけでは、左端は揃っていても右端はそのままでは揃わないものですが、それを文字間隔などの調整を行って左右の端を揃えたりするのも彼の発明なんだそうです。
(今でもフォントの名称にある『P』というのもportionという意味ですが、まさにこれに関わることだったりします)
ただ印刷さえしてあれば、売れるものではないんですね。当たり前ですが、値段が安いだけではなく、美しくて内容が正確だからこそ、初めて製品は売れるわけです。
グーテンベルクは腕のいい職人でもあったのですが、同時にベンチャービジネスの創業者でもあったことが本書を読むと分かります。新しい技術を研究し、種々の技術的問題を解決するには、設備費や部下の職人達の人件費、紙代などたくさんの資金が必要です。
彼は、銀行や投資ファンド、エンジェルなどがない時代に資産家から融資をとりつけ、その資金を次々に投資に振り向けていきます。同時に、当時の社会状況でもっとも売れて儲かる贖宥状(=免罪符)なども手掛け、稼いだ儲けも全てを印刷技術の向上に注いでいきます。この辺りの資金の自転車操業的なところもまさにベンチャー企業そのものでしょう。
但し、どこぞの実績もなく、ビジネスモデルだけのIT企業とは異なり、グーテンベルクのビジネスは地に足がついています。グーテンベルクの印刷物としては聖書が非常に有名ですが、それ以前にもしっかりと需要があり、利益が見込めるラテン語の文法書や多言語のビジネス会話集なども手掛けており、実にしっかりしたマーケティングを行っていることも分かります。
新しい技術に対するあくなき挑戦心と共に、強い情熱に裏打ちされたベンチャーの創業者としての姿が印象に残ります。
ただ、人生は平坦ではありません。技術的に成功したのにも関わらず、彼は融資を受けた資金を返済することができず、投資者から裁判を起こされます。それが後に印刷機の差し押さえにつながり、その印刷機を使い、自分が教えた弟子までも引っこ抜かれて競合企業が生まれます。
彼らの存在は、ライバル企業の誕生という金銭的な損失以上に、あろうことか、グーテンベルクは活版印刷の発明家という名誉までも奪おうとし、一時は大いに誤解されていたりもしたそうです。
そういった紆余曲折を経つつ、グーテンベルクの発明した活版印刷技術は、宗教改革の時代を向かえると、カトリックVSプロテスタントの双方の自己宣伝用のパンフとして爆発的に活用され、従来では想像もできなかった急速な社会変革を大いに促進する材料となりました。現在のインターネット以上の情報革命であり、インパクトだったようです。
こういった実に様々なことを知ることができ、私には大変役に立ちました(笑顔)。
などと友人に話していたら、この内容のほとんどって去年の印刷博物館での展示で私、聞いていたらしい。確かに、特別展でグーテンベルクの聖書やラテン語の文法書も見ていたし、説明も読んだんだけど・・・・??? 完全に忘れていた!(赤面)
友人からは呆れられましたが、その辺のことをご存知でない方は、本書を読むといいかもしれません。量があるので、読んでいるとだれるところもありますが、読む価値がある本でした。
どんな技術もそうなんでしょうが、やはり一人の情熱が世界を変えていくことを強く実感しました!!
【補足】
コメントにも書いたのですが、実に面白いのでここにも書いておきます。
ルターが宗教改革のきっかけして書いた「95か条の論題」ですが、あれを書こうと思った原因に教会の堕落と免罪符の乱売が言われていますが、その内容は以下のようだったそうです。
堕落の象徴たる免罪符販売ですが、ほとんど霊感商法の壷売りと同レベルのえげつなさです。ドイツ国内を中心に行商して売り歩いていた免罪符売りのセールストークが実に凄いんです。「イエス様の御母マリア様と同衾してもこれさえ買えば救われる」とか、「終油の秘跡をしないで無くなった人でもこの免罪符を買って、箱の底に代金が届く音が聞こえた瞬間に救われる」、「これから犯す罪もこれさえ買っておけば救われる」なんて酷過ぎです。
これを見ていたルターがローマでの教皇の腐敗をも実見し、憤慨して書いたのがあの「95か条の論題」だったりするそうです。学校でもこういうことまで教えてくれれば、納得して宗教改革を理解できるのだけど、教科書の記述ではくだらなくて記憶に残りません!
歴史をつまらない教え方しかできない先生は、存在自体が『悪』だなあ~とふと思ってしまいました。私の生涯で面白い歴史の授業をしてくれたのは、たった二人しかいなかったですね。逆にその先生方のおかげで今の私はあるわけですけど。毎回授業が終わるごとに職員室や教室で質問をしていた頃が懐かしい。
【目次】ISBN 978-4562040377グーテンベルクの時代―印刷術が変えた世界(amazonリンク)
第1章 色あせた黄金の都市マインツ
第2章 シュトラスブルクでの冒険
第3章 クザーヌスとキリスト教世界の統一
第4章 印刷術発明への歩み
第5章 なぜグーテンベルクだったのか
第6章 聖書への道のり
第7章 金字塔グーテンベルク聖書の完成
第8章 グーテンベルクの名誉回復
第9章 国際的に広がる印刷術
第10章 ルターと宗教改革
関連サイト
印刷博物館
グーテンベルク聖書~慶応大学
関連ブログ
印刷革命がはじまった:印刷博物館企画展
(お値段もなかなか…笑)
個人的には聖書との関わりに関心がありますので、6,7,10章あたりが気になります。
でも、お値段はやっぱりそこそこしてますよね。私はこの本を図書館で借りて読みました。最近は洋書に手を出していて、そちらは買わないわけにいかないので借りて済む本は、ある程度借りて済ましてたりします。それでも部屋には本がドンドン増えていく状態ですけど・・・(苦笑)。
聖書との関わりなどから、おっしゃる辺りの章が面白いと思います。特に10章辺りは既にグーテンベルクではなく、ほとんどルターの話になっていて大変面白かったです!
ルターが宗教改革のきっかけとなった「95か条の論題」ですが、あれを書こうと思った原因が私には実に興味深かったです。
免罪符の販売がいかに堕落していたかという実例として、行商して売り歩いていた免罪符売りのセールストークが凄いんです。「イエス様の御母マリア様と同衾してもこれさえ買えば救われる」とか、「終油の秘跡をしないで無くなった人でもこの免罪符を買って、箱の底に代金が届く音が聞こえた瞬間に救われる」、「これから犯す罪もこれさえ買っておけば救われる」なんて凄過ぎです。
これを目の当たりにしたルターが憤慨して、あの論題を書き上げたそうですから、大変興味深く思いました。
普段は倹約家なんですけれども、大きな本屋や書店街に行くと金銭感覚が麻痺して、つい何冊も購入してしまいます。そして積読…^^;
生活スペース確保には、図書館が強い見方ですね(笑)
>免罪符売りのセールストーク
厳格で有名なアウグスティヌス会の修道院にいたルターには、耐え難いことだったでしょう。
特に一番目なんて凄いですね。
こういった事実は非常に興味深いです。
宗教改革運動中のカトリック批判の風刺画などもそうだと思いますが、教科書には出てこない、俗な部分やダークな部分を知るとますます歴史が面白く感じられます。
>歴史をつまらない教え方しかできない先生は、存在自体が『悪』
まったく同感です…。
私に歴史の本当の面白さを教えてくれたのは、学校の歴史の先生ではなく、←で紹介されている「ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界」でした!
歴史の先生ですが、幸い私は二人の先生に恵まれて幸運でした! 高校と大学に一人づついらっしゃったのですが、大学の場合は、市販の教材などでは満足せず、ご自分で作られた資料(細かい字で情報がびっしり)を毎回印刷し、配布されていました。
それで板書する時間を節約して、その分を全て歴史の詳しい解説に費やされていました。あまりにも濃密な授業と単位だけなら授業に出なくても出すと最初に言われていたので、本当に勉強したい学生だけが出席し、その分、非常にやる気がある授業だったのを思い出しました。実にいい授業でした!!
ハーメルンの笛吹き男:これも本当に楽しい本ですよね♪ 時を経ても霞む事のない名著でと思います。