2007年02月20日

「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社

12seiki.jpg

ルネサンスというと、私などは15世紀以降のイタリアのダ・ヴィンチやラファエロ、ボッティチェリなどの絵画を中心にしたものをイメージするが、本書で採り上げているのはそれに先立つ12世紀のものであり、従来であるならば、『暗黒の中世』に含まれる時代に焦点を当てています。

一般的な「ルネサンス」というと「文芸復興」ということで、ギリシアやローマの古典の復興とキリスト教からの自由な発想による人間中心的な活動全般を指し、同時に「古典時代以来、連綿と続く西欧文化」といったフレーズが浮かぶが本書では、そういった固定概念になっている知識を最新の研究成果を踏まえて、グローバルな比較文化史的な側面から見直そうとしています。

そもそも本書は岩波市民講座で著者が7回シリーズで講義されたものを岩波セミナーブックスにまとめ、それを講談社学術文庫に改めて入れたものになっています。

いわゆる「ルネサンス」は、暗黒の中世からいきなり突発的に登場してきたものではなく、既に一度文化的連続性としては、断絶し、失われた『古典』がルネサンスに遡った12世紀の段階でイスラム世界のアラビア語文献経由やビザンチン経由でラテン語に再翻訳されて既に中世末期に古典の準備が出来ていたことを指摘しています。

スペインのトレドなど、当時の最先端文化地域がイスラム帝国領域とキリスト教圏のまさに交流点であったことは、必然であり、そこでモサラベ(=イスラム世界に残って文化の交流に貢献したキリスト教徒)やムデーハル(=スペインキリスト教圏に残って文化の発展に寄与したイスラム教徒)によって、ほとんど無知蒙昧に戻っていた西欧文化に『古典』の光を再度差し込ませた功績を正面から評価しています。そして、その解説に当たって原典(アラビア語やギリシア語の第1次文献資料)に直接基づいて説明していくので、実に学問的価値の高い内容だと思います。

著者自身が述べられていますが、西欧の研究者がアラブ圏からの文化的流入を無意識的に軽視し、西欧文化の連続性を所与のものとしてしまっている陥穽について、自分は非西欧文化圏に属するが故にそれらから自由で、むしろ積極的な比較文化史的観点から、明らかに西欧文化における断絶性を認識しているという著者独自の主張は、非常に説得力があるように思います。

その辺は、個々の読者の判断に委ねられると思いますが、決して一人よがりにならず、可能な限り客観的に論証していく姿勢は、ある種、感動ものですね! 歴史に感心を持つ人や文芸芸術全般に感心を持つ人にも是非、読んでもらいたい本です。この手の本を読んで久しぶりに感動しました!! (これって、阿部謹也氏の本以来です)

解説に著者の教え子で大学院で講義を受けた方が書かれていますが、著者の講義では、当たり前ではあるのでしょうが、常に第1次資料である原典に直接当たる為、講義を受ける者はラテン語、ギリシア語は勿論のこと、アラビア語、ヒエログリフ、アッカド語に至るまで語学の勉強を準備としてする必要があったそうです。これってすごくないですか? 私も院生の時はテキストの大半は英語で微積分や統計学なども全て英語で勉強しましたが、英語だけなのにそれでも大変だった覚えがあります。

本書の中でもアラビア語やラテン語などが説明上、必要があって出てきます。その部分は勿論、分からなくても内容は分かるのですが、その真摯な学究的姿勢には心から頭が下がる思いがします。

時代的に考えるとだいぶ古いものですが、私には非常に大きい衝撃(同時に感動)でしたので、今年一番のお薦めです!!

目次を見ると内容のおおよそは分かると思いますが、本書では12世紀ルネサンス自体の説明とそれを実際に行った人々、さらにそれを同時代的に推進したシャルトル学派の説明があります。そして、アラビア語文献に西欧の古典知識が蓄えられた状況と、さらにそれを可能にしたシリア・ヘレニズム文化の解説があります。

歴史というものが、前後になんらの繋がりを持たず、孤立して存在するものではなく、きちんとした結びつきの中で人間の連続的な活動の所産としてあることを改めて気付かされます。

勿論、しっかりした本として備えるべき参考書目や人名・書名索引も充実していますので、きっと役立つ一冊だと思います。

以下、個人的にメモ。
シャルトル学派:
 自然を対象にして合理的に追求していく。それ以前の考え方では、自然は神学的に、道徳的シンボルとしてしか解釈されなかった。その為、同時代的には、ややもすると異端的に思われ、非難されることも多かった。

シャルトル学派の思想:
 目に見えるこの世界を合理的に探求することによって、神に至る、いっそう確かな道が開かれる、したがって宇宙論というものは、神学的研究と反対のものではなくて、むしろ神学的な単なる思弁を超えた、正しい合理的根拠のある神への接近の手段なのだという、西欧キリスト教世界でのはじめての考え方。

後世への影響:
 ティエリを中心とするシャルトル学派における新たな自然研究は同時代の保守的神学者の反対や誹謗を受けたが、やがてひとつの伝統をつくり、直接にはヴァンサン・ド・ボーヴェの「自然の鑑」のような書物に受け継がれますが、自然の合理的探求というこの派の根本的な態度は、むしろアルベルトゥス・マグナスやロジャー・ベイコンに継承され、これは15世紀のニコラウス・クサーヌスにまで続いていると言ってよいだろう。
私がここしばらくの間、関心を持ち、関連書を読んできたシャルトル大聖堂であるが、まったくの偶然ながら、本書でもシャルトル大聖堂が取り上げられていた。それはリベラル・アーツ(自由七芸)の彫刻に関しての記述だが、私個人としてはそれ以上にシャルトル学派の大聖堂に与えた影響を考えたい。西欧において最も先進的な学問がなされていたのが、シャルトル大聖堂付属の学校であり、1194年の火災で民衆を中心にした熱狂的な宗教熱から、シャルトル大聖堂の再建を果たすことはよく物の本に書かれているが、それとは別にこのシャルトル学派の存在も絶対に大きな影響を与えていると思う。

エミール・マールの本などでは、ここにも引用した「自然の鑑」などの影響を指摘しているが、大聖堂建築に当り、もっと大きな影響がありそうな気がするのであるが・・・私が今まで調べて本では見かけていない。私個人の関心のある点として、この辺について今後も調べて見たいなあ~と強く思う。
【目次】
第一講 十二世紀ルネサンスとは何か
 1、はじめに
 2、十二世紀研究の動機
 3、十二世紀ルネサンスへの視角

第二講 十二世紀ルネサンスのルートと担い手
 1、十二世紀ルネサンスのルート
 2、先駆者(一)尊者ピエール
 3、先駆者(二)バースのアデラーデ

第三講 シャルトル学派の自然学
 1、自然の合理的探求
 2、シャルトル学派
 3、シャルトルのティエリ

第四講 シリア・ヘレニズムとアラビア・ルネサンス
 1、ヘレニズム文化の東漸
 2、シリア・ヘレニズム
 3、アラビア・ルネサンス

第五講 アラビアから西欧へ
 1、西欧におけるアラビア学術の移入
 2、十二世紀ルネサンスの開花
 3、十三世紀ルネサンス翻訳活動

第六講 シチリアにおける科学ルネサンス
 1、十二世紀シチリア研究の歩み
 2、ユークリッド「与件」の伝承
 3、「与件」の訳者と「原論」の訳者

第七講 ロマティック・ラブの成立
 1、トゥルバドゥールの登場
 2、ロマンスの淵源
 3、イスラム・スペインからヨーロッパへ

参考書目
あとがき(原本)
解説
人名書名索引
十二世紀ルネサンス(amazonリンク)

関連ブログ
NHK世界遺産~中世の輝き 永久の古都 スペイン・トレド~


posted by alice-room at 19:14| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 【書評 歴史A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
またまた(自分では多分見つけることがない類の)
面白そうな本の紹介ありがとうございます。
「知の楽しみ」を味わえそうですね。
最近ロジャー・ベーコンに興味があるので、言及の
箇所もあるのかな。それも楽しみです。
でも、実はもうすぐ日本帰国。これが一番楽しみだったりして・・(笑)
Posted by OZ at 2007年02月21日 06:19
OZさん、こんばんは。機会があれば、是非どうぞ! 『12世紀ルネサンス』という言葉自体は、最近は教科書にも載っているくらいメジャーになっていきているそうですが、本書では更に深く突っ込んで解説してくれていて、とっても面白いです。これ読んでから、旅行すると更に楽しみが増しそうです。世界遺産のメスキータやアルハンブラ宮殿もこの文脈で理解すると、違った見方ができちゃいそうです(笑顔)。

ロジャー・ベーコンですか、名前はよく聞くものの私も不案内なので何か面白そうなことがありましたら、是非教えて下さ~い!

>でも、実はもうすぐ日本帰国。これが一番楽しみだったりして・・(笑)
おおっ、日本に凱旋帰国ですね!(何に勝ったかは置いといて)
日本はだいぶ暖かくなっていますよ~。関東だと梅は満開に近いのではないでしょうか? 日本に来られる頃には、桜が咲き始めていたりして・・・。今日も暖かい日差しでした。
Posted by alice-room at 2007年02月21日 21:52
凱旋帰国ならいいんですけどね~(苦)
毎回帰国しばらく前からチャレンジするダイエット。
今回はかえって太ってしまって大失敗(涙)
どっちかというと都落ちに近いものが・・・・
でも、うつむいた顔でにやりとしたりするんですね。
ほほほ。

ロジャー・ベーコンはこれからもっと勉強していきたい人物です。
ダ・ヴィンチもすごいと思ったけど、彼はそれにさきがけること数百年だから信じられません。
alice-roomさんから、とりあえず手っ取り早く情報を仕入れようと画策してたのですが、先に聞かれてしまってこれも失敗?!(爆)
何かあったらもちろんお知らせしまーす。
Posted by OZ at 2007年02月22日 01:12
>でも、うつむいた顔でにやりとしたりするんですね。
ちょっと、怪しいですね・・・(笑顔)。

ロジャー・ベーコンについて。お役に立たなくてすみません。何かきっかけがないと、なかなか調べたりしないもんで(苦笑)。

面白い情報とかあれば、、こちらこそ宜しくお願いします。
Posted by alice-room at 2007年02月23日 01:56
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。