2005年05月11日

マグダラのマリア 黄金伝説より直訳

(後ほど、もう少しこなれた訳に直すつもりですが、とりあえず参考までに英語版「黄金伝説」よりの直訳です)

マリーあるいはマリアという名前は苦い海、又は蒙(もう)を啓(ひら)く者、蒙をひらかれたとして解釈される。これら三つの意味は次の三つの部分、主に懺悔、瞑想、神の栄光の部分でマリアが最善の選択を為したものを現すとして受け取られいてる。この三部分から成るものは、マリアが最善の部分を選び、それは彼女から取り上げられることはないだろうと主がおっしゃった時、主が意図したものである。最初の部分は聖性の到達したものであり、その行き着く所と目的故に採り上げられることは無いだろう。二番目の部分は現世を生きる間の瞑想は天の瞑想にも続いており、その継続性故に取り上げられることはないだろう。三番目の部分はその永続性故にそのまま残るでしょう。そういうことで、マリアは最善の部分、主に懺悔を選んで以来、彼女の懺悔の中で多くの苦しみを耐えているので彼女は苦い海と呼ばれている。彼女はたくさんの涙を流し、主の足を涙で洗ったという事実から私達はこれを見ている。彼女は瞑想という最善の部分を選んで以来、瞑想の中で光から非常に多くの本質を導き出し、今度は豊富に光を注ぐ者になったので蒙を啓く者と呼ばれている。それは瞑想の中で彼女が後に他の人々の蒙を啓く光を受け取ったということである。彼女は天の栄光という最善の部分を選んだので蒙を啓かれたと言われる。彼女の心の中は、光の完全なる叡智によって今や蒙を啓かれており、肉体も栄光の光によって蒙を啓かれるだろう。

マリアはマグダラと呼ばれ、それは“罪を負っている“を意味すると理解されている。あるいは、防備をしている、征服されない、崇高な、を意味している。これらの意味は彼女が以前、改宗に際して、改宗後、そういった女性であったことを示している。改宗以前、彼女は罪深いままで、永遠なる罰の負債を背負っていた。改宗により彼女は懺悔の鎧で防備し、征服されないようになった。彼女が享受する全ての楽しみに対して、彼女は自らを犠牲にする方法を見つけたので、彼女は考えられる限り最高の方法―懺悔というあらゆる武器で―で自らを守った。改宗後、彼女は神の恩寵に満ち溢れていて気高かった、というのは罪があふれている所では神の恩寵も豊富であったから。

マリアのあだ名“マグダラ”というのは先祖伝来の資産のうちの一つの名前からきている。彼女は王族の子孫で良い生まれだった。父親の名前はシラスで、母親はユーチェリアと呼ばれていた。兄ラザロと姉マルタと共に彼女はマグダラを所有していた。そこはエルサレムから遠くなく、ベザニーに沿っていくとゲネザレスから2マイルの壁で囲まれた街であり、エルサレム自体のかなりの部分を占めてもいた。しかしながら、彼らは自分達の所有物を分割して、マグダラはマリアに(そういうわけでマグダラという名前になった)、ラザロはエルサレムの資産を保持し、ベザニーはマルタの物になった。マグダラは肉の喜びに全てを注ぎ、ラザロは軍事に専心した。一方で賢明なマルタは兄と妹の財産に目を光らせて、武装した者達や使用人、貧者の世話をした。しかしながら、キリスト昇天後、彼らはみな財産を売却し、売上を使徒に寄進した。

そういうわけでマグダラはとても金持ちで、感覚的な喜びが大きな富と共にあった。彼女の美貌と富は有名で、本当の名前が忘れられてしまうほど、肉体を快楽に捧げているのは知らぬものがないほどで、彼女は一般に罪人と呼ばれていた。その一方でキリストはあちこちで伝道していて、彼女は聖なる意思に導かれ、らい病患者であるシモンの家に急いだ。そこでキリストがテーブルにいることが彼女には分かり、罪人であったので正しき人々の間にあえて混ざろうとはしなかったが、後ろに控え、主の足を涙で洗い、髪の毛で乾かして、高価な香油を塗った。太陽の非常な熱の為、あの地域の人々は自ら定期的に入浴し、油を塗った。

パリサイ派であるシモンはこの方が預言者ならば、罪深い女性が触れることを許されないだろうと思ったが、主は彼の傲慢な高潔さを非難し、女性に全ての罪は許されたと言った。これがイエスがそのような大きな恩寵を与えたマグダラであり、彼が多くの愛の印を示した人であった。彼は7つの悪霊を追い出し、彼女が全く火のように彼を愛するようにし、彼女を彼のもっとも身近な友に加えて、彼の旅の身の回りの世話をさせ、いつでも快く側に連れて行った。パリサイ派が彼女は汚れていると言った時、姉が彼女は怠惰だとほのめかした時、ユダが彼女が無駄使いをすると言った時、キリストは彼女を守った。彼女の泣くのを見て、彼は涙を抑えることができなかった。彼女への愛の為に、彼は死んで4日間も経った兄を生き返らせた。彼女への愛の為に、姉マルタが7年間苦しんできた血の病を治した。彼女の役に立つように姉の使用人マルティラを与え、「貴方の持つ子宮は祝福されている」という顕著な言葉を呼び出す特典を与えた。実際、アンブロウズによれば、マルタは血の病を持った女性であり、呼ばれた女性はマルタの使用人だったそうだ。「主の足を涙で洗い、髪の毛で乾かし、香油を塗ったのは他ならぬマリアだったし、恩寵の時に宗教上の懺悔をし、最良の部分を選び、主の足元に座って彼の言葉に耳を傾け、彼の頭に香油を塗り、受難の時に十字架の側に立ち、彼の体に塗る甘美な香料を準備し、弟子達が墓を離れた時に去らずに復活したキリストが最初に現れ、彼女を使徒達への使徒にした。」と私は思う。

ラ・トゥールの描いたマグダラのマリア

主の受難と昇天から14年後、ユダヤ人が聖ステパノを殺害し、他の弟子達をユダヤの土地から排除してだいぶ経った時、弟子達は様々な国へ向かい、そこで主の言葉という種をまいた。その時、弟子達と共にキリストの72人の弟子達の一人である聖マクシミンに、聖ペテロがマグダラのマリアの世話を任せていた。バラバラに散っていく際に、マクシミン、マグダラのマリア、兄ラザロ、姉マルタ、マルタの使用人マルティラ、聖セドニウス生まれつき盲目で主によって治された人、そしてたくさんのキリスト教徒は不信心者達によって船長も舵も無い船に集められ、全員が溺れてもいいように海に出された。しかし、神の意思によって最終的に彼らはマルセイユに上陸した。そこでは、進んで彼らに休めるところを与えてくれる者は見つからなかった。それで、彼らはその地域の人々に属する神殿の柱廊玄関の下に避難した。聖マグダラのマリアが偶像に犠牲を供する為に人々が神殿に集まるのを見ると、穏やかな態度と澄み切った顔、よく選ばれた言葉で彼らを偶像崇拝から呼び戻し、情熱的にキリストを説いた。彼女の話を聞いた人は全て彼女の美しさ、雄弁さ、伝えたことの甘美さを称賛した。救世主の足にそのような敬虔で美しい口付けした口が他の者が語る以上に豊富に、神の言葉という香水を出すのは当然だと思った。

それから、その地域の領主が妻とともに犠牲を捧げにきて、子孫を求めて神に祈った。マグダラは彼にキリストを説き、犠牲を捧げるのを思いとどまらせた。数日後、その妻へヴィジョンの中でマグダラは現れて言った。「何故、あなたはとても豊かなのに神の聖人達が飢えを寒さで死ぬのを許しているのか?」もし、彼女が夫を説得して聖人達の必要なものを救援しないなら、天罰を受けるかもしれないという脅威もマグダラは加えた。しかし、その女性はそのヴィジョンについて配偶者に話すのを恐れた。次の晩、彼女は同じヴィジョンを見て、同じ言葉を聞いたが、また夫に話すのをためらった。三度目は、死んだように静かな晩にマグダラのマリアがそれぞれに現れ、怒りに身体を震わせ、家中が燃えているかのように顔を燃え上がらせて言った。「そうか、あなたは独裁者であなたの父悪魔の手先、私が行ったことをあなたに話すのを拒む毒蛇の妻と寝ていなさい。あなたが神の聖人達を飢えと渇きで滅ぼしているというのに、あなたは休息をとり、あなたはキリストの十字架の敵、あらゆる種類の食べ物いっぱいで飽き飽きした貪欲。あなたは彼らが家も無く、惨めなのを見て絹のシーツに包まれてここに横になり、それを見逃すのか?邪悪な人、あなたは逃れられない! 彼らを助けるのが遅くなることで罰せられないところには行けないだろう。」そしてマグダラがいうことを言った後、姿を消した。

女性は喘ぎつつ、震えながら起きて、困惑しているような夫に話した。「私のご主人様、あなたは私がたったいま見た夢を見ました?」「私は見た」と彼は答えて「私は恐れで驚愕し、震えないではいられない! 私達は何をすればいいだろう?」妻は言った。「彼女が説く天罰にあうよりは、彼女に屈した方がいいでしょう」そうして彼らはキリスト教徒達に住処を提供し、必要なものを与えた。

それから、マグダラのマリアが伝道していたある日、前述の領主が彼女に尋ねた「あなたが説く信仰を守る事ができると思いますか?」「私には実際それを進んで守るだけの準備があります」と彼女は答えた。「私の信仰は日々の奇跡と私の師であり、ローマを統括しているペトロの説くことにより、強められていますから」領主と妻は彼女に言った「御覧下さい、もしあなたがあなたの説く神から私達の息子を得ることができるなら、あなたが私達にいうことは何でもするだけの準備があります」「こういう時に、彼はあなたを失望させる事はないでしょう」とマグダラは言った。そうして聖マリアは彼らに息子を与えるよう主に祈った。主は彼女の祈りを聞き届けて女性は妊娠した。

夫はペトロのところへ行って、マグダラがキリストについて説いていることが真実かどうかをはっきりさせたいと思い始めた。「これは何?」妻にパンと気付かせた。「あなたは私無しに行こうと考えているでしょう。とんでもない!あなたが行くなら私も行く。あなたが戻るなら私も戻る。あなたがここに留まるなら私も留まるわ!」男は答えた。「私の愛しい人よ、そんなふうにはできない!あなたは妊娠しているし、海の危険は膨大だ。あまりに危険過ぎる。あなたは家にいて私達がここにもっているものの世話をしていて下さい」

しかし、彼女は女性達がするように主張した。彼女は彼の足に身を投げ出し、しばらく泣きながら、結局は彼を打ち負かした。それゆえ、マリアは道中、いにしえの敵の妨害からの防御として彼らの肩に十字架の印をつけた。彼らは船に必要なもの全てを蓄え、財産の残りはマグダラのマリアに面倒をみてもらうように残して出帆した。

しかしながら、昼夜が過ぎないうちに風が上がり、海は騒然となった。波が船を打つと、乗船しているのはみんな、特に妊婦は揺られて恐ろしかった。突如、彼女は産気づき、激痛と嵐との戦いで疲弊しきっていた。息子を産むと息を引き取った。新生児は母の胸の安らぎを求めて手探りし、可哀相に叫んだり、すすり泣きした。なんて気の毒なんでしょう!幼子は生まれて生きており、母を殺してしまった。彼は死んだ方がいいかもしれない、彼が生きていく為の栄養を与えてくれる人は誰もいないのだから。妻が亡くなり、子供が母の胸を探すように悲しそうに泣いているのを見て、巡礼者は何ができるだろう?彼の嘆きは限度が無く、一人つぶやいた。「ああ、あなたは何をするのだろう?あなたは息子を切望して母と息子を失った!」

その間に水夫達は叫んでいた「我々が滅びる前にその死体を海に投げ込め、それが一緒にあったんではこの嵐は弱まらないぞ!」彼らはその身体をつかんで海に投げ込もうとしたが、その巡礼者は邪魔をした。「少し待ってくれ!」彼は泣き叫んだ。「たとえあなた達が私やその母親の命を助けようとしなくても、可哀相な人達が小さな子供を泣いているのを哀れに思わないでいられるでしょうか!少し待って下さい!たぶん母親は苦痛で失神しているだけでまた息を吹き返すかもしれない!」

突然、彼らは丘の多い海岸を湾曲からさほど遠くないところに見て、巡礼者は海の怪物の餌に投げられるよりも、死体と幼子をそこの岸に置くほうがはるかによいだろうと思った。彼の嘆願と賄賂でかろうじて乗組員を説得してそこに錨を下ろさせた。それから彼は墓を掘れないほど堅い地面を見つけ、丘のくぼみに外套を広げ、その上に妻の身体を置き、母の胸の間に子供の頭を置いた。それからは彼は泣いて言った「お〜マグダラのマリアよ、あなたはマルセイユに上陸した時に、私に破滅をもたらした!不幸な私よ。あなたの助言で私はこの旅に出た。あなたは私の妻が妊娠するように神に祈らなかったか?妻は妊娠した、そして出産で死に、宿した子供は死ぬしかなく生まれた。子供を養える人がいないのだから。見てみなさい、これがあなたの祈りによって私が得たものだ。私は全てのものをあなたに委ね、私をあなたの神に委ねた。もしもあなたの力が及ぶなら、母親の魂を気にかけ、あなたの祈りで子供に憐れみを与え、命を助けて下さい。」それから彼は身体と子供を外套に包み、戻って乗船した。

巡礼者がローマに着くと、ペテロが会いに来て肩に十字架の印を見て彼が誰でどこから来たのかを尋ねた。彼はペテロに彼に起こった事全てを話した。ペテロは答えて「あなたに平和がありますように! あなたが受けた良い助言を信じたことは良い事をしました。あなたの妻が眠り、子供を彼女と共に残したことを誤解してはいけません。贈り物を誰に与えるか、与えたものを取り去るか、取り去ったものを復活させるか、あなたの悲しみを喜びに変えるかは、主のお決めになられることです。

ペテロは彼をエルサレムに連れて行き、キリストが受難を受けた場所や昇天した場所と同様に、布教した場所や奇跡を為した場所といったあらゆることろを見せた。ペテロは信仰の指導を通して彼に与え、2年が過ぎ去って故郷に戻る事を切望して彼は船に乗った。神の意思により、航海の途上で彼らは妻の体と子供を残した丘の海岸に近づいた。懇願とお金で彼は乗組員達に岸に下ろさせた。マグダラのマリアが安全に守った小さな男の子は子供達がそうするのが好きなように、海岸に下りてきて石や砂利で遊んでいたものだった。巡礼者の小船が岸に近づくと、彼は海岸で子供が遊んでいるのを見た。息子が生きているのを見て唖然として、小船から岸に飛び降りた。男性を見たことがなかったその子は、その光景で怖がって母の胸へ走っていき、見覚えのある外套に隠れた。何が起こったのかを見たいと思った巡礼者は後を追い、顔立ちの良い子供が母の胸でおっぱいを飲んでいるのを見つけた。「お〜、マグダラのマリアよ、なんと幸せなんでしょう。私にとって全てのことが良くなっているのが分かりました。妻が生きていて一緒に家に戻れたら!実際、私には分かります。疑いなく私は知っているし、信じています。私達にこの子供を与え、彼を2年間この岩場で生かしておいて下さった。あなたの祈りで妻も生き返り、健康になった。」

これらの言葉が語られると、女性が息をしてあたかも眠りから覚めたように言った「あなたの美点はどれほど偉大なのでしょう。お〜、聖なるマグダラのマリアよ、あなたは輝かしいのでしょう! 私が出産で苦しんでいると、助産婦の仕事をしてくださり、忠実な召使のように必要な全てのもの用意して待っていてくれる。」これを聞き、巡礼者は言った「愛しい妻よ、生きているのか?」「ええ、勿論です」彼女は答えました。「たったいま、あなた自身が戻ってきた巡礼の旅から戻ってきたところです。聖ペトロがあなたをエルサレムに導き、キリストが受難した場所、亡くなった場所、埋葬された場所や他のたくさんのあらゆる場所を見せたので、聖マグダラのマリアが私のガイドとして連れ立って私はあなたと一緒にいたので、あなたが見た全てのものを覚えています。彼女はキリストが受難したあらゆる場所を詳しく話し、彼女が見た奇跡や全ての事を一つも逃すことなく十分に説明してくれました。

巡礼者は妻と子供を取り戻し、喜びにあふれて船に乗ると、まもなくマルセイユの港に着いた。町に行くと、彼らは聖マグダラのマリアが弟子達とともに布教をしているのを見つけた。彼らは喜びで涙を流し、彼女の足元に身を投げ出して彼らに起こったこと全てを語った。そして聖マクシミンから神聖な洗礼を受けた。その後、彼らはマルセイユの町にあったあらゆる偶像の寺院を破壊してキリストの教会を建設した。彼らは聖ラザロを町の司教として選んだ。後に神の意思により、彼らはエイクスの町に行った。そして多くの奇跡によって人々がそこに導かれ、キリストの信仰を受け入れた。聖マクシミンがエイクスの司教に任命された。

ドルチの描いたマグダラのマリア

今度は聖マグダラのマリアが天への瞑想に専心することを望んで、なにもない荒地に引きこもり、天使の手によって用意された場所で30年間誰にも知られずに生きた。そこには小川の流れもなく、草や木々の快適さもなかった。こうして、贖い主は彼女を地上の食べ物ではなく、天の良い物だけでいっぱいにするのは明らかだった。毎日、第七課(教会法の時間)に彼女は天使によって天に運ばれ、耳には天の主人達の壮麗な聖歌が聞こえた。だから、毎日こうした天の喜びで満たされ、同じ天使達によって元の場所に戻され、物質的な栄養は必要でなかった。

隠遁生活をしたいと思い、マグダラの住居から数マイルのところに住まいを立てた聖職者がいた。ある日、主は聖職者の目を開かせて、天使が既に述べた場所―聖マグダラが住む―に降りていくのかを、天使達が彼女を上空に運び、一時間後に神聖な賞賛とともに彼女を元のところに戻すのかを彼は自らの目で見た。この驚くべきビジョンについて真実を知りたいと思い、創造主に祈りを込めて身を委ねながら、彼は大胆にも献身的に前述の場所へ急いだ。しかし、彼がその場所の近くに来ると、膝がぐらつき始め、ほとんど息ができないくらい怖くなった。彼が離れようとすると、足は反応するのですが、反転したり、目的地に辿り着こうとすると、体から力が抜け、気持ちが空白になって前に進む事ができなかった。

だから、ここには人の体験だけでは近付けない天の秘密があることを神の人は理解した。それ故、彼は救い主の名を唱えて呼ぶと、「主によってあなたにお願いします。洞窟にいるあなたが人か理性ある生き物ならば、私に答えてあなたの事を話して下さい」彼が3度繰り返すと、聖マグダラのマリアは答えた「近寄りなさい、あなたの魂が望むものはなんであれ真実が分かるでしょう」震えながら、彼は邪魔された場所へ半分ほど進んだ「あなたは悪名高い罪人であり、涙で救い主の足を洗い、神で乾かし、あらゆる悪行について許しを得たマリア、について福音書が言っていることを覚えていますか?」「私は覚えております。それから30年以上が経っています。神聖な教会もあなたが彼女についていった事を信じており、告解します。」聖職者は答えた。「私がその女性です」彼女は言った「30年もの間、私は誰にも知られずにここに住んでいました。あなたは昨日見ることを許されたように、毎日私は天使達の手により7度天に運ばれ、天の者達の楽しい歓喜を耳にします。主によってまもなく私はこの世界を離れることが知らされましたので、聖マクシミンの所に行って、彼に来年のキリスト復活の日に、それを知らせるように取り計らって下さい。彼は決まって朝課のために上がって来る時に、彼は教会に一人で行くのでそこで私が天使達によっていて、待っているのに気付くでしょう。」聖職者にとって、その声は天使の声のように聞こえたが、誰も見えなかった。

良き人は聖マクシミンのところへ急ぎ、彼の用件を伝えた。聖人マクシミンは大いに喜び、救い主にあふれんばかりの感謝を捧げた。約束の日、約束の時間に一人で教会に向かい、聖マグダラのマリアをそこに連れていった天使の合唱隊に囲まれた彼女に会った。彼女は床の上から2キュビット(古代の単位:1キュビット=43〜53cm)浮かび上がり、天使達に囲まれて立ち、神への祈りで手を挙げていた。聖マクシミンが彼女に近づくのをためらうと、彼女は彼の方を向いて言った。「神父よ、近くに来て下さい。あなたの娘から離れないで」「彼が近づくと、マクシミン自身の本に読めるように、彼女の絶え間ない日々の天使のビジョンの為、お顔はこのうえもなく光り輝き、顔を見つめるよりは太陽を直視するほうがずっと容易なほどであった。

既に述べた聖職者を含むあらゆる聖職者が集まり、喜びの涙を流している聖マグダラのマリアは主の肉体と血を司教から受け取った。それから、彼女は祭壇の階段前に全身を横たわり、ほとんど神聖な魂は主の国へ移った。彼女が息を引き取った後、教会に満ちた甘美な香りは非常に強烈で教会に入った人は7日間それが分かったほどだった。聖マクシミンは彼女の神聖な肉体に香油を塗って防腐処理を施し、立派なお葬式をした。また彼は自分の死後、彼女の側に自らを埋めるように命じていた。

ヘゲシプス(あるいは、幾つかの本があるようにジョセフス)はたったいま述べられた話に大筋同意しています。彼はエッセイの中で言っています、キリストの昇天後、マグダラのマリアは世界に疲れ、主への熱心な愛によって心を動かされたが、決して誰にも会いたいと思わなかった。彼女がエイクスに来た後、砂漠に行き、30年間知られないままそこで生きたが、毎日7課に天使によって天に運ばれた。しかしながら、彼女の所に言った聖職者は彼女がその住居に閉じ籠っているのに気付いたと加えた。彼の求めで、彼女に衣服を差し伸べ、彼女がそれを着ると、彼と共に教会へ行ってそこで聖体拝領を受けて、祭壇の側で祈って手を上に挙げ、安らかに亡くなった。

シャルルマーニュの時代、即ち西暦769年にブルゴーニュの公爵ジェラードは妻に息子ができなかったので気前良く貧しき者達に富を与え、多くの教会や修道院を建てた。彼がヴェズレーに修道院を立てると、彼と大修道院長はできるなら聖マグダラのマリアの遺骨を持ち帰れるように修道僧と適当な者どもをエイクスの町へ送った。修道僧が前述の町に着くと、異教徒によって土地が荒らされているのが分かった。しかし、たまたま彼は聖マグダラのマリアの体がそこに納められていることや、外側に彼女の全ての話が美しく刻まれているいることを示す銘のある大理石の石棺を発見した。それで修道僧は夜に石棺に侵入して遺物を集めて宿泊所に運んだ。その晩、聖マリアが現れて、彼に恐れることなく始めた作業を続けなさいと言った。ヴェズレーに戻る途中で、修道院まであと半分という距離でもう一歩も遺物を動かせなくなり、大修道院長と彼の修道僧達が遺物を受け入れる宗教上の儀式をして始めてそれは動いた。

毎年、聖マグダラのマリアの遺物を訪れことを習慣としていたある騎士が戦闘で殺された。彼はお棺に死んで横たわったが、両親は彼の死を悼んで、マグダラに信仰心から不満を言った。というのは、彼女はその熱心な崇拝者に告解と秘蹟を無しに死を許していたので。すると突然、その場にいた全員が驚くことに、死者が起き上がり、聖職者を呼んだ。彼は心から告白をし、臨終の聖餐をうけて静かに休息に戻った。

男女で混雑した船が沈もうとしていた、ある妊娠した女性が溺れる危険に遭遇していて可能な限り大きな声でマグダラを祈った。もしもマリア様のおかげで死を逃れ、子供が産めたなら息子を聖人の修道院に委ねますと誓った。すぐに威厳のあるお顔と態度をした女性が現れ、あごを上に持ち上げた。一方、残りの人は溺れてしまったが彼女は傷つくこともなく、上陸した。やがて女性は息子を出産し、忠実に誓いは果たされた。

マグダラのマリアは福音書著者ヨハネと結婚したという人々もいる。そしてヨハネはキリストが彼を結婚式から呼び寄せた時に、彼女を妻としようとしてた。それで彼女は配偶者を取られたので憤慨して自らをあらゆる種類の官能へ差し出したという。しかし、ヨハネの天職があったのでマリアは破滅の場合に至らなかったので、主は慈悲深く、彼女の向きを変えて懺悔へと向けた。彼女は肉体的な喜びの高さを断念しなければならなかったので、彼は彼女を他の人達以上に集中して神への愛から成る精神的な喜びで満たした。キリストはヨハネを前述の喜びから引き離したので、ヨハネを特別の好意で称賛したと主張する人々もいる。これらの話は間違っているし、ばかばかしいと思われる。アルバート修道士は彼のヨハネ福音書への序文でヨハネは結婚式から召されたので女性は処女のままで耐え続け、キリストの母である聖処女マリアと一緒に後に見られ、ついに聖なる終わりを迎えたとはっきりと言っている。

マグダラのマリアの肉体に訪れる為、ヴェズレー修道院への途上で視力を失った人に案内人が遠くに教会が既に見えると話した。盲目の人が大きな声で叫んだ「お〜聖なるマグダラのマリアよ、あなたの教会を少しでも見れたなら!」すぐに彼の目は開いた。

紙に自分の罪のリストを書いて、許してもらうよう彼女に祈って下さいと願いながら、マグダラの祭壇上の敷物の下に置いた人がいた。後に彼は紙を見ると、彼の罪は消されているのが分かった。

物を盗んだ罪を犯して鎖につながれている人がマグダラのマリアに助けてくれるように祈ると、ある晩、美しい女性が現れ、足枷を壊して彼に行くように命じた。彼が自由になったのを見ると、可能な限り急いで去った。

フランドルから来ていたステファンという名前の聖職者は、あらゆる種類の悪を犯して救済の行動も取れず、それらに耳を傾ける事さえしないような、罰当たりな無秩序に陥いっていた。しかし、彼は聖マグダラのマリアに深く帰依していたので断食によって彼女の徹夜のお勤めを守り、彼女の祝日を祝っていた。一度、彼は彼女の墓を訪れ、半ば眠り半ば目覚めたようだった時、マグダラのマリアが二人の天使に両脇を支えられて美しいが悲しい眼差しで現れて言った「ステファン、何故あなたは不毛な価値のない行為で私に報いるのか? 何故あなたは私の唇が強く言っていることによって後ろめたさに心を動かされないのか? あなたが私に帰依し始めた時から、私はいつもあなたのことを必死に主に祈っています。立ち上がりなさい!後悔なさい!私はあなたが神と和解するまであなたをそのままにしておかないでしょう。」聖職者はすぐに慈悲が非常にたくさん流れ込んでくるのを感じて、世界と関係を絶ち、宗教的な生活に入り、その後はとても神聖な生活を送った。彼の死後、マグダラのマリアは石棺の側に天使と共に立っているのが見られた。彼女は穢れない白い鳩に似た彼の魂を天の賞賛の歌と共に運んだ。

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関連サイト
マグダラのマリア(ウィキペディア)

関連ブログ
Saint Mary Magdalene 〜“Golden Legend”〜(訳する前の原文です)
The Golden Legend: Readings on the Saints 「黄金伝説」 獲得までの経緯
黄金伝説 Golden Legend コロンビア百科事典による
黄金伝説 〜聖人伝〜 ヤコブス・デ・ウォラギネ著
「黄金伝説抄」ヤコブス・ア・ウォラギネ 新泉社
「マグダラのマリア―マリア・ワルトルタの著作による」あかし書房
「図説 ロマネスクの教会堂」河出書房新社
「マグダラのマリア」 岡田温司 中公新書
「マグダラとヨハネのミステリー」三交社 感想1
「イエスのミステリー」バーバラ・シィーリング著 感想1
美の巨人たち ラ・トゥール『常夜灯のあるマグダラのマリア』
マグダラのマリアの福音書(訳)
posted by alice−room at 22:42| 埼玉 ☁| Comment(8) | TrackBack(4) | 【備忘録A】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TB&コメントありがとうございました。
翻訳、ご苦労様でした。もっと短いものだと思っていましたが、大仕事だったのですね。予想以上に、色々な話が、混ぜ合わされていました。なるほど、これなら、当時の知識人から批判されるのは仕方ないと思いました。でも、面白い話ですよね。原文までUPしていただき、ありがとうございます。こちらからもTBさせていただきましたので、よろしくお願いいたします。
Posted by lapis at 2005年05月12日 00:45
思いっきり稚拙な訳を読んで頂き有り難うございました。漢字を間違えていたのもご指摘有り難うございます。早速直しました(笑顔)。

あと、サーバーの不調でコメントが二重になってしまい申し訳ありません。他の方のもダブルになってしまい、迷惑をかけてしまいました。すいませんでした。
Posted by alice-room at 2005年05月12日 02:16
alice-roomさん、TBありがとうございました。こちらからもTBさせていただきましたが、なぜかダブってしまいました。恐縮ですがどちらかを削除していただけますか。

僕はキリスト教にはまったくの門外漢ですが、マグダラのマリアはキリスト教世界の中では異質とも思える魅力的かつ官能的な存在で、そこがまた多くの人々を引き付け、さまざまな伝説や外伝を生んでいるように思います。
Posted by BANYUU at 2005年05月20日 22:15
BANYUUさん、こんばんは。TB有り難うございました。重複部分は削除させて頂きますね。

私もキリスト教は、全然知らなかったのでマグダラのマリアに結構、はまってます。おっしゃられているように本当に多様な魅力を持つ存在で、惹かれますね。大好きです。

もっといろんなエピソードとかも知りたいのですが日本語のものは資料が少ないですね。英文だといろいろあるので、身の程知らずに英語文献に手を出すか否か悩んでいる最中だったりします…はてさて?

これからも宜しくお願いします。
Posted by alice-room at 2005年05月20日 23:07
キリスト教とは何なのか,自分の中で整理がつかずに居る者です。原始キリスト教が伝えていたもの,歴史の中で密かに隠されていたものを知りたいと思っています。大変なお仕事でしょうけれど,また何か新しい扉を私達に開いて見せてくださいますよう楽しみに待っています。
Posted by cocca at 2005年10月23日 19:37
coccaさん、もったいないようなお言葉有り難うございます。私も歴史的な事実として、キリスト教の実態がどんなものがあったのか、大変関心があります。事実以外のことでも、勿論、伝承は伝承でしかありませんが、当時の人びとがどのように思っていたのかも興味深いですね。
私の分かる範囲でしかないので、偏った情報ですが、これからも面白いものがあれば出来るだけ紹介していきますね。これからも宜しくお願い致します。
Posted by alice-room at 2005年10月23日 21:47
こんばんは!

今、東京都美術館で開催中の『プラド美術館展』にて、この『黄金伝説』のマグダラのアリアをモチーフにした作品がありましたのでTBさせていただきます。
Posted by Megurigami at 2006年03月27日 00:28
Megurigamiさん、TB有り難うございます。プラドの良かったようですね。スペインで見た時には、ボスばかりに目を奪われそれ以外はあまり印象に残ってなかったのですが、じっくり見ると違っていたかもしれませんね。ちょっともったいなかったかも・・・しまったかな?
Posted by alice-room at 2006年03月27日 22:46
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