2014年01月05日

聖ヨハネ騎士団の大病院、遺構が公開に

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聖ヨハネ騎士団の大病院、遺構が公開に
【nationalgeographicsより以下、転載】
十字軍が派遣されていたおよそ1000年前、中東で最大の病院として使われていた巨大建造物の一部が、近く一般公開される。これは13年間にわたりこの遺構の調査にあたってきたイスラエル考古学庁(IAA)が、現地時間8月5日に発表したものだ。

 この遺構は11世紀に建設されたもので、エルサレム旧市街のキリスト教徒地区に位置し、ムスリムのワクフ(イスラム教に基づき、慈善あるいは宗教的な目的のために寄付された信託財産)が所有している。その面積は約1.4ヘクタール以上におよび、建物は巨大な柱と肋材で補強された丸天井を特徴とする。丸天井の高さは6メートル以上にも達する。

 この遺構の発掘および遺構の調査は、東エルサレムのグランド・バザール・カンパニーが主導し、IAAとの協力のもとで行われた。同社では、この建物をレストランと観光案内所を備えた施設に生まれ変わらせる計画で、2014年内には一般公開される予定だ。

 8月5日の記者発表で、IAAはメインホールを公開した。イスラエル北部の街、アッコにある騎士のホールにも似たこの大広間は、病院として使われていたこの広大な遺構においてはわずかな部分を占めるにすぎないと推測される。

 IAAで発掘ディレクターを務めるレネー・フォレスタニー(Renee Forestany)、アミット・レーム(Amit Re'em)の両氏によると、この病院はエルサレムの全市民を受け入れ対象とし、最多で2000人の患者を宗教を問わず治療していたという。さらにこの施設は医療部門に加え、孤児院としても機能していたと考えられる。

 プレスリリースの中で、考古学を研究する両氏はこう述べている。「この病院の存在を知ったのは、当時の歴史文書からだった。その多くはラテン語で書かれている。これらの文書には、現代の病院にも匹敵する規模と組織を持つ、高度な病院施設に関する記述があった」。

 この病院はキリスト教の武装教団であるホスピタル騎士団によって建設され、エルサレムに殉教に訪れた巡礼者に医療を提供することが目的だった。フォレスタニー、レーム両氏によれば、十字軍がこの病院を設立するにあたり、当時この地域に住んでいたアラブ系のイスラム教信者が大きな役割を果たし、建設を支援したほか、医術を教えたとのことだ。さらにこの場所はアイユーブ朝の創設者であるサラディンの居所にも近かったと伝えられる。サラディンは十字軍の修道士がここにとどまることを許し、この病院の存続に力を貸したという。

 発掘では、馬やラクダの骨とみられる破片や、蹄鉄に使われた金属なども見つかっており、中世にはこの建物が厩舎としても使われたことを示唆している。

 建物の大部分は1457年にエルサレム付近で起きた地震によって破壊されたとみられ、その後19世紀まで、この遺構は廃墟として放置されていた。オスマン帝国の時代には建物の一部が市場として再び利用されるようになり、発掘調査が始まった2000年まで、この場所で果物や野菜が売り買いされていた。

 この発掘プロジェクトの責任者を務めるモンセル・シウィキ(Monser Shwieki)氏によると、建物の一部はレストランに改装されるという。「店を訪れるお客様も、この建物に満ちる、魅力的な中世の雰囲気に深い感銘を受けるだろう」と同氏は述べている。
さて、今年はイスタンブールに行くか、エルサレムに行きたいと思っていたけれど、イスラエルも興味深いなあ~。

行く暇あるか分かりませんが、ちょっと行ってみたいかも?

そういやあ~全然更新してなかったりするなあ~。
だいぶ本読んでるけれど、なんか仕事で消耗してる気がする・・・・。

ベルギーの写真もupしたいんだけれど・・・・。
まあ、少しずつやって行きましょう♪
去年は株で忙しかったしんなあ~。確定申告で累損分をきっちり還付してもらわないと!!
posted by alice-room at 22:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 【ニュース記事B】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
夜中に目覚めて久しぶりに拝見しました。

イスタンブールか、エルサレムですか。どちらも行ってみたいですね。数日前に「池上彰の2014 世界を見に行く」で「パレスチナ自治区」訪問は大変だとよくわかりましたが。

ベルギー旅行記、楽しみにしています。
Posted by 三紗 at 2014年01月09日 04:38
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