いやあ~、従来のキリスト教会の腐敗に対する不満をきっかけに始まった・・・的な概要は世界史で学びましたが、ここまで凄いというか、凄まじいものとは想像だにしませんでした。実に、実に興味深いです。
ルターの主張する宗教改革というのは、分かり易く言うと、キリスト教原理主義とでもいうのでしょうか?あまりにもラディカル。正直びっくりしました。
【本文より引用】バチカンの法王を悪魔呼ばわりですもん。精神世界の指導者たるべき存在が現世的執着心ばかりを持ち、世俗的な領土や権力、物質的利益ばかりを求めるその姿勢を痛烈なまでに批判し、バチカンが有するというありとあらゆる権力・権限・権能を聖書の内容にそぐわないとしてほとんど一刀両断に切り捨てます。聖書に根拠のない、福音書の内容に反するような「法王の命令に従わなくて良い」「別な法王を選ぶ権利さえある」という主張は、到底バチカン側が受け入れられるはずなどありません。異端として火刑に処せられても当然というべき主張でしょう。
・・・教皇ののこした勝手気ままと嘘八百の留保は、いまやローマではもう形容を絶するほどの事態を生み出しています。売買、交換、騒動、嘘事、瞞着、強奪、窃盗、空いばり、姦淫、悪辣な手管、ありとあらゆる仕方で神を冒涜するそのさまは、アンティクリストでもこれ以上背徳的な支配はできないほどのものです。
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・・・ローマなる悪魔の巣窟を打ち砕きたまえ、そこに腰をすえているのは、パウロがあたなの宮に坐し、神のごとくにふるまうだろうと述べた、あの人、即ち罪の人、滅びの子なのです。教皇の権力とは、ただ罪と悪意を教え、増やし、あなたのみ名をかり、あなたのみ姿を偽って、人々の魂を永劫の滅びに導くもの以外の何者でありましょうか。
ましてルターの時代って16世紀でしょ! いやあ~、昨今の「俺は体制に組みしないぜ」とかほざいているどこぞのロッカーやら自称アーティストなんかと違って、筋金入りの急進派ですね。しかも自己満足ばかりで真の体制批判につながらないテロなどとは違い、まさに言論だけで社会を変えてしまったのですから、いやはや恐ろしい&恐ろしい。「ペンは剣よりも強し」なんて言葉は、言論の自由が認められている現在にもかかわらず、空虚にしか感じられなかったのですが、改めてその言葉の意義を考えさせられることしきりです。
「シュワーベン農民の十二ヵ条に対して平和を勧告する」
キリスト教界(会ではないことに注意!)内部の聖書の教えに反する在り方には、あれほどまでにラディカルであったルターの教えですが、世俗の世界に関しては全く違った在りようとなります。ルターの進めた福音主義的な考えを恣意的に取り込み、自らの欲求確保(農奴からの解放、税や各種権力への無効要求等)の為に、世俗的・現世的秩序を変革しようとする農民の行動に対しては、非常に冷ややかというよりもむしろ積極的にその動きを抑圧しようとします。
けだし、ルターの考える福音書の教えは、徹底した現世的秩序(教会内部は別)の肯定であり、キリスト者に与えられる自由はあくまでも精神的自由であり、それ以上でもそれ以下でもないとする。為政者が何を為そうが、それに耐え忍んでこそのキリスト者であり、為政者であるところの領主・貴族に対して自らの主張を行うというのは、キリスト者を語る(=偽る)不届き者ということらしい。奴隷であってもキリスト者の自由があるのと同様に、農奴であってもキリスト的自由があるとまで言っている。農民に対して、厳しくその行動を諌める一方で、領主・貴族達には、行き過ぎた苛斂誅求や圧政などを慎むように忠告するだけなのは、甚だ対照的である。
さらにこれら農民の要求が過熱化し、暴徒となって非道な殺人・放火・略奪等を行うように至っては、「盗み殺す農民暴徒に対して」の中で次のように述べている。これらの悪魔に唆され、暴虐を働く暴徒達は既にキリスト者に値しないうえ、社会秩序の安寧確保の為に、神から与えられた重大なる使命・責務として積極的に彼らを弾圧し、殺害することが為政者の義務であるとさえ言っている。
【本文より引用】ほお~、ここまで言うんだ。まさに信念の人ですね。こういうタイプは、なまじっか信念があり、自らを恃むこと篤いだけに買収にも屈しないし、死をも恐れずに反対者の全滅を図るタイプみたいです。
農民たちは自分自身が悪魔の捕虜となっていることだけで満足せず、多くの良民を、その意に反して、悪魔のものである自分たちの同盟に加入するように強制し、かくてこれらの人々を、彼らのあらゆる邪悪と呪いの道連れにしようとしているからである・・・・
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・・・愛する諸侯よ。ここで解放し、ここで救い、ここで助けなさい。領民に憐れみを示しなさい。できる者はだれでも、刺し殺し、打ち殺し、絞め殺しなさい。
偉人であることは間違いないでしょうが、いささか狂信的な感じがしないでもない。もっともそれぐらいでなくても歴史に名など残せないのかもしれません。きっと普通では駄目なのでしょう。
幾分、話はそれましたが、やっぱり名著とか古典とか言われるものってそれだけの価値があるもんですね。歴史を理解するうえで、読んでおいて間違いない一冊でした。
本書には、もっと&もっと深いものが書かれています。個人的にはどれだけの人が理路整然とルターの思想を理解できたのか、甚だ疑問にも思うのですが・・・これだけの思想を伝える為には口伝では足りなくて、絶対に活版印刷が不可欠であったのも実感できます。そういう意味でも価値がありました。
【目次】世界の名著〈23〉ルター(amazonリンク)
ルターの思想と生涯・・・松田智雄
キリスト者の自由
キリスト教界の改革について
ドイツ国民のキリスト教貴族に与う
奴隷的意思
農民戦争文書
商業と高利
詩篇講義
ローマ書講義
ガラテア書講義
卓上語録
関連ブログ
「宗教改革の真実」永田 諒一 講談社
「グーテンベルクの時代」ジョン マン 原書房
プランタン=モレトゥス博物館展カタログ~メモ
だから歴史そのものも面白いんですけどね。
表面上のことだけでは何も判断できません。
一つの本を読むことで関心が湧き、更にその延長線上でドンドン本を読んでいくと、自分では滅多に読まないような本にまで辿り着くのって、我ながら面白いです。
>表面上のことだけでは何も判断できません。
本当にそうですね。私もこの本を読むまでルターについては、教科書的な知識の枠を超えることがなかったのでビックリすることが多かったです。おそらく更にルターに関する本を読むと、いろいろな解釈・事実も増えてもっと面白いこともありそうです。歴史の見方も、一辺倒ではないですもんね。それもまた楽しいですね。
本当にそうですよね。
本を読む楽しみ、ってこういうところにもある気がします。
だからこういうサイトで「きっかけ」をもらうのって有難いわけです!(笑)
またまた、宗教改革絡みですが、今度は木版画に見る宗教改革の本を読んでみました。これが大当り!! やっぱりビジュアルの影響力は凄い、と改めて思いました。しかも、計算し尽された図案には、まさに脱帽ものでした(目がテン)!?