2007年05月07日

「ルターの首引き猫」森田安一 山川出版社

グーテンベルクの活版印刷術の発明は、宗教改革が促進されるだけでなく、それによって宗教改革そのものが可能になった前提条件であったわけですが、特に民衆レベルで意識改革や情報伝達において、印刷された木版画入りのパンフやチラシの影響は大変大きかったようです。

本書では、宗教改革当時の木版画の図像を通して、文字を読めない民衆に対して、いかに効果的に宗教改革を意図を知らしめたのかを大変分かり易く説明しています。

紹介される図版も数を絞り、その分より一層詳しく、それが何を意味し、当時の人々にどう受け取られることを意識し、意図していたのかまで踏み込んだ説明がなされています。

また、その図版が明示する内容だけでなく、間接的に暗示するカトリックの既存の図像などまで遡って説明がなされており、実に面白い。あまりの巧みなそのメディア戦術には、現代の広告宣伝よりも凝っているんじゃないのと思いたくなるほどの卓越した上手さです。

今のチャラくて安易な宣伝には、是非見習って欲しいぐらいですよ~。本当に! せっかくなんで幾つか紹介してみますね。

神の水車

左上に神がいて、恩寵の力により枯れていた水の流れを戻して、止まっていた水車を再び動かし、製粉の仕事を可能にする。製粉職人を演じるキリストが袋から穀物をホッパー(漏斗上のもの)の中に入れて、粉にひく。ここで穀物は四福音書の著者を示す動物になぞらえている。

ひかれた粉は四本の文字の帯で描かれ、「信仰、希望、事前、教会」の四つの言葉が示される。製粉職人の助手は、人文主義者の雄であるところのエラスムス。エラスムスと背中合わせにして、パン粉をこねているのはルターであり、桶にルターの名がある。

出来上がったパンは聖書として描かれ、それはカトリックの代表者たちに手渡そうするが、彼らはそれを拒絶し、聖書は地面に落ちている。

また、右側のカトリックの代表者たちの上には鳥が「バン、バン(破門、破門)」と鳴いている。中央にいるのは、「からさお」を大きく振り回している農民(カルストハンス)がいて、鳥とカトリックの代表者たちを追い払わんとしている。

ここまでが明示的な説明らしいですが、実は、この図版の前にカトリック側の図版に「神秘の水車」というものがあるそうです。そこでは、四福音書の著者が穀物を入れ、製粉の結果、生まれてきた御子キリストが描かれているんだって。製粉過程とは、キリストの受難を暗示し、それを経て生まれたパンはキリスト自身であるとする、聖体の教え(カトリックの正餐説)を示すそうですが、その図版を踏まえて初めてここにあげた「神の水車」がより一層の深い意味を持つんだそうです。

本書では、もっと&もっと詳しく深い説明がされていて、本当に奥深い。ルターの有名な諸文書なども知っていれば、更にこれらの説明が生きてくるのでもう面白くってしょうがありません! シンプルな図版なのに、そこに込められた内容を考えると驚愕と感動ものです!! 是非、関心のある方は本書を手にしてみて下さい。

文盲であった民衆に、多大なるインパクトを与えることを可能にした理由に納得がいくはずです。また、ルター自身が書いた文書や当時の人文主義者の文書なども目を通していれば、その面白さは飛躍的に増大しそう。まさに知れば知るほど、美味しい本でしょう♪
力強く推薦しちゃいます。

ルターの首引き猫

以下もたくさんの説明が本書ではなされていますが、キリがないので説明は省略しちゃいます。これは「首ルターの首引き猫」。十字架を支えるルターと三重冠が頭から落ちかけている教皇が、首にまわした綱を引き合っている姿。教皇の周りにいる動物達はカトリック派の神学者達。教皇の懐からは金袋が落ち、お金が転がっている。

便壺に突き落とされるルターの屍

便壺に突き落とされるルターの屍。カトリック側からの反撃として、猫の頭で象徴されたカトリック派神学者ムルナーがルターの主張通りに、生きた場合をパロディとして描いたもの。カトリックの終油のサクラメントを拒否するルターが息を引き取ると、猫の大合唱により葬送の儀式が行われ、ルターの屍は哀れ、厠の便壺に突き落とされる。なんともエグイパロディです。

尻から出てくる小阿呆

尻から出てくる小阿呆。「カルストハンス」は農民を表すと共に、カトリックを批判する「匿名の汚物的小著」ということで、カトリック派の神学者で猫で表されたムルナーは、この図版であえて自虐的に猫で自分を表しつつ、カルストハンスを糞になぞらえ、大阿呆が強いシロップを飲み、尻から出された小阿呆として描いている。

いやはや、毒に満ちたパロディ合戦です。これらの明示的意図以外に、暗示的なダブルミーニングを持っていたり、本当に面白いことこのうえなしです。

少しでも関心のある方、これは読んでおくべき本ですよ~。巻末には文献目録の紹介があり、資料としても充実しています。
【目次】
第1章 歴史のなかの宗教改革
 1ルターの宗教改革
 2人文主義者たち
 3書籍印刷なくして宗教改革なし
 4人文主義者のネットワーク

第2章 「神の水車」
 1パン職人ルター
 2生きたパン
 3聖書のみによって
 4カルストハンス

第3章 「真理の勝利」
 1勝利の凱旋
 2「ロイヒリーンの勝利」
 3フッテンとルター
 4剣と筆

第4章 「ルターの首引き猫」
 1ルターと教皇の一騎打ち
 2動物頭の神学者たち
 3ネズミの王様と鍛冶屋

第5章 「ヴィッテンベルクの鴬」
 1闇から光のもとへ
 2ライオンになった教皇
 3夜明けを告げる鳥

第6章 カトリックの反撃
 1風刺作家ムルナー
 2神学者ムルナー
 3ムルナーへの揶揄・攻撃
 4ムルナーの大反撃

あとがき
ルターの首引き猫―木版画で読む宗教改革(amazonリンク)

関連ブログ
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プランタン=モレトゥス博物館展カタログ~メモ
「グーテンベルクの時代」ジョン マン 原書房
「世界の名著23 ルター」松田智雄編 中央公論社
「キリスト教図像学」マルセル・パコ 白水社
「ヨーロッパのキリスト教美術―12世紀から18世紀まで(上)」エミール・マール 岩波書店
「新装版 西洋美術解読事典」J・ホール 河出書房新社


posted by alice-room at 18:25| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 宗教A】 | 更新情報をチェックする
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