2005年06月05日

「中世の奇蹟と幻想」渡辺 昌美 岩波書店

いやあ~、楽しい♪新書で薄いのに、中には聖人伝がぎっしり詰まっていて大満足の一冊です。これでもか、これでもか、っていうぐらい聖人(の聖遺物)が起した奇蹟が挙がられています。どれほど中世の人々が奇蹟を求め、また奇蹟故に従来の宗教を捨ててキリスト教徒になっていったのか、ありありと目に浮かぶような筆致で当時の人々の心境が描かれています。

極論すれば、誰の骨か分からない得体の知れない人骨を誰かが夢の中で語られた「聖人のものだ!」って言ってしまえばOK!(=啓示) とりあえず祀ってご利益の奇蹟が起きれば、後は民衆の熱狂的な崇拝が後続し、気が付けば昔からあったような聖人の出来上がり。なんとも凄まじいまでの奇蹟崇拝。最初に神ありき、信仰ありきではなく、まずは現世利益である奇跡ありき。その徹底した心情が、う~ん共感を呼ぶなあ。私も奇蹟を実感できれば、すぐに信者になるつもりがあるんですが・・・(こういうの駄目かな)。「天使と悪魔」でも奇蹟が描かれていましたけど、熱烈な信仰心には「ありうべからざるもの」の個人的実感が必要ではないかなあ。

聖人崇拝が聖人の生前の徳や殉教の内容に関心がなく、それのもたらす奇蹟にのみ民衆の関心が向いた結果、なんとも不思議な現象が生じてきます。これまで共同墓地に埋められていた人骨を神からの啓示があったとして、掘り起こして聖堂に安置するとたちまち奇蹟を起したり、なんてまだ可愛いほうで他の修道院で祀っている聖遺物を盗んでもってくるんです。なんか、スゴイ!

理由としては、元のところではきちんと聖人が祀られていないから、聖人にふさわしい崇拝が得られる自分のとこにお運び申し上げた、これこそ信仰心溢れる行為というんですが、まさに詭弁。様々な聖遺物泥棒が横行したらしいのですが、有名な話としてコンク僧院のエピソードが語られています。警戒が厳しいのにお目当ての聖遺物を獲得する為、そこに侵入し、10年間も真面目なふりをして信用を得、聖遺物の監視役になるや否や聖遺物を盗み出すなんて! あんたCIAやKGBのスパイじゃないんですから・・・その情熱や使命感たるや半端じゃないです。しかもその盗んできた由来は、誇らしい&素晴らしい聖遺物の来歴として数々の本に残されているというんで唖然。日本でいるなら、神社仏閣の縁起に書かれているようなもんですね。

また、奇蹟は記録され、宣伝されてこそ修道院の利益増進にもつながるということで聖遺物が見つかったり、移送されてくる(=盗んできたりも含む)と早速、奇蹟記録専用の僧侶が任命され、始終聖遺物の側で奇蹟の起こるのをいまか&いまかと待ち受けるんだそうです。病人の治癒とかだけに限らず、作物の豊作、家畜の伝染病予防等にいたるありとあらゆるものが奇蹟に関連づけられてそこに記される記録は増えていくんですから、ほんと人は奇蹟を求めているんですね(偶然じゃないそうです、既に聖遺物があるんですから全てその恩恵になるらしいのです)。

そんな状況ですから、祀られる聖人を調べてみると、えっ~!?というものも。例として聖ギヌフォールなんかだと、お犬様なんです。もう聖人が人ですらない。恐ろしいもんです。まあ、ご利益さえあれば私も何でも信じますけどね。「鰯の頭も信心から」とはよく言ったもので時代や地域を超えて、人のやることは変わりません。

あと、これはこの本の内容紹介で絶対に落とせないこととして、マグダラのマリア崇拝についても結構、詳述しています。私がこのブログで何度か紹介している黄金伝説のくだりやマグダラの聖遺物があったとして非常に崇敬を受けていたヴェズレー僧院がバッチリ出てます。もっとも理性ある著者は黄金伝説のくだりは、あくまでも伝承で捏造だとばっさり切っています(この本全般に言えますが、そういう明快且つ理性的な論調がしばしば出てきて私はすごく好きです)。

今ならそうなるにしても、当時はその伝承が信じられており、マグダラのマリア崇拝は物凄い熱狂的な巡礼者を集めていたらしいです。さらにそういった情熱の凄さというか怖さとしてマグダラがこの地にいるなら、兄弟であるラザロが側にいたって不思議ではない、というなんとも不思議な理屈のもと、ラザロの聖遺物があると主張するところまで出てきたそうです(笑顔)。しかもマグダラの伝承が民衆に広まっていることを踏まえて、更なる捏造「聖女マルタ伝」が生まれ、聖人が一挙に増えていったそうです。ここまでいくと、これぞ神の御業(みわざ)ってな感じです。

もっとも隆盛を誇ったヴェズレー僧院ですが、その後、別な寺院で本物のマグダラの遺体が発見されるに至って、名声は地に落ち、さしもの巡礼者も激減して哀れな結末になったそうです。知っている話ではありますが、ここではその経緯が詳しく書かれていてへえ~っと思わず頷きたくなるような内容でした。マグダラに関心ある人は読むと絶対に面白いです!!

おまけにちょこっとですが、薔薇の名前に出てきた異端審問官ベルナール・ギイにも触れていますよ。なんか嬉しいかも。この著者が書いた「異端審問」っていう本も面白かったですが、この人は文章が読み易いし、理性的できちんと論理だった話もできるし、結構いいですね。改めて気付きました。この人の大部の著作も購入してみようかな? この本も絶版になってるようですごく残念なんですが、聖人関係の本ってみんなそうだなあ。今日、届いた本も絶版だったし、入手するのに苦労します(涙)。

とにかく、聖人とか聖遺物とかが好きな人はこの本イイです。いろんな伝承も載ってるし、それを取り巻く環境や社会についての知識も得られます。また、学者がその奇蹟の内容を統計的に分類したこんな傾向がある、とかまで書いてくれていてなんとも嬉しい一冊です。文献も少しだけど、載ってるし。日本語+それ以外の言語。次にどんな本を読もうかと考える時に、参考になりますよ(つ~ことは、また購入しなければならないという悲劇ですが・・・喜劇?)。買って正解な一冊でした(満面の笑み)。

今日は印刷博物館でグーテンベルク以来の500年前の印刷物を見てご機嫌♪♪ その当時で既に4種類の言語とか多言語訳聖書が作られていたりしたのには、もう感動つ~か驚愕!! 神谷バーで電気ブラン3杯に大ジョッキを飲んで大満足の一日でした。

中世の奇蹟と幻想(amazonリンク)

関連ブログ
マグダラのマリア 黄金伝説より直訳
「図説 ロマネスクの教会堂」河出書房新社
「異端審問」 講談社現代新書


posted by alice-room at 04:05| 埼玉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 【書評 宗教A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
alice-roomさん、お早うございます。
僕も、「中世の奇蹟と幻想」と「異端審問」は、持っています。どちらも積ん読状態ですが。(笑)2冊とも読む価値があるのと言うことが分かり良かったです。↓の記事の関連ですとユイスマンスの「ルルドの群集」なんかも持っています。alice-roomさんが、以前何処かで触れられていた、聖女リドヴィナを扱ったユイスマンス「腐爛の華」も持っています。未読ですが。(苦笑)これもamazonにはないので、絶版かもしれません。最近は、本当に絶版になるのが早くて困ります。
alice-roomさんのお薦めのものから、少しずつ消化していきたいと思います。また読書案内をお願いします。
Posted by lapis at 2005年06月05日 08:30
はじめまして、READING&WRITINGの如月さんのところから来ました……って、実は昨日の話です。
あまりの凄さに感服致しております。
なので私のHP「翻訳の月あかり」の翻訳日記(Studyから入れます)に書いてしまいました。事後報告で申し訳ありません。。。

alice-roomさんお薦めの書籍を一冊でも多く読めるようお金と時間の都合をつけようと思いました。
これからも楽しみにしております!

Posted by Spring Book at 2005年06月05日 11:15
alice-roomさん、こんにちは。あ、SpringBookさんも来られてる!

エリス・ピーターズの修道士カドフェル・シリーズ第1作『聖女の遺骨求む』には聖遺物である聖女ウィニフレッドの遺骨をめぐるあれやこれやが描かれています。啓示の場面もありました。

物語は十二世紀初頭、ウェールズとの境に近いイングランドのシュルーズベリにあるベネディクト派修道院と遺骨が祀られていたウェールズの田舎町を舞台に繰り広げられます。

『薔薇の名前』ほどの重厚感はありませんけど、中世の雰囲気をたっぷり味わえる、ほんのり温かい後味の歴史ミステリです。

alice-roomさんなら、もう読まれてるかも?
Posted by 如月 at 2005年06月05日 21:13
こんにちは。
昨日は久々に大きな本屋に出陣しました。
リュックサックに満杯という感じです。
聖人たちの本もありましたが、今ひとつでしたね。
多分本には取り上げられない聖人もたくさんいるのでしょうね。以前Xantenという町の聖堂にパンフレットがあって”クサンテンの聖ノーベルトについて”というものがあり、買ってきました。そういうのも面白いと思います。昨日買ったのは
”中世ー愛の芸術”と”マルコポーロ 不思議の本”双方とも美しい絵が豊富で見ている、いや持っているだけでにんまり顔が崩れます。他はアントニオ タブッキのポルトガル紀行。などなどなど。。。
Posted by seedsbook at 2005年06月05日 22:00
>lapisさん、さすがいろいろお持ちですねぇ~。ルルドの群集、私も持っていたはずですが・・・?たぶん10年以上前に読んだので全然覚えていなかったりします。腐乱の華もたぶん、その頃ではなはだ印象が怪しい? むしろ私自身も再読した方がいいのかもしれません。つたない読書案内ですが、これからもヨロシクお願いします。

>Spring Bookさん、初めまして。どこまでアテになるか分かりませんが、少しでも読書の参考になれば幸いです。
サイト拝見しました。翻訳を勉強されているんですね。すご~い!私の周りは語学堪能な方や外国にずっと生活されていた人が多いのですが、私は旅行で使うぐらいであまり使えないので憧れちゃいます。頑張って下さいね!コメント有り難うございます。

>如月さん、情報有り難うございます。カドフェルシリーズ、まだ3・4巻までしか読んでないのですが、結構好きです私も。少しだけ、冗長な感じもしますが、思慮深く人生の機微を知ったカドフェルの推理はなかなか楽しいですよね。読みごたえも満点ですね。でもあのシリーズも長いですね。最近、本が積読状態でなかなか次のものに進めないのですが・・・。
これからもヨロシクお願いします。

>seedsbookさん、そういう一部の人にしか知られていない聖人ってすご~く興味深いです。フィールドワークとか、たいそうなこと言わないまでもやっぱり足で稼いだ情報って、貴重ですよね。

なんかいろいろと楽しそうな本をGETされたようですね。読んで楽しいのもいいですが、眺めて楽しむのもいいですねぇ~。ニヤニヤしながら、本を眺めているお姿を勝手に想像してしまいますね(笑顔)。


Posted by alice-room at 2005年06月06日 00:39
lapisさんもおっしゃられていますが、ほんと最近絶版になるのが早いような気がします。出版の点数は多くても、数年もしないうちに本屋から消えてそうですね。まさに大量消費の社会なのかもしれませんが、本は消耗品ではなく固定資産だと思うんだけどなあ~。

本を買う側としては、困っちゃいますね。まあ、売る側としてはいつまでも在庫を抱えていたくないのかもしれませんが、なかなか難しいものです。心ある出版社さんも、あっというまに倒産してしまうし・・・(涙)。
Posted by alice-room at 2005年06月06日 00:57
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