しかも、読んでみると何気にポイントをついた文章で、ふむふむ~と頷く事しきり。やっぱり阿部先生、凄いです。こないだお亡くなりになったのがなんとも残念です。
さて、本書全体ですが、写真がかなりの量を占めます。そうですね、写真については、まあまあってとこかな? 大きな写真で建築という点ではそこそこいけますね。ステンド・グラスや彫刻については、もう少し期待したいところですが、とりあえず及第点かと。
解説は、それぞれの先生が一冊丸ごと書かれている本を何冊も読んでいるので、私にとっては基本的に既知の事柄ばかりでしたが、内容もそこそこ良いと思います。
もっとも本書の中で、私的に一番勉強になったのは、阿部先生が書かれた文章です。中世のこの時期に、いかにして大聖堂建設が行われるに至ったか、農業革命、それに伴う商業革命と都市の勃興だけではなく、実は古代ゲルマン以来の贈与慣行という社会システムの存在を指摘されています。
ローマ帝国の「クリエンテス」ではないが、グルマン民俗には贈与慣行があり、この場合の贈与はもらったら、もらっいぱなしの片務的な行為ではなく、必ず対等の返礼を伴う双務的な行為らしい。ある人から何かをもらって、それのお返しができない場合、もらった人に対して臣従するなどを要求されるものだそうです。
また、富を持つ者である王が下の者にそれを与えることに対し、家臣は従軍などの奉仕を提供する関係であった。同時に、富を持つことは人間の能力と幸運の現れであり、幸運が盗まれたりしないように地中に埋めたり、湖に沈めたりする習慣もあったらしいです。
その後、国王は政権の安定を図る為に教会からの支援を取り付け、教会側も国王への塗油を行う一方で、国王は神への贈与を地中や湖に沈めることから、教会への寄進。即ち、大聖堂建設へと転換させていった。
この場合、国王への返礼は聖職者の祈りによって天国で与えられるとし、形は変えても実質的な贈与慣行は生き続けた、と説明されている。
中世における『贈与』については、しばしば目にする話ではあるが、改めて大聖堂建設にも当てはまることを知って、目から鱗だと思いましたよ、ホント! 勿論、日本においても平安貴族が極楽往生を願って、寺院を建立する例はありますが、意味がかなり違います。本書の解説ではそれをより大きな枠組みで捉え、歴史的且つ社会的な慣行の一部として理解しようとするこの解説は、素晴らしいと思います。
他の本では、ここまで明確に指摘されていませんからね。実際。また、巡礼についても、妻子や財産全てを投げ打つこの行為は、まさに自らの全てを神に捧げる贈与であるという理解で説明をされています。う~む、贈与おそるべし。賄賂のようなマイナス評価とは違って、当時では大変重要な行為だったんですね。ふむふむ。
ルターの贖宥状批判が、神への贈与を否定した時、中世の中に生きていた古代が完全に終わった、というのは、そういうことなんだそうです。逆に言うなら、何故、中世人が金銭と引き換えの贖宥状を進んで受け入れていたのか、疑問に思ってましたが、ようやく納得いった感じです。いやあ~、物事って何でもそうだけど、複合的な視野から見ないといけないもんですね。決して一面的視野だけでは、理解できるものではないと実感します。
以上、阿部先生が書かれた部分についてでしたが、他の方の文章も本で未読なら読む価値ありますよ~。どっかで見つけたら、目を通してみましょう。結構、面白いと思いますし、私は好きだなあ~。
【目次】世界の建築 (5)(amazonリンク)
総説
ゴシック大聖堂の世界 阿部謹也
本文解説
ゴシック建築の構造と空間 飯田喜四郎
ゴシック建築と彫刻 馬杉宗夫
ステンド・グラス 黒江光彦
ヴィラール・ド・オンクール―ゴシックの建築家像 藤本康雄
エッセイ
アメリカの旅から 宮脇壇
神々の奇巌城
関連ブログ
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書
「ゴシックということ」前川 道郎 学芸出版社
「大系世界の美術12 ゴシック美術」学研
「図説世界建築史(8)ゴシック建築」ルイ・グロデッキ 本の友社
「図説 大聖堂物語」佐藤 達生、木俣 元一 河出書房新社
「パリのノートル・ダム」馬杉 宗夫 八坂書房
「アミヤン大聖堂」柳宗玄 座右寶刊行会
「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房
「カテドラルを建てた人びと」ジャン・ジェンペル 鹿島出版会
「大聖堂のコスモロジー」馬杉宗夫 講談社
「ゴシック建築とスコラ学」アーウィン パノフスキー 筑摩書房
「SD4」1965年4月 特集フランスのゴシック芸術 鹿島研究所出版会
「大伽藍」ユイスマン 桃源社
「大聖堂の秘密」フルカネリ 国書刊行会
「ゴシック美術」エリー・ランベール 美術出版社