
西欧中世に関心を持つと12世紀ルネサンスを待つまでもなく、イスラムの影響が多大であることはしばしば触れられている本を目にするが、本書はそれをイスラムの図書館史的な側面から記述したもの。
視点は類書であまり見ないものであり、内容自体も興味深いものがあるものの・・・。
なんていうか西洋を文化破壊者、文化的後進地域として貶めることでイスラム世界の偉大な文化的業績が不当評価されてきた歴史を批判することで、もって自分がその啓蒙者的な視点で本書書かれているんですが・・・。
正直、かなり鼻につくようないやらしさがある。
本書はあちこちに書き溜めたものをまとめたものらしいのですが・・・それはまあ、よくあることで別に問題ないのですが、普通本として一冊にまとめるのなら、当然、本としての体裁を保つために全体の整合性を取りつつ、加筆・修正・削除をするのが当たり前だと思うのです。
しかし、本書はその辺の労を厭って、手抜きしている感じがしないでもない。
というのは、本書を読んでいると同じフレーズというか同じ内容の文章がそっくりそのまま、何度か出てくるのですよ。なんなんだろうなあ~と思っていたら、おそらくあちこちに書いた際に、流用していた箇所を本書にまとめる際に綺麗に編集していないのですよ。
読んで、同じ個所が何度も出てきて、大変違和感を覚えました。
またね、イスラムを古典文化の後継者として文化の保存とその発展者として持ち上げるのは良いのですが、これまで西欧のアカデミックな世界からないがしろにされてきた「的な(?)」視点というのは、今のご時世としては周知の事実であり、私も冒頭で触れましたが、西洋中世の理解には歴史学者として古代ギリシア語、ラテン語に並び、アラビア語も必要とされるようですが、著者はその辺、ほとんど触れることなく、一方的な被害妄想に駆られて、あるいはそれに気付いた自らがまるで何か価値があるかのような論調で文章が書かれていて、これも大変違和感を覚えてしまいました。
そういう視点で本書を見ると、文献としていろいろあげているのですが、ぶっちゃけ、文献の引用もおかしく思えます。書名と頁数だけって、有り得ないでしょう。ちゃんと入っているものもありますけどね。
これで大学で講義って・・・・レベル低くない?
だって、どの出版社のいつに出版されたものかの情報がなければ、改訂版もあれば、他の出版社から出てる場合もあるし、特定できないでしょ、本が。特定できない本の頁数だけで何行からかも分からなければ、全くの無意味かと。
本を書く前に基本的なことをもう一度確認した方が宜しいかと?
更に言ってしまうと、イスラムについて書こうとしていてアラビア語とかイスラム側からの文献名を全く見つけられなかったのですが・・・???
おそらく一次資料の文献にはまったくあたることなく、二次資料以降の英語文献だけ(日本語もあったけれど・・・)あげられても、ごめん、信用できません。私には。
真摯な学究的な態度からは程遠いような?
まあ、グラナダやアルハンブラには実際行ったことあるし、イスラム圏のチュニジアも行ったことあるのでイスラム教世界の素晴らしさは私自身も実感として納得するし、理解もしますが、本書にはどうにも昔の学問もどきのノリがしてならない。
日本ではあまり知られていない情報(知識・知見)をいち早く、翻訳や解説等することで学問をしている。
もう、そういう明治や大正の時代とは違うのですけれど・・・。
イスラムの図書館制度の素晴らしさを伝えるのはいいのですが、二次資料以下の寄せ集めと聞きかじりでは本書の価値はあまり無いように思えてなりません。
テーマは素晴らしいのですが、「西洋」と対比させること自体がいやらしく、むしろ本来の中世イスラム(の図書館)の素晴らしさを徒に貶めている感じがしてなりません。
ところどころ、トピックとして面白そうな箇所だけ、こんな記事があると抜き書きされても全体としての深みがありません。WEBでよくあるまとめサイトみたい。
まあ、12世紀ルネサンスとか知らない人ならば、目からうろこで興味深いかもしれませんが、もう一歩深いところを期待していると、かなり期待外れかもしれません。お勧めしません。
【目次】
ギリシア・ローマ時代の図書館
古代との決別そしてイスラム教の成立と拡大
中世イスラムの図書館Ⅰ
中世イスラムの図書館Ⅱ
中世イスラム世界と西洋
イスラムの図書館に蓄えられた知、哲学・自然科学等の学問の業績
西洋への窓となった図書館 アラビア語からラテン語への翻訳と知の移転
中世イスラムの哲学・科学の受容と二人の碩学 トマスとベーコン
中世イスラムの図書館と西洋―古代の知を回帰させ,文字と書物の帝国を築き西洋を覚醒させた人々(amazonリンク)
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「十二世紀ルネサンス」伊東 俊太郎 講談社
「十二世紀ルネサンス」チャールズ・H. ハスキンズ(著)、別宮貞徳(訳)、 朝倉文市 (訳)みすず書房
「アラビアの医術」前嶋 信次 中央公論社
「中世の大学」ジャック・ヴェルジェ みすず書房
「中世シチリア王国」高山博 講談社