それ以外だと…、普通のカルタゴの話かな?幼児の焼けた骨が多数出土し、幼児を犠牲に捧げた残酷な宗教儀式が行われていた。という話については、事実として骨は発見されているが、その生贄の話は想像の世界に過ぎず、事実とは考えられないと慎重な発言をされています。他の本でもよく出てくるテーマですが、これは今後の研究に期待するしかないですね。ローマに支配される以前の話も現在分かる範囲で触れられていますし、きちんとして歴史を知るには、目を通しておいて悪くないかも?という感じです。
カルタゴがそもそも植民地とされていったエリッサ伝説もなかなか面白いですしね。伝説によると・・・
昔、美しいフェニキア人の王女様(名をエリッサといいます)がいました。父はテュロス王でしたが、ある日、王位を狙う兄のピグマリオンに夫を暗殺され、エリッサ自身の命も狙われる身となりました。エリッサは財宝を船に積み、従者とともに海に逃れました。船は一路西を目指します。キプロスに寄航した折には、アシュタルテに仕える高位の神官を一行に迎え入れ、いずれどこかの土地に落ち着いて子孫を増やす考えから、沿岸の若い娘80人をさらって航海を続けました。やげてチュニス湾にたどり着き、そこに上陸して町を作り始めたのがカルタゴの始まりとされています。
あと、完全に忘れていたのですが、聖アウグスティヌスがまさにここカルタゴ出身で、当時はこの地自体がかなり学術的に進んだ地域であり、キリスト教にとってもある意味で相当重要であったそうです。中世には、当然であったキリスト教のラテン語使用ですが、それもこのカルタゴが最初であったそうです。知らなかったなあ~。ちょっと賢くなったかな(笑顔)。
この本を読んでますます行くのが楽しみになりました。私も瞑想にふけって、素晴らしい思索ができるでしょうか…煩悩の塊には無理なような気もしますが…。まあ、少しは刺激を受けられるでしょう(ニコニコ)。
カルタゴの興亡―甦る地中海国家(amazonリンク)
アウグスティヌスはカルタゴの出身だったのですね。自分のブログで紹介していながら、わかりませんでした。私も賢くなれました。受洗前に彼の母親「モニカ」を霊名(洗礼名)に薦められたいきさつがありました。私には親しみのある聖人です。
アウグスティヌスはカルタゴの出身だったのですね。自分のブログで紹介していながら、わかりませんでした。私も賢くなれました。受洗前に彼の母親「モニカ」を霊名(洗礼名)に薦められたいきさつがありました。私には親しみのある聖人です。
最初に丘の上にある博物館に寄れば、そこに往時のカルタゴ再現画像があるので、それと現在の地形を照らし合わせつつ散策することができてグーです。
フェニキア繋がりでいつかレバノンにも行って欲しいなぁ、なんて勝手なことまで申す始末(笑)