
久しぶりに衝撃を受けた1冊でした!
根本的なところで自分は時代を分かっていなかったのか?
本書の説明を読んでいるうちに、うう~む、なるほど・・・とそんな馬鹿な考え方ってあるの?って思いながらも不可解な現象の説明に妥当性がありそうで今後の日本の将来像に暗澹たる気持ちにさせられました。
NHKスペシャルの「縮小ニッポン」の絶望感を上回るくらいの将来性の無さですね。この衝撃は!
もしこの解釈が正しければ、これからの日本はパラダイムシフトなんてもんではない、別次元の理解の仕方が必要な社会となり、将来像も全く違ったものになっていくことでしょう。
本書では大きく「学びからの逃走」と「労働からの逃走」が掲げられていますが、本書の中ではそれらの解説の途中で非常にショッキングが事実とそれに対する解釈が語られています。
例えば、『わからないことがあっても気にならない』。
文章を読んでいて知らない単語があってもそれをスキップして、そのスキップした事実を全く気にしないままでいられて、通常、何か気になる、ひっかかる、といった感覚の欠如が挙げられています。
女子学生が一番読んでいるファッション誌で統計をとり、誌面の分からない文字を調べていくと物凄い虫食い状態の文章になり、それをそのままで受け入れて平然としている事実があるそうです。
これはその人の現実世界の認識が虫食いの穴あき状態でなされていて、その穴を埋めていくといったことをしないでいられる、分からないという本来ストレスフルな環境にストレスを感じずにいられる、ということだそうです。
これって・・・もう普通じゃないレベルですよね!
そもそもの人間の言語能力からしても、英語とか外国の文章読んでてもそうですし、日本語でも自分の知らない分野の本とか読んでてもそうですが、知らない単語や知らない言い回しとかは、大量の文章を読んで何度か目にしていくうちに自然と前後関係からも否が応でも意味を掴んでいくものですが、そういった当たり前の行為すら行われなくなっている、ということですもんね。
いつの頃からか、TVとかを見ても物事を知らないことを前提に、かえって知らないから自分には関係無い、知らないから自分はそれに縛られない、的な愚かな発言をする人が増えていて、この人達は無知を恥ずかしいことだと思わないんだ。しかもそれを堂々と自慢気に話していて、その行為自体が自分が愚かであると公言している事実を認識していないんだと思っていましたが、それも含めて全て認識からスキップしているんですね。
驚愕の事実と著者の解釈が正しいのなら、驚愕の認識です。
あと・・・「不快」という貨幣。
著者が便宜的に定義している概念ですが・・・その貨幣経済(等価交換)の帰結として、『学力の低下は「努力の成果」』という有り得べからざる事実がその通りなら、日本はもう救いようがない感じがしてなりません。
そして、それは現在の日本人が子供の頃から経済合理性を学んだ成果が上記に繋がるというのが著者の説明なのですが、非常に興味深く、且つ絶望的な無力感に襲われそうになりますが、その一方で個人的には大いなる違和感を感じずにはいられません。
子供達が自分なりの価値尺度(経済合理性)で、学習や労働を評価し、合理的な対応をした結果というのですが、それはあくまでも短期的な一回限りの特殊な状況下での取引を想定した範囲でのみ有効な経済合理性でしかなく本来、経済学等で想定している経済合理性を持った人の行動とした場合、教育や労働は長期的なスパンの中で最大効用をあげるべき行動をすると規定され、子供であっても学習の放棄や割に合わない労働からの忌避の説明としては間違っていると思われます。
長期継続的な取引における経済合理性を首肯するなら、情報の非対称性や時間選好率、あるいは囚人のジレンマとかの観点を加味しないと、著者の説明は成り立たなくなると思いますが、著者はその辺、自分の都合の良い解釈としてしまっている点に問題がありそうです。
あとね、大学のシラバスについても学ぶまで分からないのだから、不要みたいな感じの話になっていますが、それもどうなんでしょうね? 大学生であれば、それこそ自己決定権を持っていていい思慮分別のある年齢だと思いますし、シラバスを参考にして、自分が関心(目的)を持って学ぶべき科目を選択するのは妥当な行為だと思います。
師を信じろって、言われても面識もないし、話したこともない人を信じるだけの合理的理由がありません。
オカルトで自分の将来に直結するかもしれない、勉強する科目を判断するにあたり、シラバスは貴重な判断材料だと思うんですけどね。
大学生と中学生、小学生を同列に扱うこと自体に無理を感じます。
勿論、著者が言いたいことは現在の若い人に共通な背景にポイントを置いているのは分かるのですが、それこそ、どこまでを保護者や周囲の教育関係者、世間の人が面倒をみるのか、パターナリズムの問題かと思います。
昔、大学生の頃に「校則と自己決定権」とかで卒論を書いたのを思い出しちゃいました(笑)。
著者はパイプラインからこぼれ落ちる人達に対しても、積極的に関与して、おせっかいも含めて社会全体で面倒をみていくべきと主張されていますが、そこも私的には大いに疑問を感じます。
著者の憲法論まで出して教育とかを語られるのですが、それであれば、当然、そこで法律的に規定された範囲を超えた部分での論拠はどうなるのでしょうか? 当然、法的担保は無いはずです。
本書には、目を見張るばかりの非常に衝撃的な事実と思わず納得してしまいそうな解釈が書かれていて大変勉強になるし、現実認識に際して鋭い視点を示されていて大変示唆にも富む内容なのですが、その一方で法律論、経済論としては都合の良い部分だけをつまみ食い的に解釈している部分も散見されます。
その辺が本書を読む際に注意しないといけないかもしれません。
決して本書で書かれている内容は鵜呑みにはできません。解釈もところどころ、妥当性を欠いているのも事実だと思います。しかし、それらを踏まえても物凄い衝撃を受ける内容だと思いますし、私は大変参考になりました。
これからの日本を理解するうえで、実に興味深く示唆に富む内容だと思います。
私的にはお薦めですね。但し、本書を適切に生かすには読み手側にもそれなりのものが必要になってくるとは思いますが・・・じゃないと本書に流されます。そこんとこ、注意!
先ほど、少し書いたこぼれ落ちた人に手を差し伸べる対応策についても、その方が費用が安く済むといいますが、それはその範囲に絞った限りでは確かに経済合理性があるのでしょうが、国民感情として受け入れることが出来るとは思えません。
まして進んで自己決定の結果としてその現状があるのであれば、その人達よりも更に優先して国家が福祉政策として対応すべき対象者がいるかと思います。
なんか目についたところだけ、対応しようとして、その局所的範囲で経済合理性を出しても大いなる違和感を覚えずにはいられません。何故、他の対象ではなくその対象が優先されるのか、優先することにより、大局的にどんな長所があり、それが国家としてより好ましいものになるのか、その辺の説明は本書ではされていません。
その辺はアロケーションの問題になりますが、著者はいささか恣意的に経済合理性を出されているようでここも私的には納得がいきませんでした。
ただ、将来も含めた現在の状況に対して、何らかのアクションをしていこうという提言は有りだと思います。そういったものも含めて、久しぶりに考えさせられる本でした。
【目次】
第1章 学びからの逃走
(新しいタイプの日本人の出現、勉強を嫌悪する日本の子ども、学力低下は自覚されない、「矛盾」と書けない大学生、わからないことがあっても気にならない、世界そのものが穴だらけ、オレ様化する子どもたち、想定外の問い、家庭内労働の消滅、教育サービスの買い手、教育の逆説、不快という貨幣、生徒たちの意思表示、不快貨幣の起源、クレーマーの増加、学びと時間、母語の取得、変化に抗う子どもたち、「自分探し」イデオロギー、未来を売り払う子どもたち)
第2章 リスク社会の弱者たち
(パイプラインの亀裂、階層ごとにリスクの濃淡がある、リスクヘッジとは何のことか?、三方一両損という調停術、リスクヘッジを忘れた日本人、代替プランを用意しない、自己決定・自己責任論、貧しさの知恵、構造的弱者が生まれつつある、自己決定する弱者たち、勉強しなくても自信たっぷり、学力低下は「努力の成果」)
第3章 労働からの逃走
(自己決定の詐術、不条理に気づかない、日本型ニート、青い鳥症候群、転職を繰り返す思考パターン、「賃金が安い」と感じる理由、労働はオーバーアチーブ、交換と贈与、IT長者を支持する理由、実学志向、時間と学び、「学び方」を学ぶ、工場としての学校)
第4章 質疑応答
(アメリカン・モデルの終焉、子どもの成長を待てない親、育児と音楽、高速化する社会活動、師弟関係の条件、教育者に必要な条件、無限の尊敬、クレーマー化する親、文化資本と階層化、家族と親密圏、新しい親密圏、ニートの未来、ニート対策は家庭で、余計なコミュニケーションが人を育てる、付和雷同体質、相手の話を聴かない人々、時間性の回復策、身体性の教育)
下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)(amazonリンク)
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