2007年07月22日

「日本の面影」ラフカディオ ハーン、(訳)田代三千稔 角川書店

日本名、小泉八雲。「怪談」等で有名な作家であり、私も子供時分に読んであの奇妙、且つ独特な風情を有する日本情緒を感じたものであるが、本書は読んだことがなかった。

本書は、一冊の本の翻訳ではなく、複数の本から翻訳者の視点で選んだ幾つかの小編を訳してまとめたものという構成をとっている。日本という異国に来て記した紀行文であり、随筆であり、文化論であり、単なる覚書でもある。

ラフカディオ・ハーンが残した雑多なメモであるかもしれないが、本書の中に描かれる『日本』は私達の郷愁をそそる在りし日の幻影としての『日本』であり、どこか実際とは異なる、御伽噺に出てくるような噂や想像上にしか有り得ないような『日本』でもある。

全く自分の慣れ親しんだ価値観や常識が通用しない『異国』。そこに迷い込んだ異邦人である自分を強烈に自覚しながらも、自分の知っているのとは全然違っているにも関わらず、冷静に観察することで気付くこの国独自のルール《日本の常識》。

あまりにも他人を思いやり、表面的には控え目ながら、己が美学(or 道徳)を貫く為には、自らの命さえ賭してしまう強い自負心。等々、異国にいるという異様に高揚した精神のみが生み出し得たある種、架空の『古き良き日本』が表現されています。

ハーン自身の過剰なまでに繊細さと、異国での精神的高揚の相互作用で描かれる『日本』の姿は、実に、実に美しい。夢幻的ですら有り得るでしょう。日本人が百万言の言葉を費やしても描けないその姿に、私はすっかり魅惑されてしまいました。

例えば、こおろぎや鈴虫に関しての日本の習慣&自らの飼育経験をここまで書いている本は過分にして見たことがありません。私も鈴虫は幼少時飼っていたことがあり、近所のおばさんがツボに入れて何世代にもわたり生育していた一級品を分けて頂いたことがありましたが、冬を越す事ができませんでした。

あれって、数日おきに押入れから出して霧吹きで土を湿らせたりと細かな世話が必要んですよねぇ~。本書を読んで鮮烈なイメージと共に過去の記憶を呼び起こされたりしました。

勿論、それ以外にも地方それぞれに伝わる盆踊りや夏祭り。経験しても文章としてここまでのものは私には書けません。外人故の新鮮な視点という以外の何かをハーン自身が持っていなければ、絶対に生まれない文章です。まさに文体(スタイル)が傑出している作品でしょう。

あまりにも文章が素敵なので、ふと疑問が浮かんだのですが、これって翻訳者が異様にうまいということもあるのでしょうか? 訳者は田代三千稔という方です。その辺をはっきりさせる為にも一度、原書を読んでみてみたいと強く思いました。だって、あまりにも日本語の文章が素敵なんで。

先日読んだ「東京の下層社会」と描かれているのは、ほぼ同時期ではないかと思うのですが、とても両者が同じ時代だとは信じられません。もっともそれがえてして真実の実像なのでしょうが・・・。

とにかく「美しい日本」に触れたい方にはお薦めです。是非、本書の中で描かれた日本に行ってみたいと願わずにはいられません!!

【注】本書はいろんな翻訳者によって訳されています。翻訳者が変われば、全然違った感じの文章になることはよくあることです。従って他の翻訳者の本については、その本を読まれた方の書評を参考にされることをお薦めします。老婆心ながら。
ちなみに私が読んだのは角川の復刊文庫の奴です。
【目次】
東洋の第1日
盆おどり
子供の霊の洞窟―潜戸
石の美しさ
英語教師の日記から
日本海のほとりにて
日本人の微笑
夏の日の夢
生と死の断片
停車場にて
門つけ
生神
人形の墓
虫の楽師
占の話
焼津にて
橋の上
漂流
乙吉の達磨
露のひとしずく
病理上のこと
草ひばり
蓬莱
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posted by alice-room at 01:00| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 海外小説A】 | 更新情報をチェックする
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