2007年07月24日

教皇のラテン語ミサ許容に反応さまざま

【世界キリスト教情報第862信より、以下転載】
【ローマ=ENI・CJC】教皇ベネディクト十六世が、ラテン語ミサをより広く使用することを認めるとの決定を7月7日公表した。伝統主義者との分裂を修復する可能性を開くものとして歓迎される一方で、教会内に新たな分裂を生じかねない、との批判も招いている。
 「教皇は教会の中の痛みを伴う傷を癒そうとした」と、バチカン(ローマ教皇庁)文化評議会議長のポール・プーパール枢機卿は言う。教皇の決定が、破門された故マルセル・ルフェーブル大司教の支持者との和解を促進するの役立つよう望む、と7日語った。
 ルフェーブル大司教は、第二バチカン公会議(1962~65)が採択した変革、特に現地語によるミサ執行に反発、独自組織『聖ピオ十世会』を結成して破門された。「教皇の態度がルフェーヴル師の追随者に受け入れられることを願う」とプーパール氏が語った、とローマ紙『レプブリカ』が報じている。
 教皇は、司教に宛てた書簡で「教会の核心部分での内的な和解」を期待する、と述べた。
 『聖ピオ十世会』の第3代総長ベルナール・フレー司教は、ミラノの新聞『コリエーレ・デラセーラ』で、「正しい方向への一歩。歴史的な日だ。ベネディクト十六世に感謝する」と教皇の発表を評価した。
 一方、典礼の専門家ルカ・ブランドリーニ司教は、教皇の指示に涙をこらえたとして、「今日は私には嘆きの日だ。司教であるから教皇に従うが、第二バチカン公会議の最も重要な改革の一つが棚上げされることに悲しみを隠すことができない」と述べた、と同紙は報じている。
 司教への書簡で、教皇は、ラテン語ミサが広く行われることは第二バチカン公会議の権威を損なうという指摘を「根拠がない」と否定した。
 今後、信仰団体は、ラテン語ミサの執行を教区司祭に要求出来る。これまでは司教の承認が必要だった。
 20カ国以上で活動している『私たちが教会』運動は、カトリック教会改革を推進してきたが、今回の決定を「教皇は、第二バチカン公会議と相容れると言ったが、事実上、それに反対している」と声明で指摘した
先日、引用した記事と重複する内容ですが、ちょっと違うことも書かれているので。やっぱり諸刃の刃だったようですね。バチカン内部での対立もかなりの大きな亀裂として表面化しそうです。

まあ、「3人いれば、派閥ができる」というくらいですし、それぞれの方の信念というか生き方自体、全存在に関わることでしょうから、生易しいものではないのでしょう。

でも、生の歴史も実に興味深いですねぇ~。心からそう思います。


posted by alice-room at 00:40| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 【ニュース記事A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
正直な話、ラテン語の典礼が本来の価値を復活させ、教会の権威を上げるとは思いません。

しかし、これだけネットなどを通じて情報が行き交う時代ですから、ヴァチカンを中心として積極的に地球の果てまで、直接働き掛けて行くことが可能となったのではないでしょうか?

その点からも前任者と対比するのでは無くて、それを継続させていると考えても良いのではないでしょうか。
Posted by pfaelzerwein at 2007年07月24日 01:59
pfaelzerweinさん、こんにちは。
>正直な話、ラテン語の典礼が本来の価値を復活させ、教会の権威を上げるとは思いません。

はい、私も同感です。ただ、私の勝手な思い込みで言うならば、あえてそれを復活するという明示的な指示には、バチカンがどういった方向性を目差していくのか、という示唆があるように思いました。

>その点からも前任者と対比するのでは無くて、それを継続させていると考えても良いのではないでしょうか。

おっしゃる通りだと思います。確かに前教皇は在位期間が昨今では異例に長期であった為、私なんかもややもするとすぐ比較しちゃいますが、そういう見方は歴史の流れを見誤るかもしれませんね。

バチカンはおそらくバチカンのままであるだろうし、どんな組織でも一朝一夕で変わるものではないかもしれません。継続している点と同時に、変わっている点、それぞれを見ないといけないかもしれませんね。

国際政治との絡みからも、その動向はやっぱり気になってしまいます。コメント有り難うございました。
Posted by alice-room at 2007年07月25日 15:52
ラテン語の典礼(トリエント・ミサ)は、第二バチカン公会議で廃止されたりした訳ではなく、今までもラテン語が首位を占めていることに変わりはありませんが、基本的には自国語でミサを行うことになりました。
ただ、制限を緩和してラテン語のミサを行いやすくなるということです。

「改革の一つが棚上げされる」ことも、「教皇は、第二バチカン公会議と相容れると言ったが、事実上、それに反対している」ということもありません。

ラテン語ミサは400年位しか歴史がありませんが、カトリック教会には2,000年の歴史と伝統がありますので、自国語ミサは「よりカトリックの伝統」を守ることはあっても、損なうことは無いため問題ありません。ですからラテン語ミサによって守旧派呼ばわりされるのはおかしく、逆に頑なにラテン語ミサを拒むほうがおかしいのではとおもいます。

第二バチカン公会議もトリエント公会議も同じ権威でもって決められましたので、片方だけ支持や反対をすることは成り立ちませんし、ありえません。ですから、聖ピオ十世会のように自国語ミサを頑なに拒むのもおかしなことなのです。聖ピオ十世会は異端以外の何物でもありません。

また、ローマ典礼が首位を占めると定められてはいますが、帰一教会のように独自の典礼を用いることも認められていますし、カトリックには「多様性」があります。もっとおおらかに議論などをしてもらいたいものです。


Posted by しょうたろう at 2008年05月02日 21:06
しょうたろうさん、こんにちは。
ラテン語のミサの情報どうも有り難うございました。

ただ、この手の話は同じ内容でも人によって理解や表現が異なる場合が多く、私自身がキリスト教関係者でもないので、不案内の為、一般論としてしか内容を理解できておりません。

逆に公式のサイトや一般に入手可能で公的な立場で出されている出版物などで論拠を示して頂くと大変勉強にもなりますし、参考になります。

また
>聖ピオ十世会は異端以外の何物でもありません。

この点も普通の人にはよく分かりませんし、私にもよく分かりません。

>また、ローマ典礼が首位を占めると定められては
>いますが、帰一教会のように独自の典礼を用いる
>ことも認められていますし、カトリックには「多
>様性」があります。もっとおおらかに議論などを
>してもらいたいものです。

一般人の感覚からすると、どこままでが多様性で、どこからが異端なのか、理解できないでしょうし、上記の流れでおおらかな議論とおっしゃられるのも正直、通常では理解されないと思われます。

特定の宗教について、偏向せず、寛容であることは大切だと思います。但し、それはどの立場からも平等でなければならず、相当距離を置かないと難しいと思います。

私は、あくまでも一般論としてこのブログ上では採り上げていきたいと思っていますし、明確な間違いは訂正していきたいと思いますが、引用している記事自体についてはこちらのブログではなく、それを書かれている新聞社等へ意見を述べられた方が宜しいと思いますがいかがでしょうか?
Posted by alice-room at 2008年05月05日 13:33
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