2005年07月10日

カルタゴ、其の一 ~チュニジア(6月29日)~

チュニスからメトロに乗り、チュニスマリーン駅というところでTGMという電車に乗り換えて30分ほど。車両は一等と二等があるのだが、値段ほど席は変わらない。唯一の違いは混むか混まないかに過ぎない。まあ、どうせ安いから一等にしておく。が、しかし・・・あれ?切符を見ると「2」と書かれている。フランス語でちゃんと一等と言ったのに二等の切符ジャン。電車がもう出ようとしているので、面倒なのでそのまま二等に乗り込む。お金が浮いたと喜ぶべきか、フランス語が通じないのを悲しむべきか? まもなく座れたので結果オーライだが、車内は結構、混んでいる。車内には風が入り、冷房はないが、それなりに快適だ。やがて小説「サランボー」にちなんだサランボ駅で下車。

いよいよ、念願のローマ遺跡かと思うと、意気揚々と向かう。この辺りには、ローマ征服以前のカルタゴ人の遺跡トフェやカルタゴの軍港、アントニヌスの共同浴場等々、たくさんの旧跡があるが、歩いても所詮は6キロ前後。余裕だぜい!ってな気持ちで一番端のトフェから回るべくスタート。

なんか地図からだと駅からすぐみたいに書いてあるけど、相当距離あるよ~。道を尋ねるとみんな親切で教えてくれるのだが、なかなか目的地につかない。日がドンドン高くなり、暑さが増すにつれ、正直参ったなあ~と思い始める。日本から持ってきた「地球の歩き方」では、地図が小さ過ぎて全く役に立たない。先日、テュニスの観光局で事前にgetしておいたMAPがとっても役に立ちました。道を尋ねるのにも、これぐらい詳しくないと使えない。チュニジアに関するガイドブックって日本では見つからなかったので、嫌いなんだけどこれを購入したが問題あるなあ~。

トフェ散々、歩き回りようやくトフェに辿り着く。入口にはまたもや大型のバスが連なり、たくさんの観光客を吐き出していた。まあ、ここは小さな場所なんですぐに人はいなくなってのんびり見れたんですけどね。ここはローマ軍に滅ぼされる前のカルタゴ人の聖域でタニト神という古来の神を祀っていた場所です。

幼児の焼かれた骨がたくさん見つかり、いけにえに捧げたのではないかという説がでて、有名になったところでもあります。でもね、事前の期待が大き過ぎたんだと思うけど、とくに何があるというほどでもない。石に刻まれた墓石のようなものがすこ~しまとまって立ち並んでいる。ちょっと期待外れで、え~ってな感じでした。もっと巨大な神殿のようなものを想定していたのである意味、愕然としてしまいました。バスで来た観光客はひとしきりパチパチ写真を撮ると30分もせずに、バスに戻っていくのも分かるなあ~。幾分、悲しかったです。

絵葉書より、現在のの軍港跡
絵葉書より、当時の復元図

で、そこからカルタゴの軍港のあったところへ。実はトフェに行く前にここの前で行ったり来たりしていて、既にお馴染みになってしまった感も。当時は、人工的に円形になるように湾をくりぬき、200隻以上の船が停泊できるようになっていたそうです。そして、岸には倉庫が立ち並ぶ、まさに海洋国家カルタゴの面目躍如たる壮大さ・機能美だったんでしょうね。今見ると単なる浮島みたいに見えますが、復元図(上記参照)はなかなかに立派でした。

パレオ・クリスチャン博物館。ここ何にもないよ~。おまけに付属の博物館は「修理中」と紙が貼ってあってcloseなんだもん、ドツボ。私以外は誰もいないし、誰もここに至る道歩いていない。

白亜の邸宅に咲き誇る花々

で、ここからカルタゴ博物館までの歩きが地獄だった。歩いて数100mと思ったが、トンデモナイ。行けども行けども着かない? あとね、歩くと分かるけど、この辺りは本当に&本当に大金持ちの方々の住居(高級住宅街)。真っ白な大邸宅が丘沿いに高くそびえ、緑の木々と色鮮やかな花々が咲き誇る。あちこちに上の階の方にデッキチェアが見え、お手伝いさんらしき人が水を撒いたり、雑事をこなしている。なんか別世界ですよ~。

道が分からなくてあちこち道を曲がっていくと、行き止りに(どうやら、家の玄関までの私道らしい)。疲れて泣きたいような気持ちになったが、何気にチュニジアのお金持ちの家が見れたのは良かった。普通に3階建て以上の白亜の豪邸らしきものがあちこち立っている姿は、なかなか壮観でした。不審者に間違われ、立派な門構えの中にいるお犬様に吼え掛けられたりはおまけですが(ううっ、確かにサングラスで怪しいかもしれないけどさ、チェ!)

これは本当に苦労してカルタゴ博物館へ。カンフーを習っているという若者達(私もそのつもりだが)に途中まで道案内してもらいながら、ようやく辿り着いた!有り難う、カンフー青年達(メディナでもカンフーを習っているという人がいたが、チュニスではカンフーブームなのかも?日本人はカンフーじゃなくて空手なんだけど・・・まあ、一緒に見えるか)。

で、そのカルタゴ博物館のすぐ隣にあるサン・ルイ教会を先に見る。十字軍参戦中に没したフランス王が葬られているのだが、どうだろう。見る価値があるとはいえないように感じた。

【追記】
カルタゴの軍港跡と復元図を絵葉書から追加UPしました
posted by alice-room at 22:49| 埼玉 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 【旅行 散策A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あら、事前にトフェ期待させすぎちゃいました?
個人的には、鎌倉のまんだら堂と似た雰囲気があって好きなところなんです。まぁ、あの墓石みたいなやつらも、あんな風に綺麗に並べてあるから墓石らしく見えるのであって、配置なんてテキトーなんですけど(笑)
港はそれなりに気に入って下さって嬉しいです。
あと、お写真を挙げて下さって嬉しいです。二年半前の記憶が今鮮やかに・・・
Posted by マユ at 2005年07月11日 00:02
alice-roomさん、こんばんは
へー、フローベールの小説にちなんだサランボ駅があるのですか!なんだか、それだけで楽しくなります。トフェの写真を見ると、本当に墓石のようですね。そのような場所に、タニト神は、かつて、どのように祭られていたのでしょうか。
延々と歩き回られたようですが、ご苦労様でした。何か、カフカの「城」みたいですね。しかも、お犬様に吠えられるというおまけ付きでしたし。でも、そんな苦労自体も楽しまれているみたいですね。


Posted by lapis at 2005年07月11日 01:35
マユさん>いえいえ、私の中でずっとカルタゴ、カルタゴっていう頭の中のイメージが昔からあったので、ちょっと拍子抜けしちゃったんです。大国ローマと闘う大海洋国家ですから、さぞかし大きいんだろうって(笑顔)。あの軍港は凄いですよね。今の港湾利用計画にもきっと負けてないと思いますよ~!

lapisさん>そうなんです、フローベールの小説のモデルがまさにこのトフェなんだそうです。本当は旅行に行く前に、読むつもりだったんですが、読み損ねてしまいました。おいおい、読みたいとは思うんですが・・・。とりあえず、苦労はしましたが、記憶に残る旅になりました(笑顔)。まあ、旅なんて失敗と偶然の産物ですから、あまりクヨクヨせずに元気でやってきました。
Posted by alice-room at 2005年07月11日 03:02
カルタゴっていうと、その名前は、あのローマを震撼させた・・地中海の覇者みたいな感じですから
テレビなんかで見るだけでも、ちとガッカリはしますよね
ただローマが征した時点で 既に骨抜きにされていたのかと思いますよね
古今東西 栄枯盛衰ってのは ありますけど
海洋系とか 遊牧系の所は あまり建造物なんか残してなかったりするので
その勢力の強大さと比例してないのか
それとも 定住型の文化から見て、その機動力が脅威だったから誇張されて伝わってるのか・・
Posted by 印南野きつね at 2005年07月11日 20:28
印南野きつねさん、ですよねぇ~。征服された時点で徹底的に焼き払われ、跡形も無く壊された後、しばらくの間は何人も近づいてもいけない土地だったそうですし。前政権や前王朝のものは何物をも残さないっていうのは、よくありますよね、歴史上では。今、カルタゴで残っているのはほとんど征服者ローマのものだそうです。
Posted by alice-room at 2005年07月11日 23:27
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