
オタによるオタの為の本ですね。美術品でもある彩飾写本のコレクターだから、マニアといった聞こえはいいかもしれませんが、本質的には同じ事です。
おそらく写本とかに興味がない人にとっては、金と手間暇かけてよくやるよなあ~と呆れる所業なのでしょうが、少しでも興味がある人ならば、尊敬と同時に、軽く妬みたくなるくらい羨ましい経験をしている方の趣味に関するお話の本です。
著者の本業はお医者さんなのですが、ご自分で書かれている通り、美術関係の仕事に就くか二者択一で悩むほどの美術好き。特に「ゴシック大聖堂が一番好き!」とおっしゃられている点など、それだけで私なんかは、お仲間かと勝手に喜んでしまいました(笑)。勿論、私なんかよりもはるかに勉強熱心で情熱を持っておられる方なんですけどね。
ゴシック美術の中でも、彩飾写本に特に関心を持ち、完本は資金的に難しくても一枚だけの写本が十分に美術品として評価される点や、通常の本は閉じると中が見れなくなってしまうという美術品としての価値に矛盾することに対して、一枚物は常に鑑賞ができるという点から、収集を開始されたそうです。
著者は、最初はパリの古書店や古美術商で購入していたのですが、やがて全ての一級品が集まるロンドンの専門古書店やオークションへと舞台を移していきます。
実際、著者が所有していた一枚が後にバチカン図書館所蔵の一冊の中のものであったことが分かり、まさにコレクター冥利に尽きるような話がドンドン出てきます。うがった見方をしたら、自慢ではあるんでしょうが、著者の人柄が決してそんなふうに感じられず、素直に「凄いなあ~」「羨ましいなあ~」と思ってしまいます。と同時に、それにまつわる故事来歴が大変興味深いんですよ~。
一流の美術品なら、当然それ相応の履歴を有しています。誰が誰に依頼して作成され、相続や売買、贈与などを通じて所有者が移転し、オークションなどを経ていれば、その時の作品状態や価格などの情報も含めてついてまわるものですが、本書で挙がったその一枚も調査してみると、しっかりとどのような経緯で流出して、著者の手に届くに至ったかも判明してきます。実に、実に興味深いです(笑顔)。
本書の中では、他にも面白い記述がたくさん出てきて、お好きな人にはたまらないものがあります。例えば、慶応大学が購入したグーテンベルクの42行聖書ですが、あれをオークションで落札した丸善は7億円を払ったそうですが、所有者が金策に困っていて通常の半額程度で落札できたとか、私の知らない世界なので実に楽しい♪
あと、私が先日購入した時祷書「The Hours of Catherine of Cleves」を初め、非常にたくさんの中世写本を所有しているモーガン・ライブラリーですが、本来は他の美術品と一緒にメトロポリタン・ミュージアムに寄贈したんだそうです。しかし、当時は彩飾写本への評価が低く、受け入れを断られたんだとか。その為、写本だけを別に保存する為に作られたのがモーガン・ライブラリーらしいのです。
メトロポリタンももったいないことしてますね。もっともそのおかげか、そのせいか、モーガン・ライブラリーにはあれだけの写本が揃っているんだそうです。何故、あそこのあれだけの写本があるのか疑問に思っていたのでおかげで謎が氷解しました。
他にも研究者しか閲覧できないような写本を豊富な人脈を利用したり、専攻分野が入っていないがprofessorと大学名だけ入った身分証明書を見せて(研究者と誤解を期待しつつ)閲覧したりと、実に羨ましいのですが、まさにマニアならではの情熱がほとばしる行動をされていたりします。
いろいろな意味でオタクの鏡のような方ですよ、ホント! 後半の3章分ぐらいはつまらなかったですが、それ以外は、為になることや面白い情報が詰まっています。
写本好きなら、是非、読んでおいてもいいかも。日本人でこんなことをしている人がいるとは思いませんでした。いやあ~、私も自分の写本から作ったオリジナルテレカが欲しい♪ 著者は、名刺代わりに持ち歩いていたそうですが、きっと凄いインパクトあるんでょうね(笑顔)。
内容はGOODです。ただ、写本の絵は、口絵だけで後はほとんどありません。撮影が難しかったのかもしれませんが、その点は大いに残念でした。
【目次】中世彩飾写本の世界(amazonリンク)
彩飾写本とパリの古本屋巡り
五六〇年前の本
魔がさした教授と誤解した教授と間違えた教授
十四世紀の聖書の一葉
彩飾写本の生まれ故郷
ケンブリッジのパーカー図書館
ベラルド君
彩飾写本の旅
カタルーニャの中世美術
アメリカにおける美術の思い出
パリのカルチャーショック
フランドル絵画が辿った数奇な運命
青木繁の少女の「おもかげ」
関連ブログ
「The Hours of Catherine of Cleves」John Plummer George Braziller
「美しき時祷書の世界」木島 俊介 中央公論社
「中世の美術」アニー シェイヴァー・クランデル 岩波書店
「中世ヨーロッパの書物」箕輪 成男 出版ニュース社
「Les Tres Riches Heures Du Duc De Berry」Jean Dufournet
「ケルズの書」バーナード ミーハン 創元社
「本の歴史」ブリュノ ブラセル 創元社
プランタン=モレトゥス博物館展カタログ
「図説 ケルトの歴史」鶴岡 真弓,村松 一男 河出書房新社
「コーデックス」レヴ グロスマン ソニーマガジンズ
ヴァチカン教皇庁図書館、古文書をデジタル解析する共同研究で調印
単に綺麗な、というのを越えた偉大な彩飾写本は11世紀で終わったと思っているので見方が偏っているかもしれませんが、このクラスの写本が流通することはまずないでしょう(例外は『ハインリヒ獅子公の福音書』や『エヒテルナッハの黄金福音書』くらい)。知り合いの写本の専門家はこうしたクラスの写本の来歴をみれば誰が当時権力者だったかわかる、と言ってました。
現在、パリ国立図書館やマドリードの図書館はまず閲覧は無理、研究者も「ファクシミリがあるのだから」と言われるそうです。バイエルン州立図書館は申請すれば閲覧可能でしたが日時を指定するので閲覧は叶いませんでした。けれども、閲覧申込用紙を出して返事が来るまでの間、千年前に皇帝が制作を依頼し、中世を通じて最高の画僧の会心作である写本をみてよいのだろうか、という畏怖に近いものがありました。
そうなんですか、個人で買えるものというとやはり、一級品というのは難しいのですね。
>知り合いの写本の専門家はこうしたクラスの写本の来歴をみれば誰が当時権力者だったかわかる、と言ってました。
そうですよね、当時それほどまでに高価であり、まさに宝物の一種として大切にされてきたわけだから、時の為政者で無ければ所有することなどできなかったんでしょうね。納得です。
研究者でも閲覧は難しくなっているのですね。貴重な情報有り難うございます。
人類の宝とも言うべき文化遺産であり、宝物である貴重な写本を見ることができるのって、ある種、選ばれた者のみの特権であった訳でおっしゃられるような特別な感覚があるのって、なんか分かるような気がします。
でも、見てみたいですね! 本当に!
コメント有り難うございました。