
馬杉氏の本は、結構読んでいるものの本書は未読だったのでずっと読もうと思っていた本でした。先日エミール・マールの本を読んで、再び中世ゴシックに関する関心が湧き上ってきたので早速読んでみることにしました。
う~ん、馬杉氏の他の本に書いていることと重複する事が非常に多い。特にシャルトル大聖堂の本で既に詳述している内容を繰り返している部分が多く、あちらを読んでいると同じ本を読んでいるような気分になってしまう。
シャルトル大聖堂自体が中世ゴシックのまさに代表格であり、最初のゴシックといわれるサン・ドニとの密接な関連性からも当然ではあるものの、それでも重なり過ぎの感が否めない。
馬杉氏の著作の中で、本書の差別化できる特徴としては、サン・ドニのシュジェール修道院長の件や、ゴシック彫刻における最初とサン・ドニを認められるか等の考察などがあるが、同じ内容についてなら、前川道郎氏の本の方がはるかに詳しく、整理されているのでそちらの方をお薦めする。
ゴシックの図像やステンドグラスにおける『光』についても、同じく前川氏やエミール・マールの著作の方が本書と比べると面白い。
ただ、馬杉氏は当然それ以前の研究を踏まえて考察を加えられているので、エミール・マールの解釈も時代的な批判(=その後、判明した文献・資料などがあり、研究が進んだ成果による)も含めて問題点などを指摘されているのでその点は興味深いところがある。
また、大聖堂に床にある迷宮とそこに建築家の名前が遺された例を挙げて、中世は後のルネサンスのような自己主張がされない無名の人々による神への奉仕の時代という、従来の評価は誤りという指摘が著者からなされている。
エミール・マールなどはその著作で明確にルネサンスの嫌らしいほどの自己顕示欲の時代に対してある種、蔑むような態度を示し、対照的に中世のつつましい神への栄誉のみを称える時代を称賛しているいるが、それと著者の意見は、正反対のものだ。
私は、建築家の名前が記されている事例は知っていたものの、馬杉氏の主張には衝撃を受けた。私も中世こそ、俗っぽい自己顕示欲や『個人』主義がはびこるルネサンスとは異なる時代とずっと思っていたので。
確かに建築家の名前が残されているものの、私には、あれは神の栄誉を称える為の『奉仕者』としての栄誉であって、世俗の人々に対する自己顕示とは異なる感じがしてならない。う~む・・・? 実際はどうだったのだろう?
他の馬杉氏の本を読んでいる時には、あまり感じなかった違和感を本書ではところどころで受けた。これってエミール・マールの本を読んだ影響でしょうか? だいぶあちらから影響を受けてるかもしれない、私。
全体として、一般的なゴシックの説明がサン・ドニを中心にしてなされるが、サン・ドニ自体が数々の破壊・修正を経て製作当時の姿が明確に特定できない為、まずはその当時の姿を特定する議論にだいぶ時間を割かれている。
それ自体は、真摯な学究的な姿勢だと思うが、単純にゴシックの説明を知りたいなら、シャルトル大聖堂がまさに中世ゴシックのエッセンスであるし、現存する中でもっとも破壊や修復が少なかったものでもあるので著者の著作の中でなら「シャルトル大聖堂」を読んだ方がすっきりと明解な論旨で分かり易い!!
勿論、個別の大聖堂故に特化した内容ではあるが、十分に一般性を兼ね備えていると思うのでそちらがお薦め。「光の形而上学」等に知りたいなら、本書では説明が足らず、前川氏の本が一番分かり易いのでそちらをお薦めします。
それ以外にもいささか考察の内容が細かくて一般人には煩雑に過ぎるきらいがあり、段々眠くなってくるのでちょっと辛かったかもしれない。読んでて面白いところが少なかったのも残念でした。
そうそう、図版も値段が高い割に巻頭の口絵以外モノクロで不鮮明。全然説明が分からなかった。これは大いにマイナスポイントでした。
【目次】ゴシック美術―サン・ドニからの旅立ち(amazonリンク)
序
Ⅰゴシックの時代―時代背景
1ゴシックとは―その語源と背景
2大聖堂(カテドラル)の時代
3宗教界における新しい潮流
Ⅱゴシック美術の誕生―サン・ドニ修道院長シュジェールとゴシック美術
1シュジェール以前のサン・ドニ
2修道院長シュジェール時代のサン・ドニ修道院建築
3サン・ドニかシャルトルか―ゴシック彫刻誕生の問題
4サン・ドニ周歩廊の館sねい
5サン・ドニ修道院北袖廊扉口彫刻図像形成について
Ⅲゴシックの歴史
1ゴシック大聖堂に至るまでの聖堂建築の発展
2ゴシック大聖堂の変遷
3ゴシック彫刻の展開
4ステンドグラスの展開
5中世における色彩
Ⅳゴシックの図像
1大聖堂の図像学(大聖堂で表現されているもの)
2バラ窓の図像学、その意味と象徴性
3宇宙像としての大聖堂
4迷宮(ラビリントス)の意味―大聖堂の建築家たち
関連ブログ
「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房
「大聖堂のコスモロジー」馬杉宗夫 講談社
「パリのノートル・ダム」馬杉 宗夫 八坂書房
「黒い聖母と悪魔の謎」 馬杉宗夫 講談社
「ゴシックということ」前川 道郎 学芸出版社
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書
「SD4」1965年4月 特集フランスのゴシック芸術 鹿島研究所出版会
「ゴシックの図像学」(上)エミール マール 国書刊行会
「ゴシックの図像学」(下)エミール マール 国書刊行会
「ゴシック(上)」アンリ・フォシヨン 鹿島出版会
「ゴシックの芸術」ハンス ヤンツェン 中央公論美術出版