2005年08月16日

祟徳上皇(or 祟神天皇陵)にまつわる不思議な話

lapisさん のブログのお邪魔していた際に、マユさんが書かれていたコメントで思い出した話。

奈良を歩いていた時の話である。桜井の駅前にある商人宿に約1週間ほど滞在して、談山神社や飛鳥あたりをいつも通り適当に歩いていた時のことである。とある陵を発見したのだ。そこで私は奇妙な話を聞いたのだが…。その前に…。

さっきまで場所的には祟神天皇陵だったと思っていた。が、今ネットで画像を見ると、どうも脇を素通りした記憶があり、ちょっと違う。とすると、祟徳上皇の方でいいのだろうか? 記憶の中では祟神天皇と祟徳上皇がごちゃごちゃになってしまっている。

しかし、政権争いに負けて、島に流された後も紆余曲折ありがながら、最終的に国家転覆を図った人物というと、やはり祟徳上皇だよなあ~? 血で書いた経文も祟徳上皇でいいはずだし。だとすると、私が見て話を窺った陵はいずこに??? 香川県に祟徳上皇陵があるそうだが、明治になって京都に白峰神社を作り、そこで手厚く祀ったとのことだが…。

京都ではなく、奈良だった気がするのだが…。既に場所だけで、こんなにも不思議だったりする。祟徳上皇の呪いか? ん!? 誰か、単に記憶力がないだけとかチャチャ入れないように。

まあ、どこの誰の天皇陵かはこの際、問わないでおく。一応、上述した奈良のどこかでの話とする。何かの拍子で偶然見つけた天皇陵であった為、詳しいことを知らない。当時、好奇心旺盛であった私は、近くを歩いていた御婦人に声をかけて由来を聞いてみた。

人のいい御婦人は立ち話もなんだからと、単なる旅人を自宅に招いてくれた。涼しげな風がそよぐ中、冷たい麦茶を頂きつつ、お話を聞いてみると。どうやら、私を招待してくれたこの家は、代々その天皇陵をお守りしている家系らしい。確かに普通の家よりはやや大きく、田舎にはありがちだが、広い畳座敷があった。実はちょっとした儀式もここでするそうだ。

神主というよりは、氏子頭のようなもので宗教法人の認可もなささうだが、地元の人の信仰心に支えられて、昔から続けてきているそうだ。おそらく庚申講や子供だってたら天神講(菅原道真にあやかる講)みたいなノリなのだと思う。他愛ない天気の話や、南都銀行がやっぱり地元では一番頑張っている話、お子さんの話など、いつしか茶飲み話以外の何物でもなくなっていたのだが、ふと陵の方で音が聞こえた。

私が振り向いて、陵の方を眺めると、奥さんは何ものかを思い出したように話し出した。「ここはご存知かしら? ○○天皇さん(上皇さん?)の陵で、候補が他にもいろいろあって正式に認められてはいないみたいなんだけど、どういうお人だったか?」「何か、当時の政権に逆らって罪人とされてしまったんでしょう」

「ええ、いろいろと伝説にも残っている方なんですけど、そのせいでしょうか? たま~に変なことがあるんですよ」「変な事って?」

「真夜中にパキーンという甲高い音が聞こえてくるんです。人は冬にはなると、雪が枝に積もり、雪の重さで枝が裂ける音だと言うんですが、冬だけじゃないの。他の季節でもその音が聞こえるの」

一瞬、ポカ~ンとした私の顔を眺めながら、幾分、緊張が走った面持ちで奥さんは話を続けた。

「他にもね、変なことがあってね。こないだもね、ここに祀られている○○さんの事を調べてきたらしい人が、勝手に陵の中に入り込んでしまってね。もうずっと3日間も出てこなかったことがあったの。気味が悪いので、お巡りさんに連絡して来てもらうと、そこでテントを張っていたんだって、一人で三日間も。何してたのかしら?」

その時の事だけは、今でもはっきりと覚えている。確かに音がした。甲高い音が。即座に振り向いた私に、鳥肌がたった。奥さんの表情には、緊張の他にある種の驚愕の色が走った。何か話し過ぎてしまった、そんなふうに見えたのは私の錯覚だったのだろうか。一瞬の沈黙の後、「あらもう、こんな時間。お引き留めして申し訳なかったわね。」そう言った時の奥さんは、先ほどまでの打ち解けた感じとは何か異なっていた。

私も時計を軽く見ると、宿に帰らねばならないことを告げてそこをおいとました。最後に「気をつけてね。でも、なんか不思議よね。」その言葉がいつまでも耳に残った。目前にその陵がある。囲いがあって中に入れないのは、今は幸いだった。鬱蒼とした木々の中にこんもりした陵は、今も何者をも拒んでいる。否、それとも誘うのか人を。テントを張っていて人はどこかおかしかったそうだが、おかしいからそこに忍び込んだのか? 忍び込んだからおかしくなったのか? 

その疑問に心惹かれながら、奈良の夕暮れをよく分からないまま道を進んでバスを見つけて戻ってきた。宿に戻ってみたが、手元にあった観光マップには、その陵が記されておらず、今も私にとっては謎のままである。

何か特別なことがあったわけではないが、今もこうして思い出すと奇妙な感じに囚われるそんな記憶である。

【注】
御婦人が話した言葉は、そのままではない。奈良の言葉であったが、標準語で書いた。今となってはその意味さえ、うろ覚えの記憶に過ぎないことを述べておく。
確か、談山神社へバスで行った後のことだと思うが、これも怪しいものだ。それにも関わらず、ここに書いたのは私の記憶の中では事実である。


posted by alice-room at 21:31| 埼玉 ☔| Comment(10) | TrackBack(4) | 【その他】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
alice-roomさん、早速記事にしていただき、ありがとうございます。また、拙ブログもご紹介いただき感謝しております。
面白い怪談ですね。祟神天皇は、伊勢神宮の創始にかかわった天皇ですから、alice-roomさんのお話とは関係ないと思います。崇徳院も仰るとおり讃岐の白峰に祭られていたわけですから、違うと思います。正体不明なだけ、より怪談としてのリアリティーが増したような気がします。
幽霊繋がりということで、TBさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
Posted by lapis at 2005年08月16日 22:38
たびたび、すみません。崇徳院ではありませんが、共に保元の乱で挙兵した藤原頼長が、奈良で土葬にされたそうです。藤原頼長は、悪左府、宇治左大臣と呼ばれる人物ですが、「撰集抄」によると、矢に当たって死に、奈良の般若寺の五三昧に土葬されたそうですが、勅使による死骸実検のために墓を暴かれたそうです。
後に朝廷は、頼長の霊を慰め鎮めるため粟田宮(京都)を建て、崇徳院とともに祭ったそうです。
関係ないかもしれませんが、面白い話なので書きました。(笑)
Posted by lapis at 2005年08月16日 23:19
何の音だったのか知りませんが、音の根源を突き止めるよりも、何かの知らせと聞いた方がいいのか?山に硬い乾いた音が響くのですね?謎の陵というわけです。私は謎の散歩道を知っていましたが、私の好奇心が謎を解いてしまい、ただの散歩道になってしまった事があります。しかし正体不明というのも興味が出てきます。そういう話大好きですね(笑)
そういう体験、話は素敵です。私も昔の怪談話?を書きたくなったけど、ドイツは寒いからなあ。。(??)
Posted by seedsbook at 2005年08月16日 23:57
http://inoues.net/tenno/sujin_tenno.html
↑無断で貼ってしまいましたが、私が述べたのは奈良、柳本のここで、私も談山神社の帰り道に看板を見ながら素通りした場所です。
日本の歴史や伝承に極端に弱い私にとっては氏素性も知らない方なのですが、その看板をつい目で追ってしまって「あぁ、今呼ばれたな」という自覚があったことは確かです。
(※呼ばれた、というのはここでは悪い意味ではない)

alice-roomさんも「呼ばれた」人のひとりなのでしょう。その女性を通じて、お茶を振舞っていただいたのではないでしょうか。それはとてもすてきなことです。
Posted by マユ at 2005年08月17日 03:18
宮内庁が認めていないとなると、地図をさらっとみても「天皇陵」とは書いてないので、わかりにくいですね。
件のご婦人の所がそうかは測りかねますが、陵を守る家柄や、その周辺の集落には被差別部落も少なくなく、他の集落と区別され、関西でも特に奈良県は、そういう種類の部落が多かったのですが、先日の、蝦夷同様、ご先祖から受け継いだものを、なんとか朝廷、天皇と絡めることで守ってこられたのではないかな・・と思います。
それが、時代を経て、西洋でも、女神を信仰するのに、マリア信仰にすり替えていたのと同じことで、天皇さんそのものを信仰するようになったのかとも思われます。ですから、本質は、その儀式の中にあるのでしょうが、今や、だれも、その意味は分からないのでしょう。
また、将門塚、晴明塚、道満塚と同じことで、人気のある人は、勝手にあちこちで塚を築かれていたわけで、崇徳さんなら、どこで祀られてても不思議はないかとも思います。

私の父の実家は愛媛県ですが、「天皇」とう字を地図で見つけたので、
私が「近くに、天皇という所があるね」というと、
従兄が「あるよ」と言うので、
私が、その地名の云われを聞こうとしたら、
「知らん」と言われたのですが、微妙な雰囲気でした。
まだまだ近世的な雰囲気が残る地域なので、触れてはいけない・・ということなのかと了解し、その後は質問できませんでした。
関東方面には、その手の場所が少ないので分かりづらいかもしれませんが、そんな場所も、まだ少なくないからこそ、地元の人から、たわいない話とは言え、名所旧跡などと違い、体系だった話や、確かな物を見ることは出来ませんが、そのような場所では、より、人との一期一会が嬉しく感じられますよね。

Posted by 印南野きつね at 2005年08月17日 03:32
lapisさん>何がなにやら不明なままの記事で恐縮です。たいしたことでもないのですが、ちょっと不思議な感じがしたことを思い出したので、書いてみました。
藤原頼長のお話。墓をあばいてまでとなるのと、恨みがこもりそうですね。恨みから祟りをなしそうな人物は、全て神として崇めてしまう。日本のいつものパターン面白いです。祇園祭なども御霊会とかの一種ですし、日本も歴史の古い国ですから恨みが溜っていそうですね。

seedsbookさん>そうですね、謎をなんでも解明すればいいものではないかも?分からないものは、そのままでもね。ドイツの怪談も面白そう(=怖そう)ですが、暑くないと雰囲気出ませんか?(笑顔)

マユさん>情報有り難うございます。う~ん、どうなんだろう?あの陵の柵は見覚えあるんですが、他の陵でもああいう柵でしたよね。ちょっと途中の道のりが違う気もするし…???
写真にあった沼みたいなのを横目に通り過ぎた記憶はあるのですが、不思議な陵の方は、ちょっと小さな道を入り込んだところの突き当たりにあったような感じがします。
まさに、マユさんがおっしゃられる「呼ばれた」のかもしれません。品の良いご婦人で、それも含めてなにか白昼夢のような気がしています。貴重な経験ですね。
そういえば宿泊していた商人宿もずいぶんと古くから営まれていてようで、いささか薄暗い和室で部屋に鍵もなく、なんか時代離れしていたのを思い出しました。

印南野きつねさん>そうですよね、実際に宮内庁が認めていない陵なら、地元にそう伝えられているだけで裏付けのとれない「伝○○陵」はいっぱいありそうです。私が出会ったのは、その一つだったのかもしれません。偶然の出来事というのは、まさに一人旅の醍醐味でもあり、こういうのは嬉しい思い出です。
そうそう、うちの近くには「天岩戸」というものさえ、ある神社がありますよ。比較的新しく作られた神社なのに、これなんかは正直怪しいです(笑顔)。一方で、京都には、「八瀬童子」でしたっけ? 代々天皇家の棺を担ぐことをそのお役目とした人々がおり、明治時代には彼らだけ地租を免除されていたとか。こないだの大葬の礼でも、彼らは宮内庁に申し入れて、棺を担ぐ人びとの一部に加わっていたとか。歴史は多面的で、人びとが信じる数だけ歴史もあるのかもしれません。同じものでも立場によって語られる内容は異なりますし。
Posted by alice-room at 2005年08月17日 15:31
alice-roomさん、こんばんは
崇徳上皇について、記事を書きましたので、TBさせていただきます。自分の記憶を整理するために書いたので、多分、内容的にはalice-roomさんがご存じのことしか書かれていないと思います。メモ代わりにしていただければ幸いです。
それでは、よろしくお願いいたします。
Posted by lapis at 2005年08月17日 23:31
lapisさん、TB&整理、有り難うございます。もう私の記憶はごちゃごちゃなんで、これからお邪魔して頭をすっきりさせたいと思います。
Posted by alice-room at 2005年08月18日 00:44
不思議話シリーズ第一弾でTBいたしました。
Posted by seedsbook at 2005年08月19日 17:51
seedsbookさん&マユさん、TBどうも有り難うございました。きっとこの不思議な話が100続くと、なにやら不可思議な出来事が…。起こったら、面白いですね♪
Posted by alice-room at 2005年08月20日 20:01
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