2005年08月23日

「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房

sharutoru.jpgようやく求めていた本に巡り合ったという感じでしょうか? 先月初めてシャルトル大聖堂に行って、その素晴らしさに驚愕し、あれだけ素晴らしい建築やステンドグラスの事をもっと&もっと詳しく知りたいと思いつつ、資料を探していました。

ステンドグラスについては、そこに描かれる宗教画としての絵解きについて絶好の解説書をGETしましたが、ゴシック美術全般を含めてシャルトル自体についても詳しく知りたいという欲求は、この本でようやくある程度満たされました(満面の笑み)。一度でもシャルトル大聖堂に行って心の底から感動した人なら、きっとこの本の面白さ、素晴らしさを共感してもらえると思います。

逆に、本だけ読んでもたぶんそんなに面白くはないかも? まず、体験ありき! 説明はそれからですね。あくまでも私の勝手な考えですが、順序としては最初に一切の予備知識無しで、シャルトルに向かい、ひたすら大聖堂建築と、ステンドグラス、彫刻、塔からの眺望を楽しむ。それから、おもむろに本や解説書で個々の意味を一つ一つ理解しながら、もう一度見る。これがベストの楽しみ方ではないでしょうか? 最低でも半日はここの中で過ごしましょう。じわじわと神の領域に近づいているような錯覚(?)に浸れること間違い無し!! 

シャルトル大聖堂正面

さて、内容。シャルトルに関する基本的な事が盛りだくさんに入ってます。用語として「大聖堂」は大きな聖堂の意味ではなく、cathedra(司教の座る椅子)のある聖堂のことで、聖堂建築のうち、司教のいるものを大聖堂というそうです。実は…物を知らない私は、聖堂と大聖堂の区別って、大きさか何かとずっと疑問に思っていたので、これ読んで初めて謎が解けました(いやあ~笑ってやって下さいまし)。

西欧都市における中世の聖母マリア崇拝については、以前読んだ本で知ってはいたが、シャルトルが西欧のあらゆる国から、巡礼者を集めた聖母崇拝の中心地であることまでは知りませんでした。確かに、聖母の聖遺物あるのは知ってるけど。火災に際して、「聖母マリアの衣」という聖遺物を持ち歩いて寄付を募ったとか、日本でも秘仏の出開帳とかで資金を集めた話があるが、どこの国でも一遜ですね。

大聖堂内部

そして民衆が主導になってこれらの再建がなされたと共に、そこまでするの?って思ったことがありました。ローマ教会は、聖堂建築の責任者に対し、聖堂建設に協力した人々に免罪符を与える権利を認めていたそうです。人々は罪を贖う為に、十字軍に参加する代わりに、聖堂建設に協力すれば良かったんでそうです。これは、かなりの驚きですね。聖堂建設は、聖地奪回の聖戦に匹敵する行為だったわけです。う~む、あれだけの建築物が可能になる背景が納得行きますね。

他にも、なかなか素敵な情報が書かれています。歴史的には、そもそものシャルトルがキリスト教以前からの聖地であり、シーザーの「ガリア戦記」で「一年間のある時期みガリア(フランス)の中心地と思われているカルヌーテース(carnutes)族の領地の神聖なる場所に会合する。争いのあるものは、すべて各地からここに集まって僧侶の裁決を待つ」と書かれているそうだ。シャルトルの地名がこのカルヌーテースから来てるんだって。この神聖な場所に大聖堂が建っているのだから、そりゃ神聖に他ならないです。キリスト教の聖地がドルイド教における聖地のうえに教会を建てたものという話は、ここで当てはまる事実であったらしい。

また、この聖地には地下に泉があった。水は清め、浄化させ、新しい生命を与えるのみならず、治癒・豊穣をもたらすものであった。実はこの泉の歴史は、今も生きている。大聖堂外陣南側入口からクリプトに入ると「サン・フォールの井戸」と呼ばれる泉があるんだって。かつてたくさんの人々が、この地下の泉に病気の治癒を求めてやってきたが、17世紀にその崇拝を嫌った聖職者が井戸を埋めてしまった。1901年に再び発見されたそうだが、知らなかった!! クリプト入れるんだ。で、そこにそんなものが隠されていたとは…。うっ、絶対に&絶対にまた行かねばなるまい(堅く心に誓う私)。もし、これから行く人には是非、それがどんな泉かレポート希望(御辞儀)。

「柱の聖母」残念ながら、地下聖堂の聖母ではありません

はいは~い、お待たせしました。さらに出てきました地下聖堂の黒い聖母(上の写真は、残念ながら「柱の聖母」で違います)。キリスト教以前のドルイド教の時から既に崇拝されていたそうです。この本では、先ほどの聖なる泉。聖なる水の崇拝と結びついた大地母神との関連が挙げられている。大地と結びつくのは、やはり黒い土なのでしょう。その辺の説明もなかなか楽しい。

そして忘れてならないステンドグラス。王侯、貴族の寄進による他、ギルドによるものなど非常に多彩である。まさに市民による大聖堂であることは、その寄進者をみるだけでも明らかだそうだ。パン組合がもっともいい場所を占めているというのも、その勢力の大きさが分かるし、毛皮商などもだいぶ流行っていたらしい。

聖母

そもそも光によって神の持つ聖なるものを現そうとする時、一つはモザイクによる光の乱反射であるが、それはあくまでも南欧の強い光が必要とされる。そこで強い光が得られない北欧で解決策として採られたのが、外部の光を透過させるだけのステンドグラスであった。偶然ではないんですね。必然性があって選び取られた選択が、現在に至るこの美しさ、壮麗さを産み出しているんだそうです。

薔薇窓 

ロマネスク時代の「美は物質的美しさの中に求めてはいけない」から、ゴシック時代の「貧しき心は、物質によりて真実へと高まる」に変わっていく中で、まさにステンドグラスにより表現される神の光が、宗教的境地へと高まっていくのを実感します。あの場所で、あのステンドグラスと建築を見たら、そう思わずにはいられません。おそらく、誰しもが。

他にも描かれた彫刻についての説明や、ステンドグラスの絵解きなどまだまだたくさんあるんですが、とにかく、興味がある方は読んで損は無いです。シャルトルにはまってる方は、いますぐ買いましょうネ!(高いけど) 私には大満足の一冊でした。

欠点を挙げるとすると、入っている絵や図版が白黒なんで分かりにくい。これは是非ともカラーにして欲しかった。値段もそれなりにするのだからね。一見すると、ボリュームがありそうだが、文章はそれほど多くなく、面白いのですぐ読めます。今、もう一度この本を読み返しながら、シャルトルで撮ったデジカメの画像を見直してます。もっと、もっとたくさん写真撮れば良かった。そしてクリプトいき損ねたのは、悔しい~。リベンジを強く願う。

【追記】
そうそう、ユイスマンスの「大伽藍」ってこのシャルトル大聖堂だったんですね。ずいぶん前に読んでいたので読んだ内容が全然記憶になかった。改めて読んでみたいなあ~。どこにしまってあるかな???

シャルトル大聖堂―ゴシック美術への誘い(amazonリンク)
【 目次 】
I ゴシック美術の時代─シャルトル大聖堂の時代とその美術
1. ゴシックとは─その語源と意味
2. 西欧中世(美術)の再評価
3. 中世という時代─キリスト教の勝利
4. サン・ドニ修道院長シュジェールとゴシック精神
5. 大聖堂とは─都市の民衆の聖堂
6. 大聖堂で表現されているもの─「神の国」の実現
7. 大聖堂の建造を支えたもの─聖母マリア崇拝と都市の民衆
8. 大系としての大聖堂
9. シャルトル大聖堂の偉大さ
II シャルトル大聖堂
1. 聖なる地と泉─ボースの地とシャルトル
2. 謎の黒い聖母
3. シャルトル大聖堂の歴史
4. 聖母マリアの宮殿
5. ゴシック空間の演出
6. 迷宮─エルサレムヘの道?
7. 大聖堂の職人たち
8. キリストと旧約の王たち
9. 暦と月々の仕事
10. 聖母戴冠と美しき神
11. 最後の審判と人たち(道徳)
III ステンドグラス
1. ステソドグラス─神と光への賛歌
2. 光の美学の誕生と勝利
3. シャルトル大聖堂のステンドグラス
4. ばら窓─その意味と象徴性
5. シャルトル大聖堂の三つのばら窓
6. 寄進者たち─中世に生きる人びと
IV シャルトルの魅力
1. 古き町シャルトル
2. 巡礼─聖遺物崇拝と巡礼
関連サイト
増田建築研究所 HISTORY OF WESTERN ARCHITECTURE

関連ブログ
シャルトル大聖堂 ~パリ(7月5日)~
シャルトル大聖堂の案内パンフ
「フランス ゴシックを仰ぐ旅」都築響一、木俣元一著 新潮社
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書
「聖母マリア」 竹下節子著 講談社選書メチエ
「ステンドグラスの絵解き」志田政人 日貿出版社
posted by alice-room at 20:21| 埼玉 ☔| Comment(7) | TrackBack(0) | 【書評 建築】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いい本見つけましたね。う~ん読みたい。
やっぱりね。シャルトルは元から聖地でしたか。
まあ、大きい聖堂の立ってるところって、たいていそうなんでしょうけれどね。
ああ、私も行きたくなってきた。今忙しいからなあ。。。難しい。
Posted by seedsbook at 2005年08月24日 03:25
本当にここまで由緒正しき聖地だとは思いませんでした。ケルト以来、あるいはケルト以前からも聖地だったのかもしれませんね。
そして民衆が聖なる水を求めて集まるのを、異端の風潮として毛嫌いし、あまつさえ泉を埋めてしまう聖職者の行動もいかにも…って感じで本当に怪しさが増します。

日本でも井戸には聖なる力があると見做され、崇拝の対象となると共に、呪詛を書き込んだ人形(ひとがた)や木簡が井戸に投げ込まれていたりといろいろあるようで、シャルトルの泉の封鎖ににも何か隠れたエピソードがあったりして…?

この本を読んだら、シャルトルに通い詰めたくなりました。本当に。seedsbookさんがコメントに書き込んでくれたおかげで行く機会に恵まれて本当に感謝&感謝です! もっとも、そのせいで本をたくさん買う羽目に&また行きたい病にかかってしまいましたが…(笑)。

別にシャルトルは逃げませんから、仕事の暇が出来た時に、何年後にでもまた是非行ってみて下さいね。私も数年後にまた行ってみたいと思います。たぶん、その時はレンヌ=ル=シャトーとかマルセイユ(マグダラのマリアのお祭りがある)とかにも足を伸ばしてみたいです。でも、その前にあちこち行ってみたいところが。ドイツもまだ行ったことないし…。うっ、その前に仕事をなんとかしないと。
Posted by alice-room at 2005年08月24日 11:45
トラックバックをいただいたので飛んでまいりました。
夏休みに乗ったツアーでほんのほんの触りだけ行ってきました。正味20分ほどしか見られませんでした。
事前勉強も足りなかったので、alice-roomさんのブログを拝見して、また絶対もう一度個人旅行で行かねば!と感じます。
そうなるとフランス語もやらないと…(汗)
また、記事を拝見しにお邪魔します。
ありがとうございました。
Posted by YUMYUM at 2005年09月07日 14:28
書き込みが遅くなってしまいましたが、トラックバックありがとうございました。
いつもそうなんですが、何も勉強せずに行ってしまうので後になって「あれはそうだったのか!」と思う事ばかりです。
次回また行く際には、是非こちらのページを参考にさせていただきます。
Posted by ぽんゆち at 2005年09月07日 22:25
YUMYUMさん>私も行くまでは、あれほど素晴らしいものとは夢にも思わなかったので正直驚きました。たまたま一人旅でひたすら教会に浸ってしまいましたが、地下室のことまで知らなくて悔しかったです。私もまた行きたいです。コメント有り難うございました。

ぽんゆちさん>本当に、おっしゃる通りです。私も帰国したから慌てて調べ出しました。でも難しいですよね。事前にあまり知っていても感動が薄れてしまう時もありますし。一見、もったいないようですが、最初は何も知らないまま見て感動し、二度目は調べて行くのがベストかも? もっとも海外でなかなかそれは難しいですけど…。ここはそれだけの事をする価値があるかも?って思いました。コメント有り難うございました。
Posted by alice-room at 2005年09月07日 23:14
クリプトに行って来ました。
井戸は37メートルの深さで、これは塔の高さと同じなんですね。井戸の底は四角形で、ガイドさんによると、四角い井戸はケルトの時代からあるものだそうです。
クリプトには地下礼拝堂もあって、興味深い絵や像などあってお勧めです。
Posted by ポエラバ at 2006年09月26日 04:37
ポエラバさん、素敵な情報有り難うございます。やっぱりちゃんと井戸あるんですね。ケルト時代からの井戸ですかあ~、むむっやっぱり見に行きたい♪ 来年辺りには、がんばって再度シャルトルに行き、見てきたいと思います。
行く前にもう少し勉強せねば!!
Posted by alice-room at 2006年09月27日 00:37
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