2007年10月27日

中世キリスト教史上の謎「テンプル騎士団」の異端審問記録、700年を経て公開

中世キリスト教史上の謎「テンプル騎士団」の異端審問記録、700年を経て公開
【AFPより、以下転載】
ローマ法王庁は25日、14世紀に行われたテンプル騎士団(Knights Templar)の異端性を問う宗教裁判の史料を公開した。

「Processus contro Templarios(Hearing Against the Knights Templar、テンプル騎士団の異端審問記録)」と題されたこの史料は、当時のフランス国王フィリップ4世(King Philip IV)の命により1308年に南東部ポワチエ(Poitiers)で開かれた宗教裁判の議事録をまとめたもの。公開された文書は300ページで、中世ラテン語で書かれている。ローマ法王庁は複製版を799部限定、1部5900ユーロ(約97万円)で販売する予定だ。

 史料は、司教や枢機卿の会合用に使われているホールで報道陣や一般市民を対象に公開された。同庁の枢密文書館のSergio Pagano館長は、史料にはすべての裁判記録の複製が網羅されているが「特に目新しい情報はない」とする一方で、円筒形の巻物入れの「美術的価値」の高さを指摘した。史料には、法王クレメンス5世がテンプル騎士団の異端を「無罪」としたことで知られる文書「Chinon Parchment」も含まれる。

 テンプル騎士団は1119年、聖地保護と異教徒撃退のために創設された。聖地エルサレム(Jerusalem)が13世紀にイスラム教徒の統治下に置かれた後、騎士団はヨーロッパに逃れ、その拠点をフランスに置くようになった。

 1308年、テンプル騎士団の財産没収を狙ったフィリップ4世がアビニョン(Avignon)法王クレメンス5世(Clement V)に働きかけたことにより、騎士団の異端性を問う裁判が開始。法王クレメンス5世が「無罪」の判断を下していたにもかかわらず、39人の指導者が1314年に火刑に処せられた。騎士団は1312年に解散している。

 テンプル騎士団は、キリストが最後の晩餐で用いた「聖杯」の守り主として知られるほか、入会に際しての秘儀や、解散によって行方不明になった財宝を巡る謎に包まれ、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つとされる。
このニュースは既に採り上げたものとあまり違いはないが、テンプル騎士団の宗教裁判史料の複製版の写真が豊富にあるので紹介しておく。

templar5.jpg

限定出版される複製版の表紙。

templar1.jpg

templar2.jpg

封印の複製。

templar3.jpg

templar4.jpg

封印の複製。

関連ブログ
バチカン法王庁、テンプル騎士団の宗教裁判の史料を700年ぶりに公開


posted by alice-room at 21:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ニュース記事A】 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。