
いやあ~、薄い本なのになかなか素敵な情報がたくさん詰まっていて嬉しい本です。タイトルかして、私が好きそうな本であるが、いい加減な推測と適当な資料に基づく類書が多い中でその道の専門家がきちんとした資料を元にして、一般的な解説とそれについての自分の説を区別しながら、説明してくれている。こういうのは、どこからが通説でどこからが仮説か分からない素人の私にはとっても助かる。何よりも、この本を読んで興味を持った時に、次に読む本を選ぶ参考にもなるしね。
まえがきにも、この本の主題が正統派のキリスト教図像学にあてはまらない異質なものを対象にすると、はっきりと書いてくれているあたりも著者の真面目な姿勢が感じられて好感度が増す。先日読んだシャルトルの本でもしっかり書かれていたし、やっぱり信頼がおけるってのは頼もしいです(笑顔)。
【目次】目次とタイトルだけでは、よく分からないかな?具体的に魅力的な内容をコメント or 抜書きしますね。
1 悪魔の出現とその形態
2 ロマネスク美術と『黙示録』
3 右と左の序列―左は悪い方向
4 謎の黒い聖母像
5 『旧約聖書』伝壁画のなかの横顔像
6 目隠しされた女性像―シナゴーガ表現
7 「葉人間」の正体
8 怪物ガルグイユの象徴的意味
9 一角獣のタピスリーの意味
まず悪魔の図像的表現の出現について。
諸宗教同様、元来キリスト教も偶像崇拝禁止だったので当初は、悪魔の姿が描かれることはなかったが、最初に出てくるのはアイルランドのケルズ修道院の「ケルズ書」(800年頃)ではないかと書かれています。次にヨハネ黙示録の注釈書「ベアテゥス本」の写本挿絵の中に見られ、イスラム勢力(=悪魔)とのレコンキスタに明け暮れるスペインで「ベアテゥス本」が支持され、多数のコピーが作られた。その悪魔がまさしくモサラベ美術(=イスラム美術との融合の下に生まれたキリスト教美術)の表現であった。
モサラベ:イスラムの支配下にあって、彼らとの完全な同化に抗しつつ、伝統的な信仰や文化の保持につとめたキリスト教徒」こうして悪魔の異教的な姿は、イスラム影響下に諸宗教の要素を取り込んで成立した訳ですが、それを広めていった「ベアテゥス本」が広汎に受け入れられたのには背景があるそうです。まさに紀元1000年を迎える際、黙示録的な終末観が人びとの心を捉えていたが、1000年を過ぎても終末は訪れなかった。人々は歓喜して教会堂を建設し始めた。それがロマネスク美術であり、悪魔が教会建築に現われてくるようになったそうです。う~ん、勉強になるね!
黒い聖母について。
キリスト教において「黒」は夜、闇、疑い、罪を象徴的に表しており、本来、清純無垢なマリアには「白」が用いられるべきであるが、何故かしら黒い聖母が置かれている。その理由としてこれらの聖母の置かれている土地を挙げている。ル・ピュイ、シャルトル等々。全て古代のドルイド教の聖地であり、自然を崇拝する巨石、水と密接に関連した土地である。黒は、ケルト以来の豊穣や母性を象徴する大地であり、そこに奇蹟の黒い石信仰が結びついた中で生まれたとする説を著者は採っている。土俗の宗教をキリスト教が取り込んで、民衆を懐柔していく過程で生まれたのがこの黒い聖母であるという。
教会に描かれる旧約聖書。
旧約と新約の関係がいまいち、部外者の私には分からなかったがこの本を読んで少し蒙が啓けたような気がする。そのまま、本書より引用すると
「旧約聖書は、ヴェールに被われた新約聖書以外のなにものでもなく、新約聖書は、ヴェールの取り除かれた旧約聖書以外のなにものでもない。」(アウグスティヌス『神の国』より)だから、普通では描かれない旧約が描かれていてもいいわけなんだそうです。そんなこと意識したこともなかったので知らなかったけど、なるほど~って思いました。面白いですね、こういうの。
この文章の根源にあるのは「予型論(タイポロジー)」という考え方である。予型論とは「旧約聖書の人物・事物・出来事のうちに、新約聖書の、ことにイエス・キリストおよびその教会に対する約束予言を見出すこと」である。
グリーン・マン(葉人間)について。
そもそも葉人間の図像は、先ほどと同様に自然崇拝を行うケルト以来のドルイド教の影響が古代ローマの神と混交したものだそうです。そこにケルトの伝統であった「切られた頭」(彼らは首狩り族であり、戦場において切り取った敵の頭を神的な力が宿るものとして崇拝し、悪霊除けとして飾ったりした)と結びついたとする。また、「葉」は性的罪の象徴として同一視されていたそうで、魔除けと罪への戒めにより、葉人間が描かれたとする。
そしてこの人頭崇拝がガーゴイルにもつながっていく。但し、このガーゴイルについては、この本から以前作成した用語集に抜書きしたのでここでは、省きます。
ちょっと長くなりましたが、真面目に上記のようなことを知りたい方にはお薦めですね!何しろ入門書みたいなもんだし、新書で分量も手頃だしね。こういったので基本的な予備知識を得てから、いろんな本を読むといいかも? いきなり変な本読むと、誤解と偏見の土台に何を乗せても、まともな知識になりませんからね。本当に、シンプルだけど面白いし、良心的な本です。でもねぇ~、やっぱり新書。この本も絵が小さくて分かりにくい、というかわかんないのも結構ある。あと、省かれているところもあるけど、それは巻末にある文献を読むしかないね。でも、悲しい現実が。参考文献、フランス語ばっか。英語なら、少しは読める可能性も出てくるのだが…。やっぱりアテネ・フランセでも通わないと駄目かなあ~?
黒い聖母と悪魔の謎―キリスト教異形の図像学(amazonリンク)
関連ブログ
「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書
「大聖堂のコスモロジー」馬杉宗夫 講談社
同じ著者なのに、この本は全然私に合わなかった。感想がここのものとは対象的なほど異なるが、あちらを先に読んでおり、その時の印象だったので一応、ここにも紹介しておく。私に理解する能力が無かったのだろうか? 今読めば、もしかして感想が180度変わる可能性があるかも?
「シャルトル大聖堂」馬杉 宗夫 八坂書房
これは最高に面白かった!
「フランス中世史夜話」渡邊 昌美 白水社
「黒い聖母崇拝の博物誌」イアン ベッグ 三交社社
「マグダラとヨハネのミステリー」三交社 感想1
「聖母マリア」 竹下節子著 講談社選書メチエ
この本は、当たりなのですね。実は、これは僕の積読本の一冊です。(苦笑)
さっき、amazonをのぞいてきたら、この本も絶版で、コレクター商品で3,200円、ユーズド商品で554~1,200円の値段が付いていました。買っておいて良かったと思いました。(笑)
そうなんですか。。。面白いですね。
葉人間のエピソードも面白い。
黒いマドンナは土着的な感じですよね。
ますます興味が出てきてしまいます。(笑)
この手のって本当にすぐ絶版になりますね。全く困ったもんです。実は、最近の私は時々、アマゾンを覗いて、そのうち購入しようと思っている本がまだあるかチェックするようになってしまいました。で、そろそろやばそうな本で「あと1冊」とかとなったら、速攻で買っちゃうことにしてます。
後で読もうと思っているのに、買い急がされてしまいます。で、買っちゃうと安心してしまって、他の本を読んでしまう…そしていつのまにか本が未読のまま箱の中へ(これが怖い)。
難しいですね。購入タイミングって。
やっぱり、人間って関心を持っていないと情報がすり抜けてしまうようです。人頭崇拝がつながるとは、私も面白いと思いました。ルネサンス期に貴族の邸宅で狩りでとった動物の頭を部屋に飾りますが、あの行為もこの人頭崇拝の影響があるとも書かれていました。その点は、どこまで妥当か不明ですが、面白い見解だと思いました。
たくさんの関心を持って、私の分までお散歩を満喫して下さいね!