2005年09月19日

「錬金術」セルジュ・ユタン 白水社

今まで漠然としたイメージ的な錬金術と、虚実ない交ぜの錬金術師伝説ばかりしか知らなかったので、きちんと錬金術というものが有していた全体像を知るには、大変役立ちました。賢者の石や金属変成、霊薬(エリクシール)といった単語ばかりに目が行き、それを錬金術という体系全体の中でどう把握し、またどういう役目をしていたのか、まさに視点を変えることができたので、私のようにあまり知らない人には興味深いかも? 単語しての「ヘルメス」は知っていてもその意味を正確に知らなかったような私には、良い本でした。

ただねぇ~、どうしても限られた紙面にたくさんの情報を整理していれようとした為に、講義録や要点メモのように、箇条書きされた項目の羅列になってしまっている点が否めない。一つ間違うと(間違わなくても)単調な項目の列挙になってしまっているのも事実。その分、整理されている感はあるのだが、読んでいくのが辛い一冊ではある。

但し、「錬金術」が巷間されているような怪しい金儲けを狙う山師達を対象としているのではなく、世界を形作る神秘の理(ことわり)を見つけようとするある種の哲学(思想)体系であり、それは物質的なものよりもむしろ精神的な『完全』を目指す行為であることなど、大変興味深い考え方が描かれているので、少しでもその辺の事を知りたい方にはお薦めします。しかし、読むのはなかなか辛いのだけど…。

そうだね、読んでて面白かった点を抜き書きしてみると。
ヘルメス哲学:
錬金術師は、特殊な『哲学者』で、最も高い意味での「学問」、即ちあらゆる学問の原理を含み、森羅万象の本質と起源と存在理由を説明し、全宇宙の始原と運命を物語る学問の受託者を任じていた。この秘密の学理こそあらゆる学問の母、最古の学問であり、世界とその歴史を研究するもので、言い伝えによればヘスメス神(エジプトのトート神)から人間に伝授された。その為、この学理は「ヘルメス哲学」と名付けられた。

エメラルド板:
ヘルメスのみずからの手でエメラルドに刻まれ、ヘルメスの墓地で発見されたという。
一見したところ、この奇怪なテキストは、冗漫な言葉の遊戯と錯乱に過ぎないようにみえる。だが、ヘルメス学と錬金術に通じた者にとって、この風変わりな著作は実際にはまことに意味深長なのである。そこには、宇宙の全一性の教理や、天地のあらゆる部分の間の、そしてまた「天地創造」と「錬金作業」との間の、類比と交感の教理が見出せる。これは、賢者の石の作り方に関して賢者たちのメルクリウス(ヘルメス・トリシメギストスを指す)が述べた言説なのである。
《こは真実にして偽りなく、確実にしてきわめて真正なり。唯一なるものの奇蹟の成就にあたりては、下なるものはうえなるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし。》
《万物が「一者」より来たり存するがごとく、万物はこの唯一なるものより適応によりて生ぜしなり。》
《「太陽」はその父にして「月」はその母、風はそを己が胎内に宿し、「大地」はその乳母。万象の「テレ-ム」(テレスマ Telesma意志)はそこにあり。》
《その力は「大地」のうえに限りなし。》
《汝は「大地」と「火」を、精妙なるものと粗大なるものを、ゆっくりと巧みに分離すべし。》
《そは「大地」より「天」へのぼり、たちまちまたくだり、まされるものと劣れるものの力を取り集む。かくて汝は全世界の栄光を我がものとし、ゆえに暗きものはすべて汝より離れ去らん。》
《そは万物のうち最強のもの。何となれば、そはあらゆる精妙なるものに打ち勝ち、あらゆる固体に浸透せん。》
《かくて世界は創造されたるなり。》
《かくのごときが、ここに指摘されし驚くべき適応の源なり。》
《かくてわれは、「世界智」の三部分を有するがゆえに、ヘルメス・トリスメギストスと呼ばれたり。「太陽」の動きにつきてわが述べしことに、欠けたるところなし。》

コスモス:
秩序ある宇宙は「混沌(カオス)」から引き出されるだけでなく、「混沌」から生まれたのであって、無から生じたのではない。「混沌」が秩序を与えられて「コスモス」となる過程の発端をなすのは、火の相を帯びた「光あれ」の太初の波動だが、それは《形なくむなしい》状態にある「混沌」の中に孕まれたもろもろの可能性に、実質的には何一つ付け加えるものではないのである。

他にも神と世界の関係についての捉え方がとっても面白い。世界の歴史は、即ち神の歴史でもあり、そもそも混沌とした原初の姿(未分化な可能性の状態)で存在した世界を神が創造することにより、初めて分化し、可視的な世界になったとする。それが逆に言うと、物の姿に関する錬金術的な見方にも当てはまり、卑金属が本来の完全な姿(金)になりうる根拠がそこにあるとも言えるだろう。

余談だが、私見として原初の混沌とした世界を可視的に固める(=形づくる)作業は、古事記のイザナギノミコトとイザナミノミコトによる国作りとぴったりと一致するように思われる。ほこを混沌とした中に入れ、かき混ぜた後に、引き上げてぽたぽた垂れて固まったのが四つの島になったのは、まさに天地創造に他ならないだろう。もっとも、これは中国の大極の概念にも世界は最初、混沌であったとされるので、世界共通の概念なのかもしれない? その辺の類似性について書かれた資料を見かけたことがないが、興味あるテーマでもある。他に資料があれば、読んでみたいなあ~。ご存知の方いらしたら、教えて下さいませ。

さて、とまあこんな感じで面白いところもいくつかある。だけど、実際に読むと単調で辛い。お勉強したい方がざっと知識を得るには良いかも? 勿論、著者は錬金術を批判も弁護もせず、それがどういった内容を持っているのかを可能な限り客観的に捉えようとしているので、その点ではいい本です。それは間違いありません。入門書といえばそうなのですが、退屈なんだよねぇ…。そこが欠点です。

錬金術(amazonリンク)

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これはまた、ちょっと捉え方・視点が違う本
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「荒俣宏の20世紀ミステリー遺産」集英社
「アルケミスト」愛蔵版 パウロ コエーリョ 角川書店
錬金術とはかけ離れていそうだが、エメラルド板が出てきたりする。別の意味で、これはお薦め!
posted by alice-room at 22:53| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 宗教A】 | 更新情報をチェックする
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