2007年12月06日

「バカの壁」養老孟司 新潮社

すみません、私ってかなりバカかもしれません。
本書を読み終わっても、そもそも「バカの壁」が何かいまいち良く分かりません。

いろんな例は挙げられていて漠然とは分かるのですが、本書を通して著者が明確にこの言葉の定義をしている箇所が見つかりません。私的な理解では、受け手の基準次第で情報の取捨選択が行われているので意思疎通には目に見えない『壁』があるというふうに捉えたのですが、合っているのか不明です。

本書は一見するとかなり読み易いのですが、説明の仕方に戸惑いを覚えました。確かに世間でしばしば聞くようなフレーズ(「個性を伸ばせ」とか、「話せば分かる」)を何も考えずに肯定するのではなく、考え直してみようというのはアピール性はあるのですが、その説明には疑問が多いです。勿論、同意する部分も多いのですが、著者個人の立場による主張だけで決して一般化されるようなものではなく、それはそれでかなり偏っていることを強く感じます。

別に意見である以上、どんな主張もOKなのですが、それがあたかも世間の間違いをただす正論のような形で押し付けられているような記述が気になりました。

また、説明に際しての仮定であるにもかかわらず、いきなりその仮定が出てきて当然のようにその仮定に基づいた説明がされても『?』としか言えません。

例えば、脳内の一次方程式ですが、情報の入力に対してどういった出力が為されるか、経済学などでは普通「効用関数」として説明される内容だと思います。関数なら、まだ説明として分かるのですが、どうして一次方程式なのでしょう? 私には説明がしやすいから、便宜的に勝手に使っているとしか思えません。想定される読者の理解力からは、単純化しないと分からないだろうという配慮かもしれませんが、あまりにも唐突で粗雑で、はっきり言って適当な感じです。

他にも「平家物語」の「祇園精舎の・・・」のくだりの解釈ですが、本当に本書でいうような解釈(=人間は絶えず変わっている)でいいのでしょうか? その当時の人が、著者の言うような価値観を持って書いていたと何故、言えるのか私には不明です。他の部分でもしばしば見られますが、過去の有名な文言を自分の都合のいいように解釈する姿勢が多々見受けられます。

私が関心を持っていて、しばしば読む中世の図像等に関する本では、その当時の人々の常識・価値観を知らずに、後世の人々が自分の時代の価値観で誤って図像を解釈する危険性が指摘されていましたが、本書などはその典型に思えてなりません。

読者の分かり易さ(&受け易さ)を狙い過ぎて、なんか変な方向に行っている感じですが、著者の専門に関する話だけは興味深いです。

天才の反応というのは、神経細胞から神経細胞へのシナプス間の逐次的な伝達(A―>B―>C―>D)ではなく、間を飛ばした特別な伝達(A―>D)ではないか、というのは大変勉強になりました。

著者の専門だけの本だったら、面白かったのですが、そこを離れて専門外への適用になると途端に、短慮な提案や思い付きだけになってしまい、どこぞの評論家と変わらなくなってしまいます。う〜ん、残念です。

後はビジネス書などで嫌というほど言い古された言葉、『行動』(著者の言葉では『身体』)が大切ってやつですね。これは確かに真理でしょうが、ビジネス書の方がしっかり分析し、それをいかに応用するか、方法論で確実に長けています。

ベスト・セラーになった理由は、やはり常識を否定した目新しさだけでしょうか? もし著者が東大や北里大の医学部の教授であった経歴がなかったら、誰も読むまでもない本だった気がしてなりません。

個人的には、もっときちんとした科学的な本を読むべきだったなあ〜と思いました。
【目次】
第一章「バカの壁」とは何か
第二章脳の中の係数
第三章「個性を伸ばせ」という欺瞞
第四章万物流転、情報不変
第五章無意識・身体・共同体
第六章バカの脳
第七章教育の怪しさ
第八章一元論を超えて
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タグ:書評
posted by alice−room at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 【書評 未分類】
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