2007年12月09日

レオナルド・ダ・ヴィンチはアラブ人だったかもしれない

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Leonardo Da Vinci may have been an Arab
【Telegraph.co.ukより、以下転載】
Leonardo Da Vinci may have been an Arab, according to scientists who have studied a single, complete fingerprint found on one of his paintings.

The print, taken from the artist's left index finger, was discovered after an exhaustive three-year trawl through his works by researchers at the University of Chieti.

Professor Luigi Capasso, an anthropologist who led the team, said the central whorl of the fingerprint was a common pattern in the Middle East.

"Around 60 per cent of the Middle Eastern population have the same structure," he said.

The revelation will give weight to the increasingly popular academic theory that Da Vinci's mother, Caterina, was a slave who came to Tuscany from Istanbul.

Alessandro Vezzosi, an expert on the Renaissance genius and the director of the museum in his hometown of Vinci, said: "We have documents that suggest she was Oriental, at least from the Mediterranean area.

"She was not a peasant of Vinci. Furthermore, her name was Caterina, which was very common among slaves in Tuscany at the time."

Almost nothing is left of Da Vinci, or his family.

After his death in 1519, his remains were dispersed in a series of religious wars.

The discovery of the fingerprint came after three years of scrutinising 52 manuscripts and paintings attributed to the artist.

Using the latest spectral scanning technology, the team found more than 200 prints, but only one perfect specimen, on a painting called "Portrait of a Lady with an Ermine".

Da Vinci used his finger to smudge the necklace's shadow in the painting, which is from the Czartoryski museum in the Polish city of Krakow.

Not all the traces in the various documents were left by Da Vinci.

Many of them belonged to his apprentices, or to people who handled the manuscripts, said Prof Capasso.

The left-handed Da Vinci often ate while he worked, so some of the grubby marks are food-based, and research is currently being carried out into what sort of diet the artist had.

The fingerprint is also being used to identify two paintings, which may rocket in value to up to £70 million each if they are found to be genuine.

"We are pleased that the fingerprint can be used to authenticate unknown works, or those we are unsure were carried out by the great genius," said Prof Capasso.

A team of forensic policemen from Rome has examined La Madone de Laroque and Saint Catherine of Alexandria for fingerprints that may match the new Da Vinci print.

The paintings are on show at the History of Biomedicine Museum at Chieti University.

The picture of the madonna was bought in a French street market for £142 and has been thought until now, together with the St Catherine, to be the work of Giampietrino, one of Da Vinci's pupils.

However, studies on the paintings show that the tip of the artist's fingers were used to smudge a soft-focus effect, one of Da Vinci's trademark techniques.

Colonel Gianfranco de Fulvio, an Italian police forensic expert, said his team had taken several photographs of the surface of the two paintings and were busy checking to find a match.

"I'm used to working on fingerprints left by the Mafia, but the skill is similar. We are pretty confident about settling the matter," he said.
ざっと、訳してみると
【日本語訳】
左の人さし指から採った指紋が、Chieti大学の研究者による、3年にわたる徹底的な作品調査で発見された。

チームを率いる人類学者ルイージ・カパーソ教授は、指紋の中心にある渦巻が中東の一般的な模様であると語った。

「中東の人口のおよそ60パーセントには、同じ構造がある」と、彼は言った。

意外な事実は、ダヴィンチの母、カテリーナがイスタンブールからトスカーナに来た奴隷であったという、支持者がどんどん増えている学術理論に、重きを与えるだろう。

ルネッサンスの天才の専門家であり、ビンチのレオナルドの故郷の博物館の責任者であるアレッサンドロ・ヴェッツォシは、以下のように述べた:「彼女が東洋人で少なくとも地中海地域の出身であったことを示唆する文書を持っています。

「彼女は、ビンチ村の農民ではなかった。さらに、彼女の名前カテリーナはその当時トスカーナの奴隷の間で非常に一般的な名前だった。」

ダヴィンチや彼の家族については、ほとんど何も残されていない。

1519年の彼の死後、彼の遺骨は、一連の宗教戦争において消散した。

指紋の発見は、アーティストに起因している52の原稿と絵を精細に調べる3年後に来た。

最新のスペクトル・スキャン・テクノロジーを使用して、チームは200以上の指紋を発見した。しかし、完全な標本はたった一つで「シロテンと一緒の婦人の肖像」と呼ばれている絵画のものしかなかった。

ダヴィンチは絵画の中でネックレスの影をぼかす為に指を使った。そして、それはポーランドのクラクフ市のチャルトリスキ美術館からのものだった。

さまざまな文書のすべての痕跡が、ダヴィンチによって残されているわけではなかった。

それらの多くは、彼の見習い達のものや写本を取り扱った人々のものだったとカパーソ教授は言った。

左利きのダヴィンチは作業中にしばしば食事をしたが、汚れた跡のいくつかは食物によるものだった。そして、研究は現在、画家が食べた食物がどんな種類のものだったを行っている。

指紋は2つの絵を同定するのにも用いられている。指紋が本物だったなら、それぞれが7000万パウンドまでの価値まで急騰するかもしれない。

「指紋により、未知の作品または不確かな作品が偉大な天才によるものと立証するのに用いられることができることを私達は喜んでいます。と、カパーソ教授は言った。

ローマからの科学捜査警官のチームは、ラロックの聖母とアレキサンドリアの聖カタリナを、新しいダヴィンチの指紋に一致するかもしれない指紋がないか調べた。

絵画は、Chieti大学の生物医学歴史博物館で陳列されている。

聖母の絵画は、フランスの路上市場で142パウンドで買われて、これまで、聖カタリナと共に、ダヴィンチの弟子の1人であるGiampietrinoの仕事であると考えられた。

しかし、絵画の研究は、画家の指の先端がダヴィンチのトレードマーク技術のうちの1つであった、ソフトフォーカス効果をぼかすのに用いられたことを示す。

ギアンフランコ・デ・フルビオ大佐は、彼のチームが2つの絵の表面のいくつかの写真を撮り、一致するものを見つける為に確認するので忙しいと言った。

「私はマフィアが残し指紋を調べることに慣れているが、技術は類似している。その問題を解決することについてはかなり自信を持っている」と、彼は言った。
いつも思うんですが、レオナルド・ダ・ヴィンチって、本当に人気があるんですね。こうしてニュースを追っているだけでも、実にたくさんの関連記事が次々と出てきて驚くばかりです。

勿論、新聞に出たからと言って、どこまでが真実なのか、怪しい部分も多々ありますが、複数のメディアでも採り上げているようです。どちらかというと大衆紙系ですけど・・・ネ。

それはともかく、指紋よりも私の場合は、ダ・ヴィンチの母が中東方面から来た奴隷だったという説は初めて知りました。そんなにポピュラーになりつつある説なんだでしょうか?

だから、ダ・ヴィンチって暗かったのかな? いろいろと複雑な幼少時代を過ごしてたそうですが、興味が湧きますね。そして、その生い立ちから、熱烈なカトリック信者とはとても言えないような後年の姿が生まれたのでしょうか? 今後の展開が楽しみです(笑顔)。

ダ・ヴィンチ関連の記事は、うちのブログでもたくさん採り上げていてキリがないのでご興味のある方は、左上から検索してみて下さい。
posted by alice-room at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ニュース記事A】 | 更新情報をチェックする
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